従業員が一定数以上の企業は、障がい者を雇うことが法律で義務付けられています。現在の法定障害者雇用率は2.3%ですが、これを達成できている企業は48.3%と、半数に届きません。定められた雇用率を達成できない企業が多い中、さらに今後の障害者雇用率の引き上げ(令和6年度に2.5%、令和8年度に2.7%)が発表され、障がい者雇用の取り組みについて頭を抱える企業も少なくありません。このような中で、本業と直接関係のない農園などでの就労による障がい者雇用を支援する「障がい者雇用ビジネス」が増えています。今回は前編と後編に分け、障がい者雇用ビジネスとはどのようなものなのか見ていきます。
「障がい者雇用ビジネス」とは? サービスの仕組みと利用実態を解説【前編】

「障がい者雇用ビジネス」とは?

2023年になってから、障がい者雇用の中では「障がい者雇用ビジネス」が取り上げられることが多くなりました。これは、新聞などのメディアで大きく取り上げられたことがきっかけとなっています。

共同通信による2023年1月9日の報道では、以下の内容が述べられています。

『法律で義務付けられた障がい者雇用を巡り、企業に貸農園などの働く場を提供し、就労を希望する障がい者も紹介して雇用を事実上代行するビジネスが急増していることが9日、厚生労働省の調査や共同通信の取材で分かった。十数事業者が各地の計85カ所で事業を展開。利用企業は全国で約800社、働く障がい者は約5千人に上る。

大半の企業の本業は農業とは無関係で、障がい者を雇うために農作物の栽培を開始。作物は社員に無料で配布するケースが多い。違法ではないが「障がい者の法定雇用率を形式上満たすためで、雇用や労働とは言えない」との指摘が相次ぎ、国会も問題視。厚労省は対応策を打ち出す方針だ』



以前から、このような障がい者雇用ビジネスによる障がい者雇用の進め方については、賛否両論の議論がありました。2022年ごろからは「障害者雇用率を買っている」など一部批判的な報道も見られるようになりました。例えば、2022年5月には、DPI(障害者インターナショナル)日本会議では、「法定雇用率達成代行ビジネスの現状から障害者雇用の意義と課題を考える」というテーマの分科会が行なわれています。

前述の共同通信(2023年1月)の記事では、利用企業は全国で約800社、働く障がい者は約5000人に上ることが示されました。しかし、その後、厚生労働省が実態調査した結果では、障がい者が働く場や業務を企業に提供する雇用代行ビジネス(農園だけでなく、サテライトオフィスも含む)に関し、利用企業は約1000社、働く障がい者は約6500人以上いることが示されています。なお、この調査によるとビジネス事業者は23法人あり、就業場所として運営する農園は全国で91カ所となっています。



障がい者雇用ビジネスは、障がい者雇用を自社で行なうことが難しい企業に対して、障がい者が働くための場として農園などの働く場の提供や、農園などで働く障がい者の人材紹介、サポートなどを提供します。このようなサービスを提供することで、事実上、障がい者雇用を代行するものとなります。そして、活用する企業は、これらに対する費用を支払います。この場合、農園で働く障がい者社員は、農園を借りる企業の社員となり、毎月給与が支払われます。これに加えて、農園の賃貸料、管理費等が必要となります。また、初期費用や採用に関しては人材紹介料がかかります。

企業で農園系の障がい者雇用ビジネスを活用すると、例として下記の費用がかかる計算になります。

障がい者雇用ビジネスの利用にかかる費用の一例
【月額】
・雇用する障がい者の給与:11~13万円/1人
・農園利用料等:20万円程度
【初期費用】
・農園初期費用:数百万円
・働く障がい者の紹介:40~70万円程度

なお、障がい者雇用が達成できていない企業には、ハローワークや労働局から障害者雇用率達成指導や「障害者雇用雇入計画作成命令」が出されるほか、企業名公表になることがあります。また、不足している法定雇用人数に応じた障害者雇用納付金を納める必要があります。

「障がい者雇用ビジネス」に賛否両論がある理由とは?

障がい者雇用ビジネスについては、立場によって意見がかなり分かれます。それは、障がい者雇用に対して、様々な立場からの視点があるからです。直接的に関わる立場としては、障がい者雇用が義務付けられている企業、働く障がい当事者や家族、そして、障がい者雇用ビジネスを運営する事業者です。また、障がい当事者団体や障がい福祉事業所なども関わりがあります。

障がい者雇用ビジネスは「三方よし」と表現されることもありますが、それぞれの視点からみていきましょう。一般的な「三方よし」の「三方」とは、「売り手」と「買い手」、そして「世間」の3つを指しています。例えば障がい者雇用ビジネスにこれらを当てはめてみると、「売り手」である障がい者雇用ビジネスを運営する事業者が利益をあげ、「買い手」である利用企業が法定雇用率を達成でき、「世間」となる働く障がい者にとっては企業で雇用され、月に十数万円の月給が得られる……と考えられます。また障がい当事者は、働くことで税金を納める側になります。

なお、障がい者は、企業で雇用されると最低賃金以上の給与を受け取りますが、障がい者福祉事業所等での工賃は全国平均で月約16,000円程度です。また、いつまでも親が元気であるとは限りません。親が高齢になったら、亡くなったら……と、将来を心配する保護者や家族にとっては、仕事や生活が安定できる場があることは、安心できる材料の一つとなります。

一方で、障がい者雇用ビジネスの仕事のスタイルや業務内容などについては、企業の業務とは全く関係のない業務を離れたスペースで行なっているケースに対し、違法ではないものの「雇用や労働とはいえない」との指摘があると、前述の記事で共同通信は報じています。また、農園で栽培された農作物の大半は、一部子ども食堂や社員食堂で活用されることもありますが、ほとんどは福利厚生として利用企業の社員に無料で配られたり、障がい者が持ち帰ったりしているといいます。

このような実態を見ると、働いて生み出した成果物が賃金につながっていないことから、本当の意味での「働く」には繋がっていないとの指摘や、障害者法定雇用率は満たしていても雇用の質は置き去りにされており、実質的に障がい者の排除になっているのでは……との意見が障がい者当事者団体などから上がっています。

なお、2022年12月に障害者雇用促進法の改正法が成立しました。この時に衆参両院は付帯決議で「いわゆる障がい者雇用代行ビジネスを利用しないよう、企業への指導などを検討すること」を政府に求めています。また、厚生労働省が発表した「障害者が活躍できる職場づくりのための望ましい取組のポイント」というリーフレットでは、障がい者雇用ビジネスを意識した内容が見られます。



障害者雇用促進法の改正(2023年4月施行)では、障がい者である労働者の「職業能力の開発・向上に関する措置を行うこと」が事業主の責務として求められています。これは、雇用した障がい者の能力を正当に評価し、適切な雇用の場、雇用管理を行なうことによって、職業能力の開発や向上を図り、職場定着できるように努める必要があるということです。

しかし、障がい者雇用サービスを活用している企業が約1000社いるという事実からは、やはりこのようなサービスにニーズがあり、企業が障がい者雇用で悩んでいるという問題が根底にあると考えられます。後編では、本稿の内容をふまえ、企業が障がい者雇用に関して抱える課題や、企業にとっての障がい者雇用ビジネスのメリット、デメリットについて考えます。

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