人事・組織の本質は、目先のトレンドだけでなく「歴史の文脈」と「思想の系譜」を辿ることで初めて見えてきます。本連載では、長年人事領域を探求し続ける楠田祐が、人と組織にまつわる文明論的考察を月1回お届けします。

牛も知ってるオックスフォード
〜知性も魔法も、原点は「牛が渡る浅瀬」にある〜
第一章 知性と魔法の聖地第二章 1096年、日本では何が起きていたのか
第三章 牛が渡る浅瀬
第四章 組織の魔法は、どこから生まれるのか
第五章 牛も知ってるカウシルズ、ウッシッシ
第六章 1971年、バンクーバーで見た巨泉さん
終章 高度な知性ほど、素朴な原点へ戻る
「今日のひと言」
第一章 知性と魔法の聖地
「オックスフォード(Oxford)」という言葉から、何を連想されるでしょうか。世界最高峰の学術の府、歴史ある街並み、それとも重厚な図書館や伝統の学寮、いわゆるカレッジでしょうか。
あるいは、映画『ハリー・ポッター』に登場するホグワーツ魔法魔術学校の世界を思い浮かべる方も多いかもしれません。
オックスフォード大学のクライスト・チャーチにある大食堂は、映画に登場するホグワーツの大広間の着想源となりました。ただし、大広間そのものがそこで撮影されたわけではなく、実際の映画では、その意匠を取り入れたセットが制作されています[3][18]。
一方、クライスト・チャーチの大階段は、ハリー、ロン、ハーマイオニーら新入生がマクゴナガル先生に迎えられる場面などの撮影に使われました[3]。
また、ボドリアン図書館のデューク・ハンフリー図書室はホグワーツの図書室として、ディヴィニティ・スクールはホグワーツの医務室として撮影されています[4]。
つまり、オックスフォードは映画のロケ地であると同時に、ホグワーツの空間的な着想源でもあったのです[3][4]。
オックスフォード大学は、英語圏で最も古い大学とされています[1]。
明確な創立年は定められていませんが、少なくとも1096年には、すでに何らかの教育活動が行われていたという記録が残っています[1]。
以来、900年以上にわたって、世界の学問と知性を牽引し続けてきました[1]。
知性と魔法が交差する場所。
それがオックスフォードです。
ちなみに、ロンドンからオックスフォードへは、ロンドン・パディントン駅発のGWR(Great Western Railway)直通列車が標準的なルートです。
出発駅:パディントン駅(London Paddington)
到着駅:オックスフォード駅(Oxford Station)
所要時間:通常約1時間、最速列車で約52分[15]
そして、『ハリー・ポッター』で有名な「9と3/4番線」があるのは、キングス・クロス駅(King’s Cross)です[16]。
著者の私は、2023年8月に二つの駅を訪れました。
第二章 1096年、日本では何が起きていたのか
オックスフォードで教育活動が確認された1096年、日本は平安時代の後期にありました。同年、白河上皇が出家し、白河法皇となっています[5]。
白河上皇は、それ以前の1086年に堀河天皇へ譲位した後も、政治の実権を握り続けました。これが、いわゆる「院政」です[5]。
院政とは、天皇を退いた上皇や、出家した法皇が、天皇の後見者として政治に強い影響力を行使する仕組みです。
平安貴族の社会が続く一方で、摂関政治の力が次第に弱まり、院政が始まり、武士が政治的な存在感を高めていく。
1096年頃の日本は、平安時代から中世へ向かう変化の入口に立っていました[5]。
同じ1096年。
日本では白河法皇が院政を続け、イギリスではオックスフォードに知の芽が生まれていた[1][5]。
二つの出来事に直接の関係はありません。
しかし、歴史の時間軸を重ねてみると、900年という歳月の長さが、急に実感を伴って見えてきます。
第三章 牛が渡る浅瀬
さて、この「オックスフォード」という地名の本来の意味をご存じでしょうか。その語源をたどると、世界最高峰の大学を思わせるような難解な言葉ではなく、驚くほど素朴な風景にたどり着きます。
古英語では「Oxnaford」。
Ox、すなわち雄の役牛。
Ford、すなわち川を歩いて渡ることのできる浅瀬です[2]。
つまり、オックスフォードとは、もともと「牛たちが川を渡る場所」という意味なのです[2]。
「牛が渡る浅瀬」にすぎなかった場所が、900年以上の歳月を経て、世界屈指の知性が集まる場所になりました。
大学が生まれるはるか以前、そこには川があり、浅瀬があり、牛たちが行き来していました。
「牛も知ってるオックスフォード」。
牛こそが、この土地の原点を知る存在だったのです。
もちろん、牛が大学の誕生を予見していたわけではありません。
しかし、人類最高峰の知性が集まる場所の名前に、いまも「牛が渡る浅瀬」という素朴な記憶が刻まれていることは、実に象徴的です。
