消費者などに対して製品やサービスの品質をアピールし、企業のブランドイメージ向上を図る「アウターブランディング」と同時に、ぜひとも進めたいのが「インナーブランディング」だ。従業員や株主など社内の関係者に対し、会社としてのビジョンや経営理念を浸透させるための取り組みである。生産性向上や人材流出防止などの効果があるといわれる、この「インナーブランディング」について、基礎知識や事例を紹介する。
「インナーブランディング」の意味とは? 人事施策につながる手法や企業事例を紹介

おさえておきたい「インナーブランディング」の意味や目的

「インナーブランディング(Inner branding)」とは、社外(消費者や市場、取引先など)に対してではなく、社内(従業員や株主など)に対して行うブランディングである。

多くの企業は、消費者や顧客、取引先企業、就職希望者などに対して、自社の製品・サービスや企業そのものの“良さ”をピーアールすることで、ブランド力の向上に努めている。こうした社外向けの「アウターブランディング」と対をなすのが「インナーブランディング」だ。

「インナーブランディング」の目的は、自社製品・サービスの魅力にとどまらず、企業理念や企業としての価値を知ってもらうこと、共感してもらうことにある。自社に対する理解度が高まれば、従業員は自ら企業理念に基づいた行動を取るようになるだろう。仕事に対する姿勢に一貫性が生まれ、意識改革、業務効率の向上、製品やサービスの品質アップといった効果も見込める。消費者や取引先に対し、自信を持って自社製品・サービスを薦めることもできるようになるはずだ。

その結果、会社としての目標達成、ブランド力の向上、企業としての成長も実現する。「インナーブランディング」は「アウターブランディング」と同等以上に重要度の高い取り組みといえるだろう。

人事施策につながる「インナーブランディング」の手法とは

「インナーブランディング」の対象は主として従業員であるため、「アウターブランディング」とは手法や利用する媒体・ツールは異なる。主なものをいくつか列挙しよう。

●社内報/社員向けウェブサイト/SNS

古くから用いられているのが、経営層からのメッセージ、会社の歴史、社員紹介、社会貢献活動についての報告、福利厚生の案内、取引先や消費者から届いた声などを発信する社内報だ。各記事によって、企業としての現在地やビジョン、社風、社外から見た自社のイメージなどを共有するわけだ。

近年は紙媒体ではなく、社員向けウェブサイトや従業員専用のSNSを利用し、理解促進やコミュニケーション活性化を図る企業も増えている。

●動画/ポスター

企業ビジョンを分かりやすく視覚化したポスターや動画の作成も有効な手立てだ。「アウターブランディング」や採用活動のために用意したメッセージ、ポスター、動画を活用することも考えられる。

●社内でのコミュニケーション活性化

前述したSNSのほか、日々の業務報告に使われる日報、ミーティング、相手への感謝を伝えるサンクスカードなども、相互理解やコミュニケーションの活性化に寄与する。

従業員同士の横のつながりだけでなく縦のつながりを強固にすることも重要だ。社長からのメッセージ発信に加え、経営層と現場の社員が直接対話し、意見交換できる場を設けている企業もある。

●社内イベント/文化活動・社会貢献活動/サークル活動

文化活動に貢献した従業員の表彰、創立〇周年パーティーといった場で、自社の社会的な価値や理念、企業ブランドを理解してもらうことも考えられる。事業や業務とは関係のないイベントや活動なども、社風の醸成やコミュニケーションの活性化につながる。

●研修・セミナー/ワークショップ

経営理念や社会に対して果たしている役割などを学ぶ研修、セミナー、体験型・交流型のワークショップも有効だ。さまざまな部署・職域・職責の従業員が集まって学び、意見交換をすることで、多くの人の思いや経験、各現場の実態などを共有することが可能となるだろう。

●クレドカード/従業員ハンドブック

クレド(Credo)とはラテン語で「信条」を意味する言葉であり、企業においては、ビジョンや経営理念のことといえる。これを記載したカードやハンドブックを従業員に携帯してもらうことで、浸透度は高まり、現場で何らかの判断を求められた際の行動指針としても機能するはずである。

気になる「インナーブランディング」のメリットとデメリット

「インナーブランディング」の推進によって期待できるメリット、気をつけなければならないデメリットには、以下のようなものがある。

●メリット

(1)自社への愛着増、満足度とモチベーションの向上
経営理念に対する理解度が深まれば、自社への愛着や共感度は増し、エンゲージメントやモチベーションが向上する。ビジョンの実現に貢献したいという思いが強くなることで、日々の業務にかける熱量や精度も上がり、業務の効率化や改善も進み、業績アップが期待できる。

(2)企業理念・経営方針・行動指針の一貫性確保
従業員が同じ方向を見て仕事に取り組むことで、企業理念に基づいた新製品やサービスの創出、企業としてのブランド価値向上が期待できる。社内に強い連帯感が生まれ、部署・部門を超えた協力体制の構築にもつながるだろう。

(3)社外への積極的な働きかけ
自社への愛着が強い従業員は、自社のブランド・製品・サービスの優秀性を積極的に社外へ発信するようになるだろう。日々の業務においても、その熱心かつ丁寧な姿勢は好意的に受け止められ、自然と顧客満足度も向上するはずだ。

(4)定着率向上と採用への好影響
自社で働くことに大きな意義や喜びを見出した従業員が増えれば、離職率は低減し、定着率は向上するだろう。またビジョンに対する従業員の共感度が高い企業には、同じように共感してくれる応募者が多く集まるはずだ。

●デメリット

(1)コストの増加
ウェブサイトやSNSの運用、社内イベントやセミナー/ワークショップの開催などは、当然ながらコスト増につながる。「インナーブランディング」に関するノウハウを外部コンサルタントから提供してもらう必要性も生じるはずだ。

