
『51万円』から『65万円』に変わった減額基準
在職老齢年金とは、老齢厚生年金の受給者が厚生年金に加入しながら勤務している場合に、年金にマイナス調整をかける制度。給料額次第で年金の受け取り額が減少するため、60歳以上のシニア社員に大きな影響を及ぼす仕組みである。この制度の年金減額の基準が、今春(2026年4月)から大幅に緩和された。在職老齢年金では「月々の給料額(標準報酬月額)」、「ボーナスの月割り相当額」、「年金の月額(基本月額)」の3つの数値を足し、基準額(支給停止調整額)を超えるとその半額を月々の年金からマイナスするのが原則的なルールである。2025年度は『51万円』を基準に減額が実施されてきた。
ところが、2025年に実施された年金制度改正により、2026年4月からは『65万円』を基準に年金減額が行われることが決定した。基準数値が従前の約1.27倍へと、これまでには見られない大幅引き上げが実施されたわけだ。基準額が引き上げられたことにより、年金額は今までよりも減額が行われづらくなる。
減らされていた年金が満額受給も可能に
具体例を用いて、減額基準引き上げの効果を検証してみよう。以下の収入状況のシニア社員がいるとする。
●ボーナスの月割り相当額(過去1年間の標準賞与額の和÷12ヵ月)… 10万円
●年金の月額(基本月額)… 10万円
この社員の場合、3つの数値の和は61万円(=41万円+10万円+10万円)である。2025年度の減額基準『51万円』と照らし合わせると、10万円超過(=61万円-51万円)する計算だ。
そのため、その半額に相当する5万円が月々の年金からカットされる。結果的にシニア社員が実際に受け取れる年金額は、月5万円(=10万円-5万円)にまで減少することになる。
2026年度であればどうだろうか。新しい減額基準は『65万円』なので、3つの数値の和である61万円は基準額内に収まっている。従って、当該社員は従前どおりに勤務しても、月10万円の年金が減額されずにそのまま受け取れるわけだ(下図参照)。

「働くなら年金がカットされない範囲で」と考えるシニア層
今回の基準額の大幅引き上げは、60歳以上のシニア社員にどのような影響を及ぼすだろうか。現在、在職老齢年金による年金カットを嫌うシニア社員は、決して少なくない。老齢厚生年金を受け取る年齢になったら「年金額が減らないように、就業時間を調整しながら会社などで働く」と考える人材の割合は非常に多く、44.4%に上っている(生活設計と年金に関する世論調査(2023/令和5年11月調査:内閣府)。一方で、「年金額が減るかどうかにかかわらず、会社などで働く」と考える者は14%しか存在していない(同調査、下図参照)。
「働くなら年金がカットされない範囲で」と考えるシニア層がいかに多いかがうかがえる調査結果である。

減額基準引き上げは「シニア労働力」増強のチャンス
従前は年金が減額されていたシニア社員であっても、今回の制度改定により減額を回避した上で、さらに勤務時間数などを増加できるケースも発生する。前述の事例であれば年金減額が行われる『65万円』まではあと4万円(=65万円-61万円)の余力があるため、その分だけ働く余地が生まれることになる。勤務時間数や勤務日数を増加した結果として標準報酬月額などが上昇すれば、短期的には負担すべき保険料額が増加する。しかしながら、中・長期的に見れば、生涯受給する年金額の増加に直結するという大きなメリットが存在している。
現在、平均余命の伸長などに起因し、高齢期収入の増加・安定化を欲するシニア層は決して少なくない。そのため、年金減額の基準改定を踏まえた勤務時間数などの増加は、「本当はもっと働きたい」、「できれば年金をもっと増やしたい」などの思いを持つシニア社員のニーズに応える措置ともいえる。
シニア社員の有効活用は、人手不足感の強い経営環境を企業が生き抜く重要な施策のひとつである。この機会にシニア層の労働条件について、該当社員とよく話し合うのもよいだろう。
在職老齢年金の計算では誤りが多発する
ただし、在職老齢年金の減額基準変更に伴ってシニア層の労働時間数などを見直す場合には、注意点も存在する。実際の年金減額の計算は、誤りが発生しやすいことである。例えば、「月々の給料額」の算出の際、標準報酬月額ではなく実支給額を使用してしまうというのは典型的な誤りである。また、「ボーナスの月割り相当額」は過去1年間の標準賞与額を用いて算出するが、今後1年間の標準賞与額で計算してしまう誤りも少なくない。
さらに、「年金の月額(基本月額)」は、必ずしも年金の全額を基準に算出しない。老齢厚生年金の報酬比例部分の数値のみを用いて月額相当額を計算する。しかしながら、それ以外の年金額(老齢基礎年金、老齢厚生年金の加給年金額など)を含んで計算してしまう誤りが非常に多い。
誤りやすいポイントは他にもある。そのため、在職老齢年金に関する正確な計算は、人事部門の手に余るケースが少なくない。年金の専門家などの支援を仰ぐことも検討したほうがよいだろう。
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