どれほど高度な知性も、どれほど壮麗な建築も、どれほど歴史ある制度も、その始まりには、名もなき土地と、人々の暮らしと、日常の風景があります。
偉大なものは、最初から偉大だったわけではありません。
第四章 組織の魔法は、どこから生まれるのか
これは、私たちのビジネスや組織のあり方にも、そのまま当てはまるのではないでしょうか。先進的な経営戦略。
最新のデジタルテクノロジー。
生成AIや自律型AIエージェント。
人的資本経営、ジョブ型人事、スキルベース組織、タレントマーケットプレイス。
こうした新しい概念や仕組みは、一見するとホグワーツの魔法のように華やかで、強力に見えます。
しかし、それらを本当に動かしているのは、日々の地道な業務です。
現場で汗を流す人々です。
上司と部下の対話です。
同僚同士の助け合いです。
顧客との間に少しずつ積み上げてきた信頼です。
それらは、経営戦略の資料には大きく書かれないかもしれません。
人的資本開示の数値にも、完全には表れないでしょう。
しかし、そこにこそ組織の本当の土台があります。
それが、企業にとっての「牛が渡る浅瀬」です。
原点を忘れた魔法は、やがて効力を失います。
現場を知らない戦略は、掛け声になります。
対話のない制度は、規則の束になります。
信頼のないテクノロジーは、監視装置になります。
そして、人間を見ない人事は、人材という数字だけを管理する部門へと変わってしまいます。
900年の歴史が教えてくれるのは、「牛も知っている」ほど当たり前の本質を見失わず、足元の泥臭い現場を大切にし続けることの価値です。
泥臭い浅瀬の上に積み重ねられた経験と信頼こそが、やがて他社には簡単に真似のできない「本物の魔法」、すなわち組織固有の強みへと変わっていくのです。
第五章 牛も知ってるカウシルズ、ウッシッシ
「牛も知ってるオックスフォード」というタイトルには、私自身の記憶の原点があります。「牛も知ってるカウシルズ、ウッシッシ」
これは1960年代後半、大橋巨泉(おおはしきょせん)さんが、フジテレビ系の洋楽番組『ビート・ポップス』で、アメリカのファミリー・バンド、カウシルズを紹介するときに使っていた有名な駄洒落です[9][10]。
洋楽評論家、放送作家、テレビ司会者として活躍した巨泉さんは、難しい外国人の名前やバンド名を、日本人の耳に残る言葉へ変換する天才でした[9][10]。
カウシルズ(The Cowsills)は、アメリカ・ロードアイランド州ニューポートで結成されたファミリー・バンドです。
当初は兄弟を中心に活動し、後に兄弟姉妹と母親のバーバラも加わりました[6]。
その家族で演奏する姿は、後のアメリカのテレビドラマ『パートリッジ・ファミリー』の着想源にもなりました[6]。
カウシルズの曲として日本でとりわけよく知られているのが、
「雨に消えた初恋」
“The Rain, the Park & Other Things”
です[8]。
1967年に全米で大ヒットし、ビルボード・ホット100で第2位を記録しました[7]。美しいコーラスと明るく夢のあるサウンドを特徴とする、サンシャイン・ポップを象徴する一曲です。
大橋巨泉さんの巧みなところは、外国のバンド名をそのまま紹介するのではなく、「牛も知ってる」という一言を加えることで、日本人の記憶に定着させたことです[10]。
カウシルズのメンバーの名前や曲名を忘れても、このフレーズだけは60年近くたっても残っています。
まさに巨泉流の「言葉によるブランディング」でした。
ブランドとは、難しい言葉を並べることではありません。
短い言葉によって、人の記憶の中に居場所をつくることです。
「牛も知ってるカウシルズ」という一言は、音楽情報を超えて、一つの時代の記憶になったのです。
第六章 1971年、バンクーバーで見た巨泉さん
1971年、私はカナダのバンクーバーにあるブリティッシュコロンビア大学に留学していました。その頃、日本テレビ系の深夜番組『11PM』で、司会の大橋巨泉さんがバンクーバーをはじめ、カナダの自然や都市の魅力を日本へ紹介する特集を放送していたことを覚えています[11]。
巨泉さんは、ブリティッシュコロンビア州の観光関係者や航空会社の協力を得て、当時まだ日本では十分に知られていなかったカナダの魅力を、テレビを通じていち早く紹介しました[11]。
その取材で、後に事業パートナーとなるゴードン門田さんと出会い、1973年にはバンクーバーに、日本人旅行者が日本語で買い物のできる「OKギフトショップ」を開業しています[11]。
「OK」のOは大橋、Kは門田の頭文字でした[11]。
巨泉さんは、言葉によって外国の音楽を身近なものにしただけではありません。
テレビを通じて、まだ多くの日本人が知らなかった外国の街を身近なものにし、やがて自らその土地で事業を始めました。
言葉が人の記憶を動かし、映像が人を旅へ誘い、旅が新しい事業を生み出したのです。
