職場で生じている課題について、組織内部で議論することは日常的に行われているだろう。その課題が解決困難なものであればあるほど、議論も白熱するのではないだろうか。困難な課題でも、自由闊達に意見を戦わせることで、その中から良い解決策が見つかることがよくある。そうした活発な議論による健全な解決は、心理的安全性の確保された職場のよくある光景とも言えよう。しかし、職場における議論の光景を詳細に観察すれば、「批判」する意見と「非難」する意見が混在していることも見て取れる。「批判」と「非難」は似て非なる意味を持ち、混同してしまうと議論を良くない方向に導いてしまうこともあるため、注意しなければならない。そこで今回は、「批判」と「非難」をそれぞれ定義した上で、その留意点を確かめておこう。
「批判」と「非難」の違いを理解し、“生産性向上”につながる組織づくりを

「批判」と「非難」の違いとは

「批判」の定義
「批判」とは、ものごとに検討を加えたのち、判定や評価を下すことを指す。「批」は「正す」や「判断する」といった意味を持ち、「判」には「区別する」、「裁く」、「決める」などの意味合いがある。「批判」は、「ものごとの真偽や可否を検討して、それに対する判定を下す」という意味であるため、「他人の言動に対し、その誤りや欠点を指摘し、正すよう求めること」といった解釈になる。必ずしも人を責めるニュアンスは含まない。

「非難」の定義
「非難」とは、他人の欠点や犯した過ちを指摘し、責めることを指す。例えば、仕事のミスを取り上げて咎めたり、周囲に迷惑を与えるような癖や態度を注意したり、といったことが「非難」にあたる。この場合の「非」は「謗(そし)る」、「責める」などを意味し、「難」は「悪口」を意味する。

それぞれ上記のように定義できるが、「批判」については勘違いされることも多い。これは特に、議論への参加者のレベル感が違う場合によく起こる。「批判」について、受け取り手の理解力が及ばないのである。従って、批判する側は参加者のレベル感をよくよく吟味し、場合によっては相手への配慮を欠かさず、伝え方の工夫が必要となることもある。相手が、「私のために前向きなことを言ってくれている」と感じなければ、「非難」や「否定」として受け取られてしまいかねないのである。

「利他的批判」を正しく発する・受ける組織づくり

そのように、参加者の考え方次第で良くない方向に捉えられてしまうことはあるにしても、「批判」は課題を前向きに解決へと導いたり、相手を高めたりといった目的で行われるため、非常に有意義な行為である。そもそも本来、「批判」は発信する側にはほとんどメリットがなく、自分の時間を使って行う利他的行為が「批判」の本質である。そして、相手に新たな着想やアイデア、改善機会を提供するものであるため、批判を受ける側は前向きに捉えることが望ましい。

ただし、議論において発せられる「批判」の中にも、無益で誰の得にもならない「非難」に近いものもある。それは、「自分を利するために相手を利用する利己的批判」である。このような「批判」は、それによって課題の解決にもつながらず、批判する相手にも何のメリットももたらさない点で、本来の「利他的批判」とは性質が異なる。批判する本人の自己満足に過ぎず、時間とエネルギーを消費するにもかかわらず生産性をもたらさないため、かえって相手と周囲を疲弊させるだけで終わってしまいかねないのだ。しかし現実には、このような「利己的批判」も往々にして起こり得るため、「批判」を見極める眼力を養うことは重要である。

ビジネスパーソンにとって「批判」をすることも「批判」をされることも、仕事上不可欠な要素だ。そして、大事にしなければならないスキルでもある。組織内に、「正しく批判をする、正しく批判を受ける環境」を醸成しなければ、組織の発展や個人の自己成長にもつながらない。「批判」を受けることは必要なことだと考え、時間とエネルギーを使って「批判」をしてくれる人に感謝することを大切にしたい。
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