2025年6月13日、日本の年金制度はひとつの転換点を迎えた。年金制度改革関連法が可決・成立し、少子高齢化と労働環境の変化に対応するための新たな一歩を踏み出した。この改正は、将来にわたる年金制度の持続可能性を高め、より公平な制度を目指すものと言われているが、果たしてそう言えるのだろうか。
「年金制度改革」で今後の年金はどうなる? 特に中小企業の負担は激増、高額所得者は社会保険料が引き上げに

「100年安心」と言われた公的年金制度の改革から30年、現状は

そもそもであるが、2004年に公的年金制度が大改正された際に「100年安心」と謳われたのを覚えておられる方も多いだろう。それが20年経ち、今から30数年後には国民年金が3割減少するので、大きな改革が必要だ、とはどういうことなのか。

年金財政がここまで悪化した要因の一つに挙げてよいのが2004年に導入された「マクロ経済スライド」という仕組の運用が真っ当ではなかった点であろう。マクロ経済スライドは、年金の給付水準を物価や賃金の上昇率より低く抑える仕組みである。

これと同時に、年金保険料を報酬の18.3%に固定化したため、マクロ経済スライドの常時発動こそが年金制度を持続する唯一の方法であった。しかしながら、これをデフレ時には適用しなかったため、現在の受給者は「貰い過ぎ」状態になっているのである。そのツケの是正が今回の改正だと捉えるべきであろう。

改正内容は多岐にわたるが、その内容を簡潔にまとめ、今後の課題について考察してみよう。

「年金制度改革法」の主な改正内容

1.短時間労働者への社会保険適用拡大

これは、今回の改正の眼目の一つであり、非正規雇用で働く人たちのセーフティネットを強化する重要な措置と言えよう。現行法では、企業規模や労働時間などの要件によって社会保険の適用対象が限られていた。今回の改正により、段階的にその適用対象が拡大されていく。

具体的には、現在、従業員数51人以上の企業に限定されている社会保険の適用が、2027年10月からは36人以上、2029年10月からは21人以上、2032年10月からは11人以上となり、2035年10月からは従業員数に関わらず全ての企業に拡大される予定となっている。

この改正によって、これまで社会保険に加入していなかった多くの短時間労働者が厚生年金に加入するようになる。これにより、国民年金の「第3号被保険者」や健康保険の「被扶養配偶者」という概念が有名無実化することになろう。労働者にとって、将来の年金額の増加要因とはなるものの、社会保険料負担が重くなるから、折半負担を強いられる企業にとっても社会保険料というコストが経営の圧迫要因となる。

2.高額所得者の社会保険料の引き上げ

少子高齢化の進展によって年金財政の厳しさが増す中、能力に応じた公平な社会保険料負担を求める声が高まっていたが、今回の改正では、これまでの厚生年金保険料の標準報酬月額の上限が引き上げられることとなった。

現行の厚生年金保険の標準報酬月額の上限は65万円であるが、これが段階的に引き上げられ、2027年9月には68万円、2028年9月には71万円、2029年9月には75万円となり、現行32段階の等級が35段階に増えることとなる。それによって、高額所得者層はより多くの厚生年金保険料を負担するようになる。

3.遺族年金の改正

遺族年金も改正されたが、改正の主な目的は、遺族厚生年金の男女差の解消と、社会の変化に対応した制度の構築にあるといえよう。

現行の遺族厚生年金は、女性の場合、30歳以上で配偶者と死別すると、亡くなった配偶者が受給するはずだった老齢厚生年金の4分の3を無期限で受給できる。一方、男性が無期限で受給できるのは、子どもがいない55歳以上で妻と死別した場合に限られる。

このような差異が、現在の働き方等に対応できていないということで、2028年4月から20年程度をかけて20~50代の男女は5年間の有期給付とされる。女性も無期限で受給できるのは60歳以上で死別した場合に限られ、男性と条件が揃えられることとなる。

これは、共働き世帯が増加し、男女間の役割が多様化する現代社会の状況を反映したものではあるが、体裁の良い男女平等とは裏腹に、一定の貧困層を生み出す可能性を孕んでいるとも言えよう。

そのほか、

4.私的年金制度の見直し(iDeCoの加入可能年齢の引上げ)
5.在職老齢年金制度の見直し(支給停止基準を50万円→62万円へ引上げ)


なども改正されている。

年金をめぐる今後の課題

今回の年金制度改革は、持続可能な年金制度の構築に向けた重要な一歩ではある。しかし、制度面のドラスティックな改革ではないから、現役世代が支払った保険料で、高齢者への給付を賄うという「修正賦課方式」を頑なに維持していく限りは、依然として多くの課題が残されている。思いつくままに挙げると、下記のようなものがあるだろう。

1.財源の確保と世代間の公平性

2024(令和6)年の出生数が70万人を下回ったと報道されていたが、今後も少子高齢化は進行し、年金財政への圧力は高まる一方である。今回の改正で、いくらかの財源は確保されるものの、長期的に安定した財源をどのように確保していくかは引き続き大きな課題である。

また、若年世代の負担が過度にならないよう、現役世代と高齢世代間でいかに給付と負担のバランスを取っていけばよいのか、持続的な議論が必要だろう。

2.短時間労働者への社会保険適用拡大に伴う企業の負担増と経営リスク

短時間労働者への社会保険適用拡大は、労働者のセーフティネット強化に貢献するが、企業、特に中小企業にとっては社会保険料負担の増加という負の側面がある。この負担増は半端ではないから、企業の経営に与える影響や、雇用抑制につながる可能性が危惧される。このため、政府は実効性のある支援策を打てるかどうかが鍵となるだろう。

3.確定拠出年金の普及と投資教育の充実

確定拠出年金の加入上限年齢の引き上げは、高齢期の資産形成を後押しする一方で、個人の運用責任がこれまで以上に重くなる。しかし、日本では投資教育が十分とは言える状況ではない。改正を通じ、確定拠出年金制度が有効に機能するためには、より一層の金融教育の充実が不可欠であり、その役割を企業が担う必要性も高くなっていくだろう。

4.低年金者対策

就職氷河期世代など、低年金者と言われている人たちへ向けた「基礎年金の給付水準の底上げを図る措置」が改正法の付則に規定され、2029年の年金の財政検証を踏まえて判断することとされている。これがいわゆる「厚生年金の積立金の流用」だとして世間を賑わせた。どのような結果になるか分からないが、すべての国民のベースが異なることから、基礎年金の底上げには非効率という限界が横たわっているのではないか。そして、底上げの追加財源として、莫大な国庫負担が必要とされるだろう。全体としての社会保障対策を考え直すべきなのかもしれない。



以上、端折りながら年金制度改革法をみてきたが、もはや小手先の弥縫策では取り繕えない段階に至っているように思える。今後の課題を踏まえ、さらなる大きな改革が求められている。
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