今回は、ウェルビーイング研究の第一人者である武蔵野大学の前野隆司教授と、「学びで人と社会に豊かさを」を理念に掲げるTAC株式会社が、学びとウェルビーイングの関係性や、人事に求められる役割について語り合いました。(以下敬称略)
【出演者プロフィール】

■前野 隆司氏
東京工業大学(現東京科学大学)工学部機械工学科卒業。東京工業大学(現東京科学大学)大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。博士(工学)。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、ハーバード大学客員教授、慶應義塾大学理工学部機械工学科教授、慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長を経て、2024年4月より現職。ウェルビーイング学会 代表理事、日本システムデザイン学会 副会長、一般社団法人ウェルビーイングデザイン 代表理事なども務め、さまざまな場で、ウェルビーイングに関する研究、教育、啓発活動などを行っている。
武蔵野大学
ウェルビーイング学部 ウェルビーイング学科 教授

■神野 秀和氏
スクール運営や人事・管理部門、資格対策講座の企画を経て現職。法人事業部では企業向けソリューション営業部門の責任者として活躍。社員一人ひとりの成長が企業を成長させ、社会が発展してくことを信じて、事業部Purpose「学びで人と社会に豊かさを。」の実現に向けて奔走している。
TAC株式会社
執行役員 法人事業部 事業部長

■松田 大氏
企業向け研修事業の営業やFPなどの資格対策講座の企画を経て現職。事業成長と事業部メンバーのウェルビーイング向上を目指し、事業理念の策定や戦略立案、組織改革施策などを推進する「ReDesign Project」の立ち上げを主導。地域企業の伴走支援者を育成する独自資格の普及に向けた活動にも注力。
TAC株式会社
教育第三事業部 事業部長 兼 検定開発部長

働き方改革も人的資本経営も
ウェルビーイングを軸に一本化する
松田 昨今、多くの日本企業がウェルビーイング向上に取り組み始めていますが、まずはその背景や現状について、先生のお考えをお聞かせください。前野 ウェルビーイングが注目されている理由は、大きく2つあると思っています。1つは、日本人の幸福度が低いということです。仕事にやりがいを感じたり、ワクワクしている人が少ない、月曜日になると会社へ行きたくなくて憂鬱になる――。そう考えると、日本の働く人たちのウェルビーイングは決して高いとは言えません。かつてのような家族主義的な経営が主流だった時代は、もう少し仕事にやりがいを持てていたのかもしれませんが、バブル崩壊や長引く不況、リーマンショック、さらにコロナ禍を経て、日本全体で働きがいが低下してきました。だからこそ、「もう一度、働く人たちを元気にしていこう」という機運が高まっているのだと思います。
そしてもう1つの理由は、ウェルビーイングに関する研究が進み、多くのエビデンスが蓄積されてきたことです。人が幸せな状態にあると、生産性や創造性が高まり、欠勤率や離職率は低下し、さらには寿命まで延びることがわかってきました。つまりウェルビーイングは、企業にとっても社会にとっても取り組む価値があるということが、科学的にも明らかになってきたわけです。
ただ、「ウェルビーイング」という言葉自体は広く浸透してきましたが、社員一人ひとりのウェルビーイングが実際に向上しているかというと、まだそこまでは至っていません。今は、まさに取り組みが本格化し始めた「萌芽期(ほうがき)」にあると言えるでしょう。

前野 ウェルビーイングは研修を1回実施すれば高まるようなものではありません。なぜなら組織全体のカルチャーやマインドに関わるものだからです。そのため経営層から人事部門、研修担当者、現場の社員に至るまで、全員が同じ方向を向き、会社全体の雰囲気を変えていく必要があります。従来多くの企業では、ハラスメントやダイバーシティなどテーマごとに個別に研修を行ってきたかと思いますが、ウェルビーイングに関しては同じ発想で取り組んでも成果は出にくいでしょう。特に大企業では、全社員を巻き込みながら文化を変えていくという発想が不可欠です。
また、働き方改革や人的資本経営などの取り組みもかなり進んできましたが、残念ながらそこにはウェルビーイングの視点が欠けていると感じます。例えば、1人の社員の幸福度が上がれば生産性は約3割も向上し、残業も減っていきます。つまりウェルビーイングを中心に据えれば結果として働き方改革にもつながるのに、働き方改革ありきで「まず残業を減らそう」という発想では、現場が無理をするだけで、幸福度は高まりません。
さらに、現在は人的資本経営やDE&I、SDGs、ESGの推進や、エンゲージメントサーベイに加えてウェルビーイングサーベイの実施など、さまざまな施策が並行して進められています。それぞれは大切ですが、どれも中途半端になり、結局は社員を余計に疲弊させてしまいます。そういう意味では「萌芽期」であると同時に、「混沌期」にも入りつつあるという印象です。
神野 そのような混沌とした状況の中で、企業はどう取り組めばよいのでしょうか?
前野 新しいことを始めるなら、古いものを手放さないといけません。私としては、さまざまな施策をウェルビーイングという考え方で統合すべきだと考えています。働き方改革も、人的資本経営も、DE&Iも、すべてはウェルビーイングにつながる取り組みです。それぞれを別々に進めるのではなく、「社員のウェルビーイングを向上させる」という軸で一本化する。それくらい思い切った発想の転換が必要でしょう。極端に言えば、人事部を「ウェルビーイング部」に変えるくらいの抜本的な変革があってもいいと思います。
神野 おっしゃる通り、我々もお客様と接する中で、会社全体のテーマとして取り組んでおられるケースは少ないように感じます。やはり成果を測定しやすいエンゲージメントのほうに軸足を置くケースがまだまだ多い印象です。人事のご担当者様の間ではウェルビーイングへの理解も徐々に広がってきていますが、現場の社員の方々には浸透しておらず、「なぜそれを会社でやるの? 個人の問題ではないの?」という受け止め方をされることもあるとお聞きします。
先生のご研究でも、ウェルビーイングが高まることで生産性向上や離職率低下といった効果が期待できることが示されていますが、それでも会社として予算を投じ、全社的な取り組みとして推進するところまではなかなか踏み切れない。そこが、多くの企業に共通する課題なのではないでしょうか。

「幸せの4つの因子」から読み解く
なぜ学びはウェルビーイングを高めるのか
松田 私たちは、企業が社員に対して研修・教育施策といった「学びの機会」を提供することは、単なるスキルアップの手段にとどまらず、個人のウェルビーイング向上に直結すると考えています。中でも資格取得に向けた学習は、その効果が最も顕著に表れやすいと言えるでしょう。資格学習は目指すゴールが明確で、学ぶ範囲や深さも体系化されています。終わりが見えない学習は不安を伴いがちですが、ロードマップが明確であるからこそ、安心して目の前の課題に没頭し、モチベーションを維持することができます。そして、合格すれば大きな達成感が得られるのはもちろん、途中経過においても模擬試験の点数が伸びるなど日々の進歩が可視化され、成長を実感しやすい点も特徴です。
また、資格取得は個人のスキルを見える化し、自律的なキャリア形成を支援します。さらに、資格取得者のコミュニティを通じて社外の良質なネットワークに属することで、新たな人や社会とのつながりが広がっていくことも、ウェルビーイングを高める要素となるのではないでしょうか。
弊社の受講生を見ていると、難関資格に挑戦している方ほど驚くほどの集中力で学習に取り組んでおられます。仕事で忙しい中でも時間を捻出し、没頭して勉強している姿は、いわゆるフロー状態に入っているようにも感じます。もちろん全員が合格するわけではありませんが、目標に向かって努力しているその時間自体が幸福感につながっているようにも思います。

協力:TAC株式会社
この後、下記のトピックが続きます。
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●「幸せの4つの因子」をバランスよく満たす「学び」の力
●「小さな成功体験」が社員の学びや成長意欲を高める
●企業価値向上へ「人事に求められる役割」とは?
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