(2)効果が出るまでに時間がかかる
全従業員に企業としてのビジョンや理念が浸透し、自信と誇りをもって行動してもらえるようになるまで、相当な時間が必要となるだろう。

(3)多様性の排除
全従業員がビジョンを共有して行動できるようになるのが「インナーブランディング」の大きなメリットだが、反面、価値観の異なる従業員が排除されてしまう恐れもある。他人とは異なる価値観を持つ人材がいないと、会社としての多様性が失われ、組織が硬直化する危険性があるので注意が必要だ。

(4)不十分な取り組みによる逆効果
曖昧な経営理念、実現可能性が極めて低いビジョン、時代遅れの将来像、十分な価値のない自社製品・サービス、といった問題があると、従業員に共感を抱いてもらうことは難しいだろう。無理に「インナーブランディング」に取り組んでも効果は得られず、むしろ自社に対する不信感を増長させることにもなりかねない。

「インナーブランディング」を進めるうえで注意すべきポイントとは

「インナーブランディング」は全社的な取り組みとなるため、十分な準備と配慮、円滑で効果的な取り組みが必要となる。重要なポイントは以下の通りだ。

●企業としてのビジョンの明確化

「企業としてのビジョンや経営理念は妥当なものなのか」、「従業員はどのように理解・共感しているのか」、「自社のブランドや製品・サービスにどの程度の価値があるのか」などについて明確にしておかなければならない。場合によっては企業理念やビジョンを見直す必要も生じるだろう。

●ビジョンステートメントの立案・作成

企業ビジョンのうち、自社の“現在”について語ったもの(何を目的として、どんな事業を展開し、それがどのような社会貢献を果たしているのか、他社と比較してどのような優位性を持つのかなど)は「ミッションステートメント」と呼ばれる。一方、企業としての将来像、あるべき姿、夢や目標など“未来”について語ったものが「ビジョンステートメント」だ。

どちらも企業としての意思決定や行動指針の策定に重要な役割を果たすものであり、なるべく具体的かつ詳細な文言で用意する必要がある。とりわけ「ビジョンステートメント」は、観念的なものにならないよう、分かりやすくシンプルで、企業としての未来をイメージしやすいものとするべきである。

●価値観の一方的な押し付けは避ける

経営理念や社訓の単純な暗記を強いるといった方法では、社内に浸透したとしても、理解・共有・共感は得られない。単に浸透させるのではなく、自社に愛着を持ってもらえるような手法や施策に配慮すべきである。

●計画的な取り組みと、評価およびフィードバックの実施

専任のチームによる社員向けウェブサイトの運用、定期的な社内イベントの開催と研修・セミナーの実施などは、場当たり的ではなく、計画的な取り組みを心がけるべきだ。

これら施策の効果測定も不可欠となる。業績や業務効率、従業員エンゲージメント/モチベーション、採用コスト、定着率・離職率など、数値化できる指標を定期的に調査し、施策の有効度の判断や改善に役立てたい。

●中長期的な取り組み

「インナーブランディング」は成果が出るまでに相当な時間を要する。短期的な視点で考えるのではなく、中長期的な計画であることを前提に、施策の展開、評価と効果測定、改善といったPDCAを回していくべきである。

「インナーブランディング」の企業事例

ここでは「インナーブランディング」の企業事例をいくつか紹介したい。

●スターバックス

スターバックスは「家庭でも職場でもない『第三の場所(サードプレイス)』の提供」を大きな理念として掲げている。この『第三の場所』を作り出すために、スターバックスが重視しているのは従業員満足度だ。「従業員が満足していないと、お客様を満足させることはできない」という考えに基づき、スキルに応じた給与設定やスタッフの表彰制度といった施策を導入している。また接客マニュアルを作らず、スタッフに裁量を与え、創意工夫を発揮できる自由な接客を実現しているのも特徴だ。

●サイバーエージェント

サイバーエージェントは「21世紀を代表する会社を創る」というビジョンを掲げ、さらに「ミッションステートメント」の中に「若手の台頭を喜ぶ組織で、年功序列は禁止」、「挑戦した敗者にはセカンドチャンスを」といった文言を盛り込んでいる。

具体化した施策としては、役員と従業員によるチームで新規事業案や課題解決案などを考える『あした会議』、女性社員の声を経営層に届けるための女性横断組織『CAramel(カラメル)』、失敗した事業の積極的な発信といったユニークな取り組みを展開している。分かりやすい言葉で社内にメッセージを発信するとともに、若手が経営に参加する機会を増やし、自社の現在地への理解度を深めてもらう。そうすることで、エンゲージメントとモチベーションの向上に成功した企業の代表例といえる。

●オリエンタルランド(ディズニーリゾート)

ディズニーリゾートではスタッフが「キャスト」と呼ばれていることが、よく知られている。特別な呼称を用いることで、ゲストをもてなし、夢の国で感動体験を味わってもらうために重要な役割を果たす人材である、という強い意識を持ってもらうわけだ。同社ではキャスト限定のイベントも開催されている。
企業理念や自社の将来像について、従業員が理解していなければ、消費者が喜ぶ製品は作れず、顧客が満足する高品質なサービスを届けることもできないだろう。単なる理解だけでは不十分で、自社のイメージや価値観、製品・サービスへの愛着、待遇への満足度があってはじめて、情熱を持って仕事に取り組むことができるといえる。そうした、価値観の共有・共感、エンゲージメントやモチベーションの向上を目指すのが「インナーブランディング」である。いわば「従業員に自社を愛してもらうための取り組み」であり、その成功は、長期に渡って企業に利益と成長とイメージの向上をもたらしてくれるはずである。
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