1971年は、為替の歴史においても大きな転換の年でした。
同年8月のニクソン・ショックまでは、米ドルは1ドル=360円の固定相場でした[12]。
Statistics Canadaによれば、1971年の年間平均は1米ドル=1.010カナダドルで、米ドルとカナダドルはほぼ同じ価値でした[13]。これを固定相場期の1米ドル=360円で単純換算すると、1カナダドルは約356円になります[12][13]。
その後、1971年12月には1ドル=308円へと円が切り上げられ、1973年2月14日、日本は本格的な変動相場制へ移行しました[12]。
移行期にはさらに円高が進み、米連邦準備制度のデータによる月次平均では、1973年2月は1ドル約278円、同年3月は約262円となっています[17]。
円高は、海外旅行を日本人に少しずつ身近なものにしていきました。
日本人の海外旅行者数は、1971年の96万1,135人から、1973年には228万8,966人へと急増しています[14]。
テレビが海外の魅力を伝え、為替が海外との距離を縮め、日本人の海外旅行ブームが本格化していった時代でした[11][12][14]。
私はその時代の変化を、バンクーバーの現地で見ていたことになります。
終章 高度な知性ほど、素朴な原点へ戻る
オックスフォードの原点は、牛が渡る浅瀬でした[2]。カウシルズを日本人の記憶に残したのは、「牛も知ってる」という素朴な駄洒落でした[10]。
そして、カナダを日本人に身近な存在にしたのは、難解な国際論ではなく、広大な自然、澄んだ空気、おいしい水といった、誰にでも伝わる実感でした[11]。
高度な知性とは、難しいことを難しく語る能力ではありません。
複雑なものの中から本質を見つけ、それを誰にでも分かる言葉へ戻す力です。
経営も、人事も、テクノロジーも同じです。
新しい概念を導入することより、その概念が現場の人々にとって何を意味するのかを、素朴な言葉で説明できることのほうが重要です。
どれほど壮麗な建築物が建とうとも、その下には土地があります。
どれほど高度な知性が積み上がろうとも、その始まりには素朴な問いがあります。
どれほど魔法のような技術が生まれようとも、それを支えるのは、人間の地道な営みです。
牛が渡る浅瀬を忘れてはいけません。
組織にとっての浅瀬とは、現場であり、対話であり、信頼であり、人間そのものです。
900年を超える歴史の先にあるオックスフォードは、いまもその名前の中に、最初の風景を残しています[1][2]。
「牛も知ってるオックスフォード」
本当に大切なことは、牛も知っているほど素朴な場所にあるのかもしれません。
「今日のひと言」
牛渡る浅瀬の名より
知は芽吹き
九百年の
魔法となりぬ
出典・参考資料
[1]University of Oxford, “Our History”オックスフォード大学に明確な創立年はないものの、1096年には教育活動が行われていたこと、英語圏最古の大学であることを記載。
URL:https://www.ox.ac.uk/about/the-university/history
[2]Ashmolean Museum, University of Oxford, “Anglo-Saxon Place Names”
Oxfordの古英語名「Oxnaford」と、「牛が川を渡る場所」という地名の由来を解説。
URL:https://anglosaxondiscovery.ashmus.ox.ac.uk/Life/settlement/placenames.html
[3]Experience Oxfordshire, “Oxford Harry Potter Filming Locations”
クライスト・チャーチの食堂がホグワーツの大広間の着想源となり、大階段などが撮影に使われたことを紹介。
URL:https://www.experienceoxfordshire.org/oxford-harry-potter/
[4]Bodleian Libraries, University of Oxford, “Commercial Filming and Photography”
デューク・ハンフリー図書室がホグワーツの図書室、ディヴィニティ・スクールが医務室として撮影されたことを記載。
URL:https://visit.bodleian.ox.ac.uk/venue-hire/filming-photography
[5]コトバンク「白河天皇」
白河天皇が1086年に院政を開始し、1096年に出家して白河法皇となったことを記載。
URL:https://kotobank.jp/word/白河天皇-80800
[6]The Cowsills Official Website, “About Us”
カウシルズの家族構成と、『パートリッジ・ファミリー』の着想源となった経緯を紹介。
URL:https://cowsill.com/home/about-us/
[7]Billboard, “Cowsills Lead Singer Dies at 58”
「The Rain, the Park & Other Things」が1967年にBillboard Hot 100の第2位を記録したことを記載。
URL:https://www.billboard.com/music/music-news/cowsills-lead-singer-dies-at-58-59642/
[8]ORICON NEWS「雨に消えた初恋カウシルズ」
同曲が日本で「雨に消えた初恋」の邦題で紹介されていることを確認。
URL:https://www.oricon.co.jp/prof/53842/products/849402/1/
[9]奥山コーシン『昭和のテレビと昭和のあなた』海豹舎、2017年、167~175頁、218~219頁
『ビート・ポップス』と番組関係者についての参考資料。
書誌情報URL:https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784901336345
[10]NEWSポストセブン「大橋巨泉氏の偉業の一つ 『ビートポップス』の思い出」2016年7月24日
大橋巨泉氏による「牛も知ってるカウシルズ」などの曲紹介について紹介。
URL:https://www.news-postseven.com/archives/20160724_432982.html?DETAIL=
[11]バンクーバー経済新聞「OKギフトショップ、バンクーバーに誕生から40年――大橋巨泉さん『OKギフトは僕の分身』」2013年1月3日
『11PM』のカナダ取材、ゴードン門田氏との出会い、1973年のOKギフトショップ開業までの経緯を紹介。
URL:https://vancouver.keizai.biz/column/22/
[12]国立公文書館「基準外国為替相場の改定について」
1ドル=360円の固定相場、1971年12月の1ドル=308円への変更、1973年2月14日の変動相場制移行について解説。
URL:https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/high-growth/contents/22/index.html
[13]Statistics Canada, “Interest Rates and Exchange Rates”
1971年の米ドルとカナダドルの年間平均交換比率を掲載。
URL:https://www150.statcan.gc.ca/n1/pub/11-210-x/00005/t/4098785-eng.htm
[14]一般社団法人日本旅行業協会「海外旅行者数の推移」
1971年から1973年にかけての日本人海外旅行者数の急増を掲載。
URL:https://www.jata-net.or.jp/databank/jata-trend/page-66593/2025_06/
[15]Great Western Railway, “Trains from London to Oxford”
ロンドン・パディントン駅からオックスフォード駅までの直通列車と所要時間を案内。
URL:https://www.gwr.com/stations-and-destinations/popular-routes/london-to-oxford
[16]Network Rail, “London King’s Cross”
キングス・クロス駅に『ハリー・ポッター』の「9と3/4番線」があることを案内。
URL:https://www.networkrail.co.uk/rail-travel/our-stations/london-kings-cross/
[17]Federal Reserve Bank of St. Louis, FRED, “Japanese Yen to U.S. Dollar Spot Exchange Rate”
米連邦準備制度の資料に基づく、1971年以降の円・ドル月次平均為替相場を掲載。
URL:https://fred.stlouisfed.org/data/exjpus
[18]Warner Bros. Studio Tour London, “The Great Hall”
ホグワーツの大広間が撮影用セットとして制作され、クライスト・チャーチの大食堂を参考に設計されたことを解説。
URL:https://www.wbstudiotour.co.uk/the-great-hall/
※1971年のブリティッシュコロンビア大学留学と