
シニアは不足する「IT人財」の受け皿になれるのか
主に大企業において必要な「シニアの活性化・戦力化」という課題がある一方、日本の産業界全体で「人手不足」が進行、深刻化しています。そして、今後を展望したときの「人手不足」の具体的な中身として、最も深刻であると考えられている「IT人財」。こうした現状を掛け合わせる、即ち一石二鳥的な発想で、「シニアのIT人財化」ということが語られています。その成否を考える上で、まずは、IT人財の今後の不足人数について推計した、経済産業省「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果~報告書概要版~」に示されている下記のグラフを見てみましょう。

引用:経済産業省「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果~報告書概要版~」
(https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/daiyoji_sangyo_skill/pdf/001_s02_00.pdf)
ただ現状、企業においてIT人財は不足している、DXも思うように進んでいないという事実の下の解決策として、本当にシニアは期待され、また実際にIT人財不足の解決策になっているケースは多いのでしょうか。
企業の公表資料、ニュースなどには、そういう事例はほとんど出てきません。状況としては、以下のようです。
・企業は社員のIT化、DXには熱心であり、そういう施策からシニアを排除する必然性はなく、他の世代と同様、シニアのITスキルは平均としては上がっている。
・しかしながら、シニアだけを括り出して、「シニアの活性化・戦力化」という文脈でIT化、DXを意図的に進めているケースは極めて少ない。
やはり、IT というものと「シニア」はあまり相性の良い組合せであるとは思われてないことが、シニアがIT人財不足の受け皿にはなっていない理由なのでしょう。
シニア人材が活躍できる「ITの領域」とは
しかしながら、「シニアはシステム、ITが苦手なんだからそもそも無理」と最初から全否定では問題の解決にはなりません。まずは、IT人財とは何か。ITスキルとはどのようなものか。その範囲の広さをイメージする必要がありそうです。ラフな抽象化ですが、システム全体のグランドデザイン設計やプログラミングなどの「システムよりの領域」と、その反対側にそのIT、システムを使う「ユーザーの領域」があって、その中間の領域に「ミドルゾーン」があると考えましょう。ミドルゾーンにも、システム、ITの要素が強い領域と、ユーザー視点の強い領域が存在し、これらがグラデーションを持って連なっているのです。
さて、このように考えたときに、シニアが活躍できる領域と言うのは、あるのでしょうか、あるとすれば、どこなのでしょうか。
システム寄りの部分は、デジタルネイティブなど、年齢が若くてデジタルに慣れ親しんでいる世代の方が得意なことは明白ですし、その方が教育コストに関しても相対的に低廉です。一方、シニアに関しては、その真反対の領域、本来的には、完全に「ユーザー」の立場でいる方が心地良いと言えるでしょう。
しかしながら、会社の中で、「戦力化・活性化」などと言われているのですから、ユーザーの立場と言う最も居心地の良い所に安住してばかりいては困るわけです。少しでもシステム、IT寄りの部分で、リスキリングを実現し、会社に付加価値をもたらすことができないのでしょうか。もしそれが可能なら、会社にとっても、シニア本人にとってもハッピーなはずです。
筆者は2つの領域でシニアが活躍するチャンスがあるのでなないかと考えています。
1つ目は、「管理数字」などから一歩踏み出した「分析」、「データの有効活用」など業務スキルに通暁したシニアならではの活躍余地です。管理システム導入時のデータマインングや分析、営業であれば「CRM」などを思い浮かべてみてください。数字の意味がわかり、如何に分析を行うのか、そして分析結果をどう判断し、どうアクションに結びつけていくか、といったことについては、「業務」がわかっていなければ全く戦力にはなりません。業務経験豊かなシニアにはそうした資質が備わっているのです。
2つ目は、管理システムとユーザーである業務での最前線の担当者を結びつける役割です。
システム部門は、「この管理システムはユーザーフレンドリーに出来ているから、いつでも分析など出来ます」といくら「機能」を説明しても、当の担当者は、「分析どころじゃない、目先の仕事に追われているんだよ」と言うかもしれません。筆者の観察では、そうした担当者の実際の業務実態を考えない、機能にばかり焦点を当てた「べき論」のおかげで、日本の現業でのDX、そして管理システムから出された数字を基にしたPDCAがなおざりにされてきたというケースが多いのです。
多少時間的に余裕があるシニアにこうした役割を付与することは、分析作業、データハンドリングの習熟に若手よりも時間がかかるかもしれないということに目を瞑りさえすれば、素晴らしいアウトプットをもたらすのではないでしょうか。
シニア人材がなぜ「DXの担い手」になれるのか
上記2つ目にも関連があるのですが、みなさんが気軽にITという言葉と同じような意味で使っているDXという用語に関して少し考えてみましょう。言うまでもなく、DXとはDigital Transformation 、すなわちデジタルによって、業務や会社を「変えていくこと=変革」です。では、その変革について、どういうプロセスで実行されるのか。それをより詳しく考える必要があるということです。まず、変革の最初には、「変えた方が良い」という「べき論」がある場合と、業務の中から「これ変えた方が良いのでは」という疑問からスタートする場合があるでしょう。シニアの場合、多くはこれまでのやり方に慣れ親しんできたわけで、自分からは「変えた方が良い」とは言い出さないかもしれません。後者の場合はどうでしょう。
具体的には、長年の業務知識、スキルをベースにして、改めてシステム、ITの学習を進め、さらに業務命令などの指示によって「変えた方が良いことはないか」というミッションを与えられたなら、きっと大きな成果を出すのではないでしょうか。DXの肝である業務全体を見直し、過去の経験から「どこに問題があるか』を把握する能力に長けたシニアは、DXの担い手に十分なれるのではないでしょうか。
社内における業務やキャパシティのバランスのカギを握っている「シニア人材」
上記の通り、シニアが担える領域について、IT人財という面では、よりユーザーに近い領域、DXという足下の状況の中では、業務変革の担い手ということになるかと思います。そうした議論に対しても、「でも、若い人の方が、そうした領域でも強いし、教育コストも安くなるはずなんだけど……」と考える方も多いように思います。業務の領域や教育コストの面では、まさに仰る通りです。しかし、そういう発想だからこそ、「戦力化・活性化」を考えなければいけないシニアという課題が起こってしまったのではないでしょうか。手も動き、体力もある働き盛り世代の優秀な社員にばかり負担をかけ、業務を集中させる。その結果、優秀な若手、中堅が疲弊してしまう。そのようなことが日本の企業内で起こっているわけです。シニア社員にも適正に業務や役割を分散させていくことによって、社内の業務とキャパシティの最適バランスが実現できるでしょう。
以上、シニア社員のIT、DXへの適合可能性について述べてきましたが、会社視点ではなく、シニア社員からの視点と言う面も重要です。この連載で強調している通り、シニアへのキャリア形成支援は、シニアの定年後のキャリアにプラスになるだけではなく、現在の業務実行や、業務への取り組み姿勢への変化と言う面で、会社にも十分メリットがあります。シニアへのIT教育は「コスパが悪い」と切り捨てないで、総合的に考えていただきたいと思います。もし、シニアへの業務賦与の面で余裕があるなら、シニアに対する人件費関係の経費は一種の固定費なわけで、そのコスパを考えるのは全く意味がないことでもあります。
最後になりますが、今回の内容については、生成AIの活用については意図的にあまり述べてきませんでした。生成AIの使い方、浸透度合いが日進月歩の状況にある現状では、生成AIを絡めてシニアとDXのことを語るのは、シニアの弱み、強みについての論点をぼやかしてしまうと考えたからです。
ただ、この点だけは指摘しておきたいと思います。
ユーザーフレンドリーで、「誰でも簡単に操作出来る」AIは、若手よりもシニアに適合したものになりうるということです。DXなどへのシニアの関与を可能にする生成AIの登場は、業務に通じたシニアの経験やスキルの優位性を高めるものでもあるのです。
シニアに相応しいIT領域、DXへの寄与ということについての一層の具体的内容に関しては、次回述べたいと思います。
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