人的資本経営への注目度が高まる一方となっている。日本国内でも、多くの企業が本格的な議論や取り組みを始めてきた。着手すべきことがさまざまある中で、成功の鍵を握るとされているのが後継者計画だ。一方、日本の企業は後継者計画がうまくいっているとは言い難い。

これを受け今回、人的資本経営や後継者計画に豊富な知見を持ち、世界的な潮流についても造詣が深い、慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授、兼、山形大学学術研究院 産学連携教授 岩本隆氏、米国DDI社 Senior Vice President Bruce Watt氏、株式会社マネジメントサービスセンター 代表取締役社長 遠山雅弘を招いて座談会を開催。モデレーターは同シニアコンサルタントの吉岡宏記が務めた。

参加者の話題は、人的資本経営や後継者計画についての歴史的背景、ISO 30414に関する開示の要求、日本企業が抱える課題と有効な解決策などに及んだ。

プロフィール


  • 岩本 隆 氏

    慶慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授
    山形大学学術研究院 産学連携教授 岩本 隆 氏

    東京大学 工学部 金属工学科卒業。カリフォルニア大学 ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。日本モトローラ株式会社、日本ルーセント・テクノロジー株式会社、ノキア・ジャパン株式会社、株式会社ドリームインキュベータを経て、2012年6月より2022年3月まで慶應義塾大学大学院経営管理研究科(KBS)特任教授。KBSでは産学連携による「産業プロデュース論」「ビジネスプロデュース論」などの研究を実施。2018年9月よ山形大学学術研究院 産学連携教授。山形大学では文部科学省地域イノベーション・エコシステム形成プログラムの事業プロデューサーとして山形地域の事業プロデュースを統括。

  • ブルース・ワットPh.D

    DDI (Development Dimensions International, Inc.)
    Senior Vice Presidentブルース・ワットPh.D

    世界中の多国籍企業に対するコンサルティングの豊富な経験を有し、組織の変革と成長を促すために、組織のポテンシャル人材の発掘、リーダーの自己洞察力とリーダーシップ・スキルの開発を積極的に支援している。2000年にDDIに入社し、現在はヨーロッパ、インド、オーストラリアにおけるオペレーション、米国本社のグローバル・センター・オブ・エクセレンスと、世界各国のDDIのパートナー企業との連携強化の責任を担っている。ロンドンに拠点を置き、世界各国の歴史や文化の造詣が深く、地域や人種、文化の多様な環境において、お客様やチームと協働することに長けている。

  • 遠山 雅弘 氏

    株式会社マネジメントサービスセンター 
    代表取締役社長 遠山 雅弘

    早稲田大学 第一文学部卒。株式会社帝国データバンクを経て、株式会社マネジメントサービスセンター入社後、役員や事業部長などのエグゼクティブクラスの選抜・育成に関するグローバルプロジェクトに数多く携わる。2019年より現職。提携先のDDIとの連携を深め、企業戦略に基づくタレントマネジメントのコンサルティングに従事。現在、経営陣をリードし、企業の人材戦略・育成分野において、企業の成長を支援し続けるHRパートナーとしての企業価値の創造に取り組む。

  • 吉岡 宏記 氏

    株式会社マネジメントサービスセンター 
    シニアコンサルタント 吉岡 宏記

    同志社大学 経済学部卒。人材マネジメント業界において30年以上にわたり、製造、製薬、化学、情報処理など、多様な業界の国内大手企業や多国籍企業に対し、組織・人材に関するコンサルティングを提供。DDIの手法を用いたエグゼクティブ・アセスメントやインタビュー、コーチング、サクセッション・マネジメント、リーダーシップ開発の専門コンサルタントとして、豊富な経験を有する。

岩本教授・ワット様・遠山様・吉岡様

産業構造の変化に伴い、人的資本経営の必要性が生まれた

吉岡:昨今、日本国内では人的資本経営が頻繁にメディアで取り上げられ、政府も度々言及しています。なぜこれほどまでに人的資本経営が着目されるのでしょうか。

岩本隆氏(以下岩本):もともとは経済産業省が仕掛けたことです。日本は産業構造の変革ができないまま今に至り、失われた30年とも言われています。そうした状況にも関わらず、2017年に「働き方改革」が閣議決定され、残業を減らし、有給消化率を高めることが推奨されました。経済産業省は危機感を抱き、生産性を高める「働き方改革2.0」を推進する産業政策として人事政策に乗り出したのです。生産性を高めるためにはHRテクノロジーの活用は欠かせません。HRテクノロジーのツールはヒューマンキャピタルマネジメント(HCM)アプリケーションと呼ばれており、HCMを訳した「人的資本経営」という言葉が定着しました。
岩本教授
他方、人事政策を人事のものとして人事部門にとどめてしまうと、思うように前には進みません。そこで株式市場からプレッシャーをかけCEOマターとしました。投資家が人的資本に関する情報を求めるので、データを集め開示せざるを得なくなっています。今やすべての経営者が人的資本経営、人的資本開示に関心を持っていると言っても過言ではないでしょう。

吉岡:そういう意味では、経済産業省の政策はとてもうまくいっているように感じられますね。

岩本:はい。2018年12月には人的資本のレポーティングの国際規格、ISO 30414が出版され、内部・外部にレポーティングする際に活用されています。

吉岡:欧米諸国は日本と比較すると、早い段階から人的資本経営に取り組んできました。なぜ欧米の企業は、世界に先駆けて人的資本経営に乗り出したのでしょうか。

Bruce Watt氏(以下ワット):歴史的背景を振り返ると、1998年にマッキンゼー・アンド・カンパニーが出版した『ウォー・フォー・タレント』(原書:The War for Talent)が始まりだったと考えられます。同書は、従来の採用、学習、育成のあり方では社会的・経済的な必要性には対応できないと強調しました。当時、欧米の社会は高齢化が進んだことで労働者が減り、また、産業構造の変化で知的労働が求められるようになっていました。社会の変化のスピードも速く、採用を変えると共に、内部でリーダーを育てることが肝要だと結論づけたのです。この時、重要な観点となるのが人材を資本のように扱うことです。

ただし、人的資本は他の資産のように投資をすればすべてが成長するということはありません。ポテンシャルのある人材を把握した上で、適切に投資を行う必要があります。ポテンシャルのある人材を見つけ出すことを、組織のリーダーが乗り越えるべき重要な課題、つまり、ビジネス・ドライバーとして欧米の企業は解決に取り組んできました。この結果、2000年~2010年にかけて、景気の浮き沈みの影響を受けながらも外部環境にうまく対応できた。その大きな要因になっています。
ワット様
吉岡:ビジネス・ドライバーについて言及がありました。遠山さんにビジネス・ドライバーについて簡単にご説明いただければと思います。

遠山:リーダーが乗り越えなければならない重要な課題のことを、ビジネス・ドライバーと呼んでいます。会社が目指す戦略を実現するために、リーダーが直面する課題です。そして、その課題の内容に明確に紐づけて、リーダーとして求められる要件を定めていこうとするのが我々の考え方です。つまり、それぞれの会社のビジネス・ドライバーに的確に取り組める人材を見出したり、育てたりすることが重要ということです。

ワットさんは、産業構造が速いスピードで変化した時に、人的資本経営が本格化し、リーダーへの投資のあり方が変わってきたと言及しました。本当は日本も同様に変化しなければならなかったはずですが、今、少しずつ人的資本経営が国内に浸透し始めています。ビジネス・ドライバーが日本で注目を集めている背景には、そうした変化の必要性が今まさに高まっているからなのだと思います。




この後、下記のトピックが続きます。
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●危機感を抱く日本、「人的資本経営」はこうして生まれた
●欧米諸国が人的資本経営を先行させている歴史的背景
●プロセスの確立こそ、後継者計画を成功させる秘訣
●日本の後継者計画がうまくいかない最大の要因とは
●複雑かつ、膨大なデータを有効に活用するKPIの設定方法

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