東京都は2022年、育児休業の愛称を公募によって「育業」と決定。育児を「休み」ではなく、「未来を育む大切なしごと」と捉え、育業を社会全体で応援する気運醸成に取り組んでいます。2024年度の都内男性育業取得率は、過去最高の54.8%となるなど、今や男性の2人に1人が育業しており、「育業」に積極的な企業は着実に増加しています。

その一つが株式会社読売広告社です。同社はプライベートと仕事「共に充実した人生を」という願いを込めた働き方を人的資本経営の中核に据え、男性の育業取得率100%を2022年度から継続して達成。育業当事者を支える同僚への支援制度を効果的に取り入れるなど、制度・風土の両面から育業を推進してきました。これを受け今回、同僚への支援制度が創出されたプロセス、育業推進の取組などについて、社内の旗振り役でもあった代表取締役社長の菊地 英之氏、グループ総務局 広報部 部長の中澤 清美氏にインタビューを行いました。

【プロフィール】


  • 菊地 英之 氏

    ■菊地 英之 氏
    株式会社 読売広告社
    代表取締役社長

    1990年、新卒で株式会社博報堂に入社。営業を中心に業務に携わる。営業部門での要職を経て、2019年にグループ会社の株式会社アイレップ(現:株式会社Hakuhodo DY ONE)執行役員、2020年に博報堂執行役員を歴任。2022年4月に株式会社 読売広告社の代表取締役社長に就任し現在に至る。

  • 中澤 清美 氏

    ■中澤 清美 氏
    株式会社 読売広告社
    グループ総務局 広報部 部長

    2006年、株式会社 読売広告社に中途入社。マーケティング、営業部門を経て、第一子出産後に人事部門に復職。以降HR領域に携わる。2021年からはダイバーシティ推進や、組織開発・社員のキャリア開発に注力。2025年4月から現職。

読売広告社 菊地氏

社員の声から生まれた同僚へのサポート制度

――貴社は育業推進にあたり、育業当事者が所属するチームへのインセンティブ支給制度を設けるなど、同僚へのサポートも充実させています。具体的な制度内容について教えてください。

菊地氏:社内における育業のハードルを下げることを目的に、育業当事者が所属するチームに対してインセンティブを支給する制度です。支給額は育業当事者の育業期間によって変わり、期間が1週間の場合、5万円、2週間の場合、10万円をチームへ支給します。インセンティブは各社員への配分ではなく、育業当事者が復職する際のお祝い会など、主にチームの懇親等に使用され、チーム全体で楽しみながら活用されているようです。社員からは「チームへのインセンティブがあることでメンバーへ言い出しやすくなった」、「上司から育業しなさいと言ってくれて相談しやすかった」といった声が聞こえます。

――こうしたチームへのインセンティブ支給制度はどういったプロセスから生まれたのでしょうか。

菊地氏:社長就任後、新たな経営戦略を実施するにあたり、8つのタスクフォースを組織し、そのうちの一つに「ダイバーシティ―・エクイティ&インクルージョン(DE&I)」を位置づけました。タスクフォースのリーダーは私が選抜しましたが、他のメンバーのアサイン、プロジェクトの進行などは現場に任せ、3カ月後に成果を報告してもらいました。

そして、その中で育業推進にあたっては、育業当事者が抱く「所属するチームへの申し訳ない気持ち」や「育業することの言い出しづらさ」を払拭するため、インセンティブなどを通じて同僚を支援する制度があればいいと提言されたのです。これが、制度誕生のきっかけです。また、「育業当事者への復職一時金支給制度」も同様に社員の声から生まれました。

中澤氏:タスクフォースのメンバーは社員へのヒアリングを通じ、課題抽出と解決策を3カ月間で策定しました。そして、施策内容を経営層へ提案し、承認を得て導入に至っています。同僚へのサポートを手厚くした背景には、育業対象者が育業しやすい環境をつくることが主たる狙いとしてあります。育業当事者が所属するチームへのインセンティブ支給制度が、育業するハードルを下げる要因の1つとなり、早期の育業取得率100%達成にもつながったと思います。
読売広告社 菊地氏・中澤氏

優秀な人材確保のためにも、育業の推進は重要なテーマ

――貴社は2022年に「YOMIKOらしい働き方」を定義し、同年に男性社員の育業取得率100%を宣言しました。2022年は菊地様が社長に就任した年でもあります。どういったことがこうした宣言につながったのでしょうか。

菊地氏:2022年当時はコロナ禍の影響が残っている時期で、業績回復が自身に課せられた使命と捉えていました。そこで「100日プラン」と銘打ち、幹部社員と密にコミュニケーションを取ったほか、全社員と1人30分の1on1を実施しました。全社員と1on1を実施すると社内に発表した時は驚かれましたが、当社の規模(622名/2025年4月1日現在)ですと、何とかなるものです。全員とは100日で行えませんでしたが、1年8カ月で完了しました。また、毎週月曜日に全社員向けのメールマガジンも発行し、私の考えや経営方針などを伝えながら、社員の生の声を集めました。

そうした取組の中で、20代後半から30代前半の離職率が高いという課題が浮かび上がってきたのです。この年代は、会社の中核となって働く時期。そのもっとも戦力となる人材が離職することほど、会社にとって大きな損失で、致命的なことはありません。

中澤氏:20代後半から30代前半にかけては、結婚や出産、育児などで生活が大きく変わることもあります。大きなライフイベントに直面した際に、安心して働き続けられる環境が整っていなければ優秀な人材が去っていってしまう。会社として、どうやってその安心を担保できるかを考えた時に、ライフイベントを迎えた社員が会社に応援してもらっていると感じられるかどうかが大切だと思いました。

菊地氏:広告会社にとって人材は価値そのものであり資産です。多様な「個」を尊重する企業カルチャーを醸成する意味でも、育業推進に取り組むことは必然でした。

――そうしたことから育業を推進され、貴社の男性育業取得率は、2022年度より継続して100%を維持。平均育業期間も2021年度の4日から2024年度は28.6日と約7倍になっています。
男性育業取得率と平均育業期間の推移
中澤氏:当社では、プライベートも仕事も充実させる働き方を経営戦略の柱として掲げています。豊かな生活を送ることで、より質の高い仕事ができるようになる。生活を通じての気づきが仕事に活かされる業種・業態です。経営陣が育業を推進していくべきとの見解を示してくれたことで、様々な改革がドラスチックに進行していきました。

菊地氏:数々のコミュニケーションを通じて、育児にも仕事にもしっかりと向き合うのがこれからの世の中のスタンダードだということが見えてきたのです。メールマガジンを活用して、育業がなぜ大切になるのか、自分の言葉で社員に伝えました。今では育業すること、つまり生活を充実することは価値のあること、仕事の質の向上につながっているとの認識が広がっています。

また、子育て経験のある社員の座談会(ぱぱままメンター制度)や、子ども服のおさがり交換会なども開催しました。こうすることで、会社として育業推進に力を入れていることを伝えています。

中澤氏:当社では、労務部の担当者が育業前に面談をして制度の詳細はもちろんのこと、経済面の不安解消や育業中の過ごし方などを説明しています。育児に役立つ「子育てハンドブック」も配布しており、これまで育児に縁のなかった社員から好評を得ています。今では1カ月以上、育業したいという声も聞くようになりました。育業をポジティブに受け止め、好循環が生まれています。

育業が個の力、チーム力、どちらの向上も促す

――育業の推進に向けてマネジメント層向けの研修などは行ったのでしょうか。

中澤氏:マネジメント層だけを対象にした研修は行っていません。ただ、制度の運用開始時に、全社員に向けて説明会を開きました。その中で、育業を推進する理由として、業務の属人化を防ぐこと、メンバーの経験値を引き上げることなどに触れています。誰かが一時的に業務から離れても業務が棚卸しされていれば、その仕事を他のメンバーがスムーズに引き継げます。また、他のメンバーは普段、担当しない業務を行うことになり、スキルの幅を広げられます。仮にリーダーが不在となった場合は、別のメンバーが一時的にリーダーの役割を担うことでリーダーとしての成長を促せます。

実際、チームリーダーが育業することで、当事者も含め、チーム力を向上させたケースもありました。育業が業務の属人化解消の一助となったことは、大きな成果と言えます。
読売広告社 中澤氏インタビューカット
菊地氏:他の業種・業態も同じかもしれませんが、広告会社はチームで動くことが基本です。育業をきっかけにチームが強くなることができれば、育業が一時的なトレンドで終わらず、企業カルチャーとして定着するはずです。スキル面のレベルアップに加えて、視野が広くなる良さもあります。育業することで、育児や子どもの目線も持てるようになるでしょう。多様な視点を持つことは、仕事をする上で大きな武器となり、新たな情報やアイデアが生まれる良い機会につながったとの声も聞いています。また、育児を起点にチーム内のコミュニケーションがより活発になったのも、育業の大きなメリットだと捉えています。

――育業が貴社に、好影響を与える様子が伺えます。

菊地氏:何より、離職率が大幅に減りました。育業推進だけがその要因ではありませんが、20代後半~30代前半の離職者数が2022年から2023年で57%減と大幅に減少しました。2024年度は前年比でさらに20%減と3年連続で減少しています。経営にとってこれは非常に大きな成果です。

トップダウンとボトムアップ、両方が必要

――今後の経営についてもお聞きできればと思います。育業推進を機に、人的資本経営をどのように発展させていきたいとお考えでしょうか。

菊地氏:当社は「GAME CHANGE PARTNER」というビジョンを掲げ活動しています。私は「YOMIKOを日本一、人を大事にする会社にする。」と全社員に伝えました。広告会社は人が財産であり資産です。可能な限り人材への投資を行っていく考えです。育業推進は一定の成果につながりましたが、まだまだ十分とは言えません。より生産性を向上させ社員へ還元していくための施策をこれからも進めます。そのことが企業としての持続可能な発展にもつながっていくはずです。
読売広告社 菊地氏インタビューカット
――育業推進に取り組んでいる企業も増えています。同じ志を持つ他の企業が具体的に取り組めるよう制度設計や運営面で何かアドバイスがあれば、お願いします。

菊地氏:ボトムアップで出てきた提案を、トップがどう発信するかが重要だと思います。
現在も1on1や社員向けのメールマガジンを継続していますが、その他のコミュニケーションでも経営の意向を伝えることで、施策への理解が深まります。発信は社内に限りません。社外にも積極的に情報を出しています。そうすることで、経営側の本気度や意気込みが伝わるはずです。実は経営と現場に壁があるという課題も以前はありました。それが経営陣の顔が見えてきたことで、「社長の言うことだから、やってみよう」という気持ちへ変化したのではないかと感じています。

中澤氏:育業の施策を推進する上では、社長が社内外に発信していることが大きな後押しになりました。また、制度開始当初から「育業取得率100%」を掲げたことで全社で共通認識が持て、良い意味で納得が得られたように感じています。

菊地氏:一方で、現場への権限委譲も行っています。現に「育業当事者の所属チームへのインセンティブ支給制度」導入のきっかけとなったタスクフォースについては、人選や進行を現場に任せました。現場に裁量を持たせることでより実効性の高い制度や施策が生まれたと感じています。総じて、経営と現場、この両輪がうまく回ることで、改革は前に進んでいきます。人に投資するというと大きなことのように感じるかもしれませんが、冷静に計算してみると、莫大な費用がかかるわけではないと気付きます。ぜひ積極的に様々な施策を試していただければと思います。

育業とは

東京都が2022年に公募で定めた育児休業の愛称です。
東京都では育児を「休み」ではなく「大切な仕事」と捉え、育業を社会全体で応援する気運醸成に取り組んでいます。

育業  東京都 こどもスマイルムーブメント

協力:東京都
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!