これを受け今回、かつて国内トップシェアを誇る「COMPANY」を世に送り出し、約30年にわたり日本の大手企業向け人事システムを牽引してきた株式会社パトスロゴス 代表取締役CEO 牧野 正幸氏に取材を敢行した。インタビューの中で、日本企業がたどった人事システムの変遷と現在地を伺うと共に、AI時代の未来に向けた提言も導き出された。
プロフィール

牧野 正幸 氏
株式会社パトスロゴス
代表取締役CEO
1996年に株式会社ワークスアプリケーションズを創業。日本初の大企業向けERP専業企業として、2001年には上場を果たし、日本市場において広く導入される主要ERPプロバイダーへと成長させる。2019年に退任後は、経営アドバイザーとして10社以上の企業を支援。2020年10月に日本企業の人事のデジタルシフトの遅れを取り戻すことを使命に、株式会社パトスロゴスを創業し、代表取締役CEOに就任。

寺澤 康介
ProFuture株式会社
代表取締役社長/HR総研 所長
1986年慶應義塾大学文学部卒業。同年文化放送ブレーン入社。2001年文化放送キャリアパートナーズを共同設立。常務取締役等を経て、2007年採用プロドットコム株式会社(2010年にHRプロ株式会社、2015年4月ProFuture株式会社に社名変更)設立、代表取締役社長に就任。10万人以上の会員を持つ日本最大級の人事ポータルサイト「HRプロ」、1回の開催で延べ6万人以上が申し込む日本最大級の人事フォーラム「HRサミット」を運営する。

「個別最適」な日本の人事システム。その停滞を打破した「COMPANY」誕生の背景
寺澤:本日は、日本の大手企業のERP、人事システムを長年リードされてきた牧野さんに、人事システムの「過去・現在・未来」という大きなテーマでお話を伺いたいと思います。まずは時計の針を少し戻して、牧野さんがワークスアプリケーションズを創業された約30年前、日本の大手企業の人事システムはどのような状況だったかをお伺いできればと思います。牧野氏:当時、大手企業を中心に活用されていた人事システムは、基本的にホストコンピュータで動いており、使用の主な目的は「給与計算」と「人事異動の記録を残す」ことでした。また、システムを個別最適化し自社専用にするのが主流だったという側面もあります。このため、人事制度の変更や、税制・社会保険制度の変更があるたびに情報システム部門に改修をお願いするしかなく、データを取り出して分析することなど到底できない状況でした。システムの改修に半年から一年かかることもざらで、人事部門の生産性を大幅に低下させていたと言えます。
寺澤:当時、海外では人事システムはどのように使われていたのでしょうか。
牧野氏:SAPやピープルソフトなどのパッケージソフトを使うのが当たり前でした。一方、日本では「パッケージは大企業では使えない、中小企業向けのものだ」という先入観が強く、実際、日本の大企業の人事制度は複雑で、海外のパッケージでは対応できません。海外のシステム会社に「日本特有の制度に合わせたソフトを追加開発してもらえないだろうか」と問い合わせたところ、「合理性がない」と断られるような状況でした。
しかし、日本企業の制度は一見複雑でも、給与計算や異動など、根本的な考え方は共通しています。そこで、日本企業に適した汎用的なプロダクトを作れば、ローコストかつ制度変更の対応が容易になり、人事部門がデータを自由に扱えるようになると考えたのです。
寺澤:日本の大企業人事向けパッケージソフトという、新たな市場の創造を試みたのですね。
牧野氏:はい。その時、「カスタマイズは絶対にしない」という方針を打ち出し、大手企業向け人事システム「COMPANY」を開発しました。その代わり、保守料を頂いている限り無償でバージョンアップし続けることにしたのです。最初のバージョンでは大企業の複雑な業務の3割も網羅できていませんでしたが、お客様から寄せられる要望を取り込み続けた結果、創業から13~14年目には機能の網羅性が98%と言われるまでになりました。他社製品はカスタマイズが前提でしたから、「COMPANY」は実質的なデファクトスタンダードとなり、大手企業の50%以上のシェアを占めることができました。
「COMPANY」の進化版「HUE」開発への挑戦
寺澤:「COMPANY」は圧倒的な機能網羅で時代を築かれました。しかし、牧野さんはその成功に安住せず、AIを活用した次世代製品「HUE」の開発という挑戦をされます。牧野氏:「COMPANY」で人事の生産性の向上に一定程度、寄与できたことは間違いないでしょう。他方、その間にGoogleなどが登場し、世の中のクラウドサービスは大きく変わっていきました。例えば、Googleのスプレッドシートのように修正した情報が瞬時に共有されコラボレーションが容易になるクラウドネイティブな技術、ChatGPTの先駆けとも言える自然文検索も広まってきて、AIがサービスを格段に便利にし始めていました。
それに伴い、旧来のERPは時代遅れになりつつあったのです。このまま放っておいては、日本が一世代遅れてしまう。圧倒的シェアを持つ人事システムを開発している企業として果たすべき役割があると気持ちを奮い立たせ、クラウドネイティブ化とAI活用にチャレンジしたのが「HUE」でした。「HUE」を「COMPANY」の進化版と位置づけ、既存の業務機能をすべて搭載しようと試みました。
ところが、当時はクラウドネイティブの特徴である大量のシンプルデータを超高速に扱うことが難しく、開発が難航しました。

なぜパトスロゴスの創業を決意したか
寺澤:牧野さんは「HUE」での挑戦を経て退任され、約1年間の充電期間を経て2020年にパトスロゴスを創業されました。再び人事システムの世界に戻ることを決意された背景には、どのような思いがあったのでしょうか。牧野氏:退任後、当時の顧客企業へ挨拶に回った際、多くの人事担当者から同じ悩みを相談されました。それは統合型システムに現状では満足しているものの、世の中に優れたHR系SaaSが次々と登場しており、AIを活用したいという声でした。しかし、統合型システムでは、データ連携が難しいのが実情です。無理に導入してもデータがバラバラになり、運用が破綻してしまう。このジレンマをどう解消すればよいのか、という切実な声でした。
寺澤:便利なSaaSを使いたいけれど、データが繋がらない。「統合型」か「分散型(SaaS)」かの二者択一を迫られていると言えます。
牧野氏:実はSaaSベンダー側からも「既存の統合型システムと繋ぎたい」という声が届いていました。SaaS同士は連携しておらず、「このデータはA社、あのデータはB社」とデータが分散していたのです。こうした状況を受け、各ベンダーに「日本の標準」を作ることを提案しました。しかし、議論はいっこうに進まない。それならば、自分で作ろうと決意したのです。
あらゆる人事データのハブを目指したHR共創プラットフォーム「PathosLogos」とは
寺澤:それが貴社サービスのHR共創プラットフォーム「PathosLogos」の構想につながるのですね。牧野氏:その通りです。異なるSaaSベンダーのデータを一つのデータベースに集約し、相互にデータ交換できるようにすれば、統合型システムと同じメリットを享受できるでしょう。HR共創プラットフォーム「PathosLogos」は、あらゆる人事データが繋がるハブとしての役割を果たすことを目指しています。プラットフォームを設計する上で最も重視したのは、データ構造を複雑にしないことです。AIがデータを解析しやすくする「AIレディ」な状態を作ることも見据えた措置です。

牧野氏:既に多くのSaaSベンダーが参画しており、最新の優れた機能をいち早く取り入れることができます。お客様から特定の機能要望があった際に、既存のSaaSで対応できなければ、私たちがベンダーに開発を依頼することもあります。そうして生まれた新機能は、最初からプラットフォームの標準データ構造に準拠しているため、エコシステム全体がさらに豊かになります。
寺澤:一方で、大企業特有の複雑な人事給与業務は、既存のSaaSだけではカバーしきれない部分もあるのではないでしょうか。
牧野氏:はい。多くのSaaSは中小企業向けに設計されており、数万人規模の給与計算や、年に一度の定期人事異動など企業特有の業務には対応できません。そこで私たちは「SaaSの隙間」を埋めるためのコアシステム「Combosite人事給与」を開発しました。これは他社のSaaSと競合する機能は持たず、大企業の複雑な給与・賞与計算や社会保険業務など、絶対に欠かせない機能だけに特化しています。
「Combosite人事給与」と各社の優れたSaaSを組み合わせることで、統合型システムと同等の業務網羅性を持ちながら、SaaSならではの利便性と最新性も享受できる。さらに、データは統合されAIレディな状態にある。これが私たちの提案する新しい人事システムです。
寺澤:牧野さんはグローバル企業の人事システムの課題解決にも取り組まれています。海外の多くの企業でスタンダードとなっているものの一つとして、クラウド型の人材管理システム「Workday」がありますね。「Workday」との連携もあるのでしょうか。
牧野氏:おっしゃるように日本のグローバル企業では、海外拠点は「Workday」を導入しています。しかし、「Workday」はジョブ型雇用を前提としており、日本固有の複雑な給与計算体系には合致していません。このため、日本拠点では従来型の統合型システムを使い続け、結果として両者のシステムが連携せず分断されていました。こうした状況を鑑みて、「Workday」とHR共創プラットフォーム「PathosLogos」を連携させたのです。ジョブ型雇用への移行を進める企業や、海外拠点と日本拠点で分断された人材データの一元化を目指すには、現実的かつ最適な解になると確信しています。
人的資本経営の本質は「開示」ではなく、「人材の最適配置」や「最適報酬の実現」にある
寺澤:人事データの文脈でいくと、昨今、「人的資本経営」がキーワードとなり、企業は人材に関する情報の開示と活用を求められています。しかし、多くの企業が対応に苦慮しているようです。牧野氏:最大の問題は、人的資本経営の考え方が「まず開示しなければならない」という義務感に偏って始まっていることです。必要なデータを引っ張り出す作業に追われ、人事部門の業務を圧迫している。これでは本末転倒です。人的資本経営の最終的な目的は、企業全体の「生産性の向上」にあるはずです。そのために人事部門が果たすべき役割として、人材の最適配置や最適報酬の実現などが挙げられます。現在の人事部門は、日々の問い合わせ対応や、経営層・各部門からのデータ提出要求に忙殺され、戦略的な業務に手が回っていません。まずは人事部門自体の生産性を上げ、手を空けることが先決です。
寺澤:「人的資本経営」に加えて、ここ数年、HRテクノロジーを取り巻く環境下で、「AI」の注目度が高まる一方になっています。人事部門の生産性向上についてAIはどのような役割を果たすとお考えでしょうか。
牧野氏:AIの中でも特に「AIエージェント」は、人事部門の定型業務を劇的に効率化すると推察されます。これまで専門知識を持つ担当者が専門のシステムを操作しなければ対応できなかったことが、AIに任せられるようになるからです。例えば、社員からの「残業代が少ない気がする」「有給休暇はあと何日あるか」などの問い合わせに対し、AIが自動回答することで、人事部門の対応工数をゼロに近づけることが可能です。
また、経営層からの「男女雇用比率の部門別推移を出してほしい」などの突発的なデータ要求に対しても、AIに指示するだけですぐに対応できるでしょう。これまで3日も4日もかかっていた試行錯誤の作業が、1時間もかからずに完了するようになると考えられます。
AI時代の人事が向き合うべき「試行錯誤」と「人材情報の民主化」
寺澤:AIの活用で人事が本来行うべき業務に向かい合えるようになるということですね。牧野氏:おっしゃる通りです。専門知識さえあれば多少時間がかかってもできる仕事は、AIエージェントに取って代わられるでしょう。人間がやらなければならないのは「試行錯誤」の部分です。中でも重要な一つが「最適配置」です。人間が知恵を絞る領域であり、意思決定と責任が求められます。AIもそれらしいものは作ることができるでしょうが、それは素案に過ぎません。
寺澤:最適配置を実現する上で、現在のタレントマネジメントにはどのような課題があるのでしょうか。

この壁を壊し、人材情報を「民主化」する必要があります。例えば、社内で共有されている議事録データをAIが解析し、「この人はこういう発言をしているから、この件について深い知見を持っているのではないか」と隠れた才能を発掘することも可能です。こうしたリアルな情報を集め、部門を超えて共有することで初めて、真の意味でのタレントマネジメントが可能になります。
人事にとってチャンスとなる2つの大きな変化
寺澤:最適配置が実現できたとして、その活躍する人材を定着させることも、これからの重要な課題になると考えられます。牧野氏:最適配置と人材の定着は表裏一体の課題です。人材の活躍に対して、企業がしっかりと報酬で応えられるかどうかは、これまで以上に重要になるでしょう。この30年間、日本企業の大半は総賃金を横ばいにしていました。この環境下では、ハイパフォーマーの報酬を上げるためには、他の誰かの報酬を引き下げるというプラマイゼロの調整しかできず、組合などからの反発も大きかったのです。
しかし、今は2つの大きな変化があります。1つはインフレの時代に入ったこと。もう1つは、世の中の報酬制度がオープンになり、「あの会社に行けばいくら貰える」というマーケットプライスが可視化されてきたことです。
寺澤:外部環境が、報酬のメリハリをつけやすくしていると。
牧野氏:その通りです。ハイパフォーマーの報酬を積極的に引き上げ、そうでない層とのメリハリをつけるという交渉が、格段に行いやすくなっています。ようやく、人事制度、特に報酬制度を前向きに「ガンガン変更できる」素晴らしいタイミングが来たと私は思います。
人事が「守り」から「攻め」に転じるために、これからの5年が勝負の時
寺澤:最後に、人事部門が未来に向けて取り組むべきことについて、メッセージをお願いします。牧野氏:日本企業はこの30年間、我慢してリストラを続けてきました。既に言及しましたが、大企業の総賃金は横ばいでほとんど変わっていないのです。そこまでして人員構成のスリム化を断行してきました。しかし、そのフェーズは終わり、今は「人手不足」の時代です。これから、どう採用してどう最適配置してどう活躍してもらうかということが、人事部門の最も大きなチャレンジになります。
人事部門が雑多な業務から手を引き、本来向かい合うべき仕事に本気になって取り組む。これができている企業とできていない企業で、計り知れない差がつくでしょう。対応が遅れた企業は、優秀な人材が「取られまくる」状況になると予想されます。特にITと人事、あるいはITと財務など、複数の専門知識を持つ人材は既に引き抜き合戦が始まっています。人材の流出は企業を弱体化させます。その意味で、この5年は勝負の時です。
人事部門は今、日本の生産性向上を牽引する「主役」になれる絶好の機会を迎えています。リアルなタレント情報を集め、情報の民主化を行い、最適な配置を実現する。マーケットプライスと照らし合わせて適切な報酬体系を組み立て、採用も実行する。これが今、人事部門がやるべき最大の仕事です。前向きなチャレンジをしていただきたいと強く願っています。
寺澤:まさに今、人事は「守り」から「攻め」へと転じる絶好の機会を迎えていると感じました。本日は、人事システムの過去、現在から未来への提言まで、大変貴重なお話をありがとうございました。
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