最低賃金の引き上げにより、収入が増える一方で、社会保険への加入を避けるために労働時間を減らそうとする動きが見られる。本人の希望による労働時間の短縮は問題ないが、企業が保険料負担を回避する目的で一方的に労働時間を減らすことは問題となり得る。今後は社会保険の適用範囲がさらに拡大される見通しであり、企業には雇用管理の見直しが求められている。

【図解付き】社会保険加入回避のための「労働時間削減」は違法? 企業が知っておくべき労働契約法と5つの対応策

最低賃金引上げ深刻化する「社会保険の壁」問題

厚生労働省が公表した2025年度の地域別最低賃金は、全国平均で初めて時給1,100円を超えた。人件費上昇が進むなか、「社会保険に入りたくない」という短時間労働者の声が目立ち始めている。

社会保険の扶養の対象となる年収は130万円未満(60歳以上または障害者は180万円未満)であり、通勤手当もこの範囲に含まれる。最低賃金や通勤手当の上昇によって、収入が増えた結果、扶養を外れ自ら勤務先で社会保険に加入することを検討する層も出ている。

さらに、現在従業員数(※短時間労働者を除く厚生年金保険被保険者数)51人以上の企業(特定適用事業所)では、週20時間以上勤務する学生以外の短時間労働者も社会保険の適用対象となっている。月額賃金8.8万円以上が基準であるため、時給アップによってこのラインを超えるケースが増え、「加入を避けたい」と労働時間の調整を相談する声も聞かれる。

社会保険の企業の適用要件は、2016年以降段階的に拡大されており、今後10年で10人以下の企業にも適用される見通しだ。なお、いわゆる「106万円の壁」と呼ばれる基準(月額8.8万円)は、2026年以降に撤廃が検討されている。
企業規模要件の撤廃
しかし、社会保険への加入は本人の希望で選べる制度ではないため注意が必要だ。加入要件を満たす従業員を任意に加入させないでおくと、企業は保険料の遡及徴収や行政指導の対象となる。にもかかわらず、「本人が望まない」、「一時的にシフトを減らす」といった運用を続ける企業も存在する。短期的なコスト抑制にはなっても、結果的に企業リスクを高める行為といえる。

最低賃金の上昇は本来、生活の底上げを目的とした政策である。しかし、現場では「働く時間を減らす」、「雇用契約を短期化する」などの“調整行動”が広がり、人材定着や労働意欲の低下につながる懸念もある。制度改正の流れを正しく理解し、企業と労働者双方が安心して働ける環境づくりが求められている。

「社会保険の回避が目的の労働時間削減」は不利益変更の可能性

一部の企業では、社会保険料の事業主負担増を避けるために、短時間労働者の所定労働時間を一方的に短縮する動きがみられる。しかし、これは法的に問題がある。

「労働契約法」第8条・第9条では「労働条件の変更には労働者の合意が必要」と定められており、企業側の一方的な時間削減は「労働条件の不利益変更」に該当する可能性が高い。

社会保険適用の拡大はもはや不可避の流れであり、企業が取るべき方向は“加入回避”ではなく、“制度対応力の強化”である。実務的な対応として、以下が考えられる。

1.対象者の把握とシミュレーション

短時間労働者の週所定労働時間や賃金額を整理し、誰が加入要件を満たすかを早期に明確化する。本人の希望も確認し、将来の加入スケジュールを見通すことが重要だ。

2.従業員への丁寧な説明

「手取りが減る」という不安には、年金・医療・雇用保険などの保障面でのメリットを具体的に伝える。特に配偶者の扶養範囲で働く層には、「損得」ではなく「安心への投資」であることを理解してもらう姿勢が必要だ。

3.労働時間変更の同意と記録の整備

労働時間の変更を行う際は、必ず本人の書面同意を取得し、変更理由・内容・適用日を明記した記録を残す。

4.人員配置・採用計画の見直し

今後、週20時間の短時間労働者も広く社会保険の対象となる。人員構成や採用計画を再設計し、負担を見据えた体制づくりを進めたい。

5.助成金活用の検討

短時間労働者を新たに社会保険の対象とした場合、「キャリアアップ助成金」などの支援制度が活用できる場合がある。社会保険対応の経済的負担を軽減する有効な手段であり積極的に活用したい。



人手不足と制度改正が同時進行するいま、企業には短期的なコスト抑制よりも「持続可能な雇用モデル」の構築が求められる。人件費の増加に耐えうる経営基盤を整えることが、今後の人事・労務戦略の鍵となるだろう。
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