
「啓発キャンペーン」では熱中症は減らなかった
これまで職場の熱中症対策法令は「労働安全衛生規則」617条『事業者は、多量の発汗を伴う作業場においては、労働者に与えるために、塩及び飲料水を備えなければならない。』他いくつかがあるにすぎませんでした。このため、おもに毎年「STOP!熱中症クールワークキャンペーン」を厚生労働省、中央労働災害防止協会等が主唱して行うことを通じて職場での熱中症に対する注意喚起を行ってきました。
ですが、このキャンペーンを推し進めても状況は十分に改善せず、熱中症により平均して毎年30人の死者、1,000人の“4日間以上の休業者”が労働者の中から出ている状況が続いていました。
考えてみると熱中症で4日間以上の休業というのは相当重い熱中症です。例えば、「暑い中で働いて熱中症になった。病院で点滴して回復し、その日はそのまま帰宅、翌日は念のため休んで翌々日から仕事に戻った」というような例はこの1,000人の中にはカウントされないのです。つまり我々が通常イメージするレベルの熱中症になった労働者は、この数倍、数十倍いたと捉えるべきでしょう。また、この1,000人の中には「命はかろうじて取りとめたが、寝たきりになった人」も含まれています。
こういう最重症の熱中症を防ごう、というのが今回の法令改正の趣旨です。
熱中症対策として職場でやらなければいけない「4つこと」
熱中症による死亡者発生の2大要因は、「発見の遅れ」と「発見後の対応の不適切さ」です。そこで、これら2点を特に注意することで重い熱中症を減らすように職場の義務が設計されています。具体的には以下の4つです。
(1)熱中症をおこしやすい職場とそこで働く人の把握
31℃以上またはWBGT値28度以上となりうる職場を全部同定し、そこで連続1時間以上または断続的にでも1日4時間以上働く人を全員把握します。WBGT値は「暑さ指数」とも呼ばれるものです。WBGT測定器は4,000円台から市販されていますが、必ず「黒球式」と呼ばれる、黒い球のついたものを購入してください。
(2)現場で熱中症を疑った時の連絡体制づくり
労働者自身が、あるいは誰か同僚が熱中症になっているのでないかと疑ったときに、誰に連絡するのか、だれがその場で命令を出すのかなどの体制です。(3)熱中症を疑ったときの措置(フローチャート)の作成
それを見た人が書いてある通りに動けるものを作ります。よくある悪い例として「必要な時は医者に受診させること」というものがあります。これでは読んだ人が「今が必要な時かそうでないのか」がわかりません。「応答が正常でない、または水分を自分で取れないときは救急車を呼ぶこと」といった感じに具体的に書く必要があります。また、措置の流れの中で必ず守るべき3点があります。
2.熱中症の疑いのある人のそばには常にだれかがついている(熱中症は軽いものでも、あるいは回復したと思っても、そこから悪化し最悪死に至ることがあるからです)。
3.回復しても作業に戻らせない。回復したら帰宅させるようにしましょう。
具体的なフローチャートの例は厚生労働省のリーフレット「職場における熱中症対策の強化について」などをご覧ください。これを参考にしながら、現場に合うように改変するのがいいと思います。
(4)措置を現場で働く人に周知させる
これが実は最も重要なことです。会社がやり方を決めて労働者に「読んでおいてね」と伝えるだけでは周知にはなりません。実際に熱中症の人が出た時に、(2)、(3)で決めたやり方に従って、現場の労働者がてきぱきと迷いなく動けなければいけないのです。つまり労働者がきちんと理解できているか、きちんと動けるか、それを確かめましょう。法令化は最低基準。おさえておくべき熱中症対策の「TIPS」
今回の法令化はあくまで最低基準を決めたものにすぎません。そのほか知っておくべき基本的な熱中症対策は様々あります。●TIP1:クールダウンできる環境を作る
労務管理上の対策としては、なるだけ涼しい場所を各現場に用意し、そこで定期的な休憩をとる、プレクーリングと言ってとにかく体を冷やしてから(例えばシャーベットのようなものを飲んで体の内部から冷やすなど)次の作業に移る、体調が悪い時にすぐに訴えやすい環境を作る、などです。個人の体調管理上の対策としては、前日深酒をしない、朝食を必ず取る、のどが渇く前に定期的に水分をとる、などです。
●TIP2:一人作業は避ける
熱中症発見の遅れの大きな原因として、一人作業があります。一人作業はなるべく避けること、またやむを得ず一人作業をする場合はモニター用ウェァラブル機器などを用いるのもありです。●TIP3:熱中症を知る
そもそも熱中症を疑うためには、どういったものが熱中症の症状かを知らなければいけません。厚生労働省「職場における熱中症予防情報」には、熱中症の症状をはじめとした詳しい情報がわかりやすく掲載されていますので、ぜひご参照ください。●厚生労働省:職場における熱中症予防情報
毎年熱中症のために30人の死者、1,000人の4日間以上の休業者が出ており、その裏にはその何倍もの熱中症患者が労働者の中に発生していることを鑑み、労働者が安全かつ効率的に働けるように知恵を絞っていきましょう。
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