
「ESG経営」とは?
「ESG経営」とは、環境(Environment)、社会(Society)、ガバナンス(Governance)の3要素を重視した経営手法をいう。短期的な利益や評価だけではなく、環境問題や労働問題、人権問題などさまざまな社会課題と向き合いながら、持続可能な発展を目指していくというものだ。●ESGとSDGsの違い
ESGとSDGsはとかく混同されやすい。ESGは2006年に国連が責任投資原則(PRI)を提唱して以来、機関投資家にとって新たな「投資判断」としてフォーカスされ始めた。一方、SDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)は2015年の国連総会で採択された世界全体の目標である。2030年までに持続可能な世界を実現するために、ESGの要件を含む17の目標と169のターゲットを定めている。ESGとSDGsの違いはその主体にある。ESGの主体は投資家や企業・団体であり、長期的、持続的なESG価値を追求する。これに対し、SDGsは国際社会全体の目標として、環境や経済、社会などに対して目指すべきターゲットやゴールを定めており、主体も国連や国家、企業から各個人まで広い範囲に及ぶ。
●「ESG経営」とサステナビリティ経営の違い
ESG経営は、環境・社会・ガバナンスの観点を3つの柱にした経営手法であるのに対し、サステナビリティ経営は、より広範な視点で環境・社会・経済の持続可能性を追求し、長期的な企業の発展や社会貢献を目指していこうという経営の考え方である。つまり、「ESG経営」はサステナビリティ経営を実現するための具体的な手段として位置づけられる。「ESG経営」が注目される背景
次に、「ESG経営」が注目される背景についても説明したい。PRIの提唱をきっかけとしてESG投資が世界的に普及していく流れに併せて、ESGを重視する「ESG経営」が求められるようになった。また、VUCAの時代と称されるように先行きが不透明な状況の中、ESG要素も社会的、時代的なニーズに合わせ変化を繰り返しており、それらにいかに対応していくかが企業にとって長期的な成長への要件になると共に、リスク要因にもなり得る。そのため、企業経営においてはもはや軽視できなくなっている。
「ESG経営」のメリット
ここでは、「ESG経営」を通じて期待できるメリットを整理したい。●投資家からの評価向上
企業がESGに注力した経営を推進すると、投資機関・投資家からの評価が高まる。自ずと資金調達がしやすくなる。●企業価値・ブランドイメージ向上
「ESG経営」を推進していることを広くアピールすることで、ステークホルダーからの信頼獲得や企業のイメージアップにつなげられる。さらには、グローバルな評価機関がESGの取り組みを格付けしているが、投資指標の構成銘柄に組み込まれることがあれば、企業価値やブランドイメージの向上がより一層期待できる。●経営リスクの軽減
ESG要素はリスクにもなり得る。それだけに、適切にマネジメントすることができれば、経営リスクの軽減につながる。特に効果的なのは、ガバナンスの徹底だ。管理体制を整備することで、不正や情報漏洩が起こらない体制を構築できれば、予想もしないトラブルや不祥事が発生するリスクを軽減していけるはずだ。●労働環境の改善や整備
「ESG経営」に取り組む中で、コーポレート・ガバナンスを強化したり、多様性の確保や安全への配慮など労働環境の改善を図ったりすることができる。国際規範に沿った強固な経営基盤を構築することで、生産性向上や人材の確保・定着も実現しやすくなるだろう。●イノベーションの創出
社会課題を踏まえて自社のビジネスと向き合うことによって、イノベーションを創出する機会が高まっていく。並行して、多様な人材が活躍できる環境を整備することで、新規ビジネスの創出につながると期待できる。「ESG経営」の課題
ところで、「ESG経営」には課題はないのであろうか。ここで考察してみたい。●中長期的な視点が必要
「ESG経営」は、企業が社会に貢献していくための中長期な目標となる。それだけに、短期的には費用対効果が芳しくなく、成果が得られるまでには年単位で取り組んでいかないといけない。それだけに、かなりの時間を要してしまう。じっくりと腰を据えて取り組む必要がある。●コストがかかる
「ESG経営」を推進するためには、必要な設備への投資や専門的な人材の採用、待遇の見直しなどを行わなければいけないので、どうしてもコストが掛かる。しかも、長期的な取り組みとなるため、すぐに成果に結び付けるのは難しい。なので、費用対効果としては当初は悪いと言わざるを得ない。その点を踏まえて着手する必要がある。●定義や指標が統一されていない
「ESG経営」が提唱されてからまだ歴史が浅いこともあって、さまざまな情報公開の枠組みと評価指数が存在しており、定義や指標が統一されていないのが実情だ。どの評価機関の評価基準に準拠して、どのように情報を公開すればよいのかを決めて実行していくのかが難しいと言わざるを得ない。「ESG経営」の具体的な取り組み事例
「ESG経営」を取り入れる企業が増えている。どのような取り組みをしているのか、企業事例を紹介したい。●花王
花王は、2019年に「Kirei Lifestyle Plan」を策定。19の重点取り組みテーマ(マテリアリティ)を選定し、それぞれで中長期の目標を掲げて活動を進めている。さらに、2021年5月に発行した花王サステナビリティデータブックでは、ESG戦略を進める上での78もの重点取り組みテーマの選定プロセスを記載している。同社の取り組みぶりに対する評価は高く、2021年には国際的な環境非営利団体であるCDPから、「気候変動」「フォレスト」などの分野で最高評価(A評価)を獲得している。●キヤノン
キヤノンがESGへの取り組みを始めたのは、1988年とかなり早い。企業理念に「共生」を掲げ、顧客やビジネスパートナーだけではなく、国や地域、自然、環境との共存、社会に対する責任を果たすことを宣言している。具体的な取り組みとしては、環境では地球温暖化対策、有害物質廃除、生物多様性の保全、社会では人権尊重、ダイバーシティ&インクルージョンの推進、ガバナンスではガバナンス体制の整備などに力点を置いている。●積水ハウス
積水ハウスは「ESG経営」のリーディングカンパニーを目指している。その実現に向けて「環境事業部会」、「社会性向上部会」、「ガバナンス部会」を設置。それらの組織が一体となって「ESG経営」を実践している。具体的には、環境では社用車電動化率100%の推進、オフィスのLED化、社会では男性の育児休業取得の推進、人権に関する通報システムの適切な運用、ガバナンスでは建築法令の遵守、個人情報の保護、税務放棄の遵守などの取り組みを行っている。●キリンホールディングス
キリンホールディングスは、2013年に「キリングループ長期環境ビジョン」を発表。その後、2020年に地球温暖化対策として「キリングループ長期環境ビジョン2050」を公開している。具体的な目標としては、持続可能な容器包装の開発や早期のRE100達成、再生可能エネルギーへの切り替えを掲げている。また、日本の食品会社として初めてTCFD提言への賛同も表明している。●KDDI
KDDIは、2021年にTCFD提言に賛同した上で、2030年の二酸化炭素排出量を2019年比で50%削減することを公表している。最終的には、2050年までに社会全体の温室効果ガス排出量を実質ゼロにするという厳しい目標も掲げている。また、個人情報の流出や表現の自由の侵害などの人権問題、女性活躍推進にも取り組んでいる。その成果が認められ、「なでしこ銘柄」に2012年から2018年までの6年連続で選定されている。「ESG投資」の概要と評価の仕組み
最後に、「ESG投資」についても説明しておきたい。●「ESG投資」とは
「ESG投資」とは、財務情報だけでなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)などの非財務情報も考慮した投資を意味する。経済産業省では「気候変動などを念頭においた長期的なリスクマネジメントや、企業の新たな収益創出の機会(オポチュニティ)を評価するベンチマークとして、国連の持続可能な開発目標(SDGs)と合わせて注目されています」と定義づけている。●「ESG投資」の種類
「ESG投資」の種類として、GSIA(世界持続可能投資連合)では7つに分類している。1)ネガティブ・スクリーニング
投資先からESGに反する業界・国家・特定企業を除外する方法。
2)ポジティブ・スクリーニング
ESGの観点で優れているセクターや企業、事業などを選んで投資する方法。各業種内でトップ評価の企業を選別することを、ベスト・イン・クラスと呼ぶ。
3)国際規範に基づくスクリーニング
ESGにおける国際的な基準や規範に基づいて投資先を選択する方法。
4)ESGインテグレーション
財務情報だけでなく、環境、社会、ガバナンスなどESG要因を組み込んで投資判断する方法。
5)サステナビリティテーマ投資
クリーンエネルギーなど、ESG分野の特定なテーマに投資する方法。
6)インパクト/コミュニティ投資
社会や環境にインパクトを与える技術やサービスを提供する企業に投資する方法。
7)企業エンゲージメントと株主活動
投資先企業に対して、持続可能性の改善を求めてエンゲージメント(対話)や株主総会での議決権行使といった株主の権利を行使して、企業に働きかける方法。
●ESGスコアとESG情報開示基準の枠組み
「ESGスコア(ESG評価)」とは、外部専門機関であるESG評価機関が対象企業のESGに関する情報を集計・分析し、評価基準に従ってスコアリングしたものだ。投資家やステークホルダーが企業評価の材料として活用している。具体的には、GRIスタンダード、国際統合報告フレームワーク、SASB スタンダード、CDP(Carbon Disclosure Project)などがある。このように、さまざまなフレームワークが乱立している状況は開示する側だけでなく、開示される側にも混乱をもたらす可能性がある。そこで、現在はESC情報開示枠組みの策定機関が連携を強化し、フレームワーク同士で整合性を確保したり、補完性を高めたりといった動きが進んでいる。
まとめ
変化が著しく予測が難しい社会の中で、企業が長期的・持続的に発展・成長していくためには、「ESG経営」していくのが望ましい。実践することによって、経営に様々なインパクトをもたらすことができる。経営と名が付いていることで、「ESG経営」は経営陣が考えれば良いものと捉えてしまいがちだが、実践していくためにはすべての従業員を巻き込んでいく必要がある。人事として、マネジメントとしていかに、全社員を巻き込んでいくか、「ESG経営」に取り組んでいる企業の事例も参考にしながら、ロードマップを考えてもらいたい。よくある質問
●「ESG経営」とは何?
「ESG経営」とは、環境(Environment)、社会(Society)、ガバナンス(Governance)の3要素を重視した経営手法をいう。短期的な利益や評価だけではなく、環境問題や労働問題、人権問題などさまざまな社会課題と向き合いながら、持続可能な発展を目指していくというものだ。●「ESG経営」とSDGsの違いは何?
ESGとSDGsは、どちらもサステナビリティに関する言葉だが、その性質は異なる。ESGは、環境・社会・ガバナンスの観点から企業価値を評価する投資判断の基準だ。一方、SDGsは2030年までに達成すべき国際社会全体の目標であり、地球規模での持続可能な社会の実現に向けたものである。●「ESG経営」とサステナビリティ経営の違いは何?
ESG経営は、環境・社会・ガバナンスの観点から企業価値を高める経営手法。一方、サステナビリティ経営は、より広範な視点で環境・社会・経済の持続可能性を追求し、長期的な企業の発展と社会貢献を目指す経営の考え方。つまり、「ESG経営」はサステナビリティ経営を実現するための具体的な手段として位置づけられる。- 1