人的資本経営やパーパス経営への注目が高まり、社内で理念や価値観を共有し、社員の共感と自発的な行動を引き出す「インナーブランディング」の重要性が高まっている。一方で、「理念を掲げたものの、現場には浸透しなかった」「一過性の施策で終わってしまった」といった失敗例が表に出にくい分野でもある。全社を巻き込む取り組みとなるため、時間やコストもかかり、簡単にやり直せるものではない。だからこそ、すでに成果を上げている企業の事例から学ぶ意義は大きい。

そこで本記事では、「インナーブランディング」を実践し、組織変革につなげている先進企業10社の事例を紹介する。あわせて、有効な施策や成功のポイントについても解説していく。
Collaboration, portrait and hands of business people in support of vision, growth and training above office. Team building, face and group unity for motivation, mission and corporate startup goal

インナーブランディングの意味と目的

インナーブランディングとは、企業が掲げるブランド、ビジョン、価値観を社員に伝え、共有・浸透させていく取り組みを指す。単なる理念周知にとどまらず、社員一人ひとりが「自分は何のために働いているのか」「自社はどこを目指しているのか」を理解し、自発的な行動につなげることが目的だ。

インナーブランディングが機能すると、社員の判断基準が揃い、現場での意思決定が速くなる。上司の指示を待つのではなく、ビジョンや価値観を軸に行動できるようになるためだ。また、評価制度や人材育成、採用活動と連動させることで、組織全体の一体感が高まり、エンゲージメント向上や定着率改善といった効果も期待できる。

【関連記事】インナーブランディングの意味とは? 人事施策につながる手法を紹介

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インナーブランディングの成功事例10選

ここからは、「インナーブランディング」の成功事例を10社紹介していく。

(1)トリドールホールディングス

トリドールホールディングスでは、人的資本経営をさらに深化させた「心的資本経営」という考え方を軸に、グループ全体の経営改革に取り組んでいる。これは、「従業員の“心”の幸せ」と「お客様の“心”の感動」を重要な資本と捉え、両者を満たし続けることで事業成長を実現していくという思想だ。

起点となるのは、従業員の幸せ、すなわち「ハピネス」である。ハピネスが内発的動機となり、お客様に「感動」をもたらし、店舗の「繁盛」につながる。そして、その結果として従業員のハピネスがさらに高まるという好循環を描いている。

同社では、「ハピネス」と「カンドウ」の頭文字を組み合わせた「ハピカン経営」というキーワードを全従業員に発信・共有。その実践モデルを「ハピカン繁盛サイクル」と定義している。取り組みの一環として、従来の店長制度に代わる「ハピカンオフィサー制度」を導入し、店舗内でのサイクル定着を図っている。

【もっと詳しく知りたい方へ】取材記事:カルチャーの浸透に向けて、現場の心を動かせるのは人事ではない――エピソード7:トリドールHD CHHO 田中 憲一氏

【参考】トリドール:トリドールは、心的資本経営へ。

(2)三菱電機

三菱電機では、「マイパーパス活動」と名付けた組織風土変革の取り組みを展開している。この活動は、従業員が自身の「パーパス(存在意義)」を考え、企業のパーパスとの重なりを見つめ直し、仲間と共有することで社内コミュニケーションを活性化させることを目的としている。

推進を担っているのは宣伝部だ。社長や執行役が率先して自身のマイパーパスを表明し、その様子を撮影した動画を社内サイトで公開するなど、「縦のコミュニケーション」を強化している。一方で、働く意味を考えるオリジナル絵本の配布など、「横のコミュニケーション」も併せて実施した。

取り組みは国内にとどまらず、欧州、アジア、中国、北米など海外拠点にも展開。課長層を対象に行ったアンケートでは、「部下やグループ内のコミュニケーションが円滑になった」と回答した人が8割を超えたという。

【もっと詳しく知りたい方へ】事例記事:なぜ宣伝部がパーパス浸透を先導したか――三菱電機が挑む従業員15万人を対象とした「マイパーパス活動」

(3)日鉄ソリューションズ

日鉄ソリューションズは、中期事業方針の一つとして「優秀な人材の獲得・育成の一層の強化」を掲げ、人事制度改革を進めてきた。「基幹職役割給」「65歳定年制」「若手の早期登用制度」などを導入し、実力次第で早期昇格が可能な環境を整えている。おかげで、モチベーションの高い若手層に好意的に捉えられている。

これと並行して、経営理念体系の整理とパーパスの策定も実施。主導したのはサステナビリティ推進部で、社長と社員の対話機会の創出、社内掲示、社内報での連載などを通じて、理解と浸透を図る多様な取り組みを進めている。

さらに、「NSSOL版人材白書」を作成し、社員一人ひとりの職種、スキル、経験、年齢などのデータを多角的に分析・可視化。経営戦略と人材戦略を連動させた議論に活用している。

【もっと詳しく知りたい方へ】事例記事:「若手」から「シニア」まで各層を巻き込み、複数の新制度を同時に進めた日鉄ソリューションズの人事制度改革

(4)富士フイルム

富士フイルムグループには、独自のマネジメントサイクルである「STPD(See・Think・Plan・Do)サイクル」がある。これは、長年受け継がれてきた暗黙知を2000年代に言語化したもので、経営変革の重要な拠り所となってきた。

この考え方を次世代に継承し、社員の自己成長を支援する目的で策定されたプログラムが「+STORY」だ。チャレンジの過程で得た経験や学びを“ストーリー”として意味づけし、自身の糧にしてほしいという想いが込められている。

具体的には、「+STORY対話・シート」「+STORYライブ」「+STORYサイト」「+STORYチャレンジ制度」「+STORYアカデミー」の5つの施策で構成されている。同社が目指しているのは、この「+STORY」をグローバルに展開していくこと。72,000人規模のグローバル企業として、100人いれば100通りのストーリーを紡いでほしいという考えのもと、世界展開を進めている。

【もっと詳しく知りたい方へ】取材記事:事業の変化に対して前向きなカルチャーを従業員とともに育むには――エピソード1:富士フイルムホールディングス 人事部長 座間康氏

(5)ダイナム

全国に430店舗のパチンコホールを展開するダイナムでは、1997年から企業文化伝承プログラム「人生大学」を実施している。まさに、同社の企業理念の伝承・浸透と従業員の主体性醸成を目的とした研修プログラムだ。

「人生大学」は時代に合わせて目的を変化させており、現在は「心身の健康回復」「人生を見つめ直す時間の提供」「キャリア自律とウェルビーイングの促進」を掲げている。参加者は全階層。全社員が4~5年に一度参加し、伊豆高原の保養所で3泊4日の合宿形式で行われる。

最大の特徴は、研修運営から講師・エヴァンジェリスト・スポットプログラム講師まで、すべて従業員が担っている点だ。対話を中心としたプログラムにより、社員エンゲージメント向上に大きく寄与している。

【もっと詳しく知りたい方へ】取材記事:【学びと癒しの企業視察ツアーin伊豆高原】ダイナムの『人生大学』に学ぶ“企業理念伝承”と“主体性醸成”の仕組みづくり

【参考】ダイナム:企業活動を支える積極的な「人材育成」

(6)リクルート

リクルートは「Airレジ」「Airペイ」をはじめとする業務支援サービス「Air事業」を、複数の事業ユニットに分けて展開している。ただ、事業の急成長に伴い、組織の分断や情報共有の課題が顕在化したことから、「インターナルブランディング」に着手した。

施策は主に三つ。第一に、事業の歴史や価値観をまとめた「Air Orientation」の作成。事業の根幹部分について目線を揃えた。第二に、目指す世界観を映像で伝える「Air ブランド・ビジョンムービー」の制作。言葉で伝えるだけでなく、イメージの共有を図った。第三に、顧客理解を深めるためのコンテンツづくりだ。自分たちの顧客像を明らかにした。

これらを通じて、Air事業に関わるすべての人がブランドを体現できる環境づくりを進めている。

【参考】リクルート サービスデザイン室 公式note:目線を揃えることで、ブランドが浸透する。リクルートで社内へのブランド浸透に取り組んだ話

(7)マツダ

マツダでは、すべての従業員と経営陣が共につくる風土改革プロジェクト「BLUEPRINT」を展開している。従業員一人ひとりが、PURPOSEの実現に向けてお客さまや働く仲間に「届けたい体験 (感情)」を起点とする行動を促すことが目的だ。

導入フェーズでは、部門や年代を超えた少人数グループでセッションを実施。ナビゲーターとサポーターと呼ばれる従業員が各セッションを運営してきた。また2025年5月には地元のサッカースタジアムを借りて約4000人に研修を行い、ほぼすべての従業員2万3000人への展開を行った。

制度面でも、コンピテンシー評価などを「BLUEPRINT」に則った内容や項目に改定し、人事評価への反映も図っている。効果は、早くも現れており、職場内コミュニケーションの活性化など、ポジティブな変化が見られている。

【参考】マツダ:PURPOSE 実現のための組織風土改革:BLUEPRINT(PDF)

(8)マクドナルド

マクドナルドは「ピープルビジネス」の考え方を事業の根幹に据え、その姿勢を実践するための専門教育機関「ハンバーガー大学」を運営している。すべての従業員はポジティブな変化を起こす原動力=ピープルであると考え、ピープルが学び、成長し続けるためには学び舎が必要だと考えているからだ。世界9カ国に拠点があり、日本にも東京校が存在する。

ここでは、「生涯にわたって活用できるリーダーシップスキルの提供」「ブランドミッションを実現するための一人ひとりの能力向上」「Our Values(私たちの価値観)の浸透」にフォーカスした最新の教育理論と手法に基づいたカリキュラムをグローバルで開発・展開。授業は参加型、体験型のアクティビティや参加者同士のディスカッションが中心。それらを通して自律的なスキルアップや挑戦意欲、自己啓発を促している。

【参考】マクドナルド採用サイト:人材育成(ハンバーガー大学)

(9)味の素

味の素グループは、2022年度から統合報告書を「ASVレポート」と改称し、ASVを経営の中核に据えている。ASVとは、「Ajinomoto Group Creating Shared Value」の略語で、経済価値と社会価値の両立を目指す考え方だ。

ASVを進化させていくことが、グループのビジョンの実現につながると考え、戦略的に取り組んでいる。ASVの原点は「おいしく食べて健康づくり」という同社創業の志にある。事業活動を通じて社会課題を解決する中で創出された経済価値を、次の事業活動へ再投資し、さらなる社会課題の解決に貢献する。そうした好循環を形成し、回し続けることで企業価値の向上につなげていきたいと考えている。

ASVを進化させることがビジョン実現につながるとして、従業員エンゲージメント向上を組み込んだマネジメントサイクルを構築。ASVエンゲージメント向上のプロセス推進や「ASVアワード」の開催、エンゲージメントサーベイによる可視化など、多様な施策を展開している。

【参考】味の素:ASVとは?味の素グループが推進する未来への取り組み

(10)オリエンタルランド

オリエンタルランドは、従業員が一丸となって感動を創造し続ける企業風土づくりを重視している。また従業員のモチベーションを高め、意欲的に仕事に取り組めるような職場環境の構築も推進しており、さまざまな施策を導入している。具体的には、創立記念日の表彰制度や、組織や役割の枠を超えて従業員が自由に提案できる「ドリームアップ アイデア!」などが代表例だ。

東京ディズニーリゾート関連では、キャスト同士がお互いのすばらしい行動に対し専用カードにメッセージを書いて称えあう「マジカルディズニーキャスト」や「最もすばらしいキャスト」を選出する「ウォルト・ディズニー・レガシー・アワード」、東京ディズニーリゾートを支えるキャストに対して感謝の気持ちを伝えるイベント「サンクスデー」も挙げられる。

【参考】オリエンタルランド:企業風土とES活動

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インナーブランディングを成功させるポイント

インナーブランディングを成功に導くための4つの視点を紹介する。

●ビジョンの言語化・明確化

企業のビジョンが抽象的なままでは、社員の行動につながらない。日々の業務の中で「どのように実践すればよいのか」が分かる言葉や具体例に落とし込むことが重要だ。

●価値観を押し付けない

理念や価値観は、押し付ければ反発を生む。社員参加型のプロジェクト設計や、企業の歴史・背景を共有するなど、納得感を高める工夫が求められる。

●理念を体現しているロールモデルを紹介する

理念を体現している社員の存在を紹介することで、行動のイメージが具体化される。社内報やイントラネットを活用した発信は効果的だ。

●成果を体感できる仕組みをつくる

数値だけでなく、職場の雰囲気やコミュニケーションの変化など、日常の中で成果を実感できる仕組みを整えたい。小さな変化を共有することも、継続の原動力となる。

まとめ~インナーブランディングに成功している企業の共通点

今回は10社の事例を見てきたが、成功している企業にはいくつかの共通点がある。三点に着目したい。

第一に、経営層が自らの言葉でビジョンや価値観を語っている点だ。トップの本気度は、社員の受け止め方に直結する。動画や対話の場を通じて繰り返し発信することで、理念が「遠い存在」ではなくなる。

第二に、一過性の施策ではなく、制度や仕組みに落とし込んでいる点である。研修、評価制度、表彰制度などと連動させることで、日常業務の中で理念を意識する機会が生まれる。

第三に、社員同士の対話を重視している点も重要だ。一方的な情報発信ではなく、考えを共有し合う場を設計することで、理解が深まり、自分事化が進んでいる。これらを踏まえ、自社でのアクションにつなげてもらいたい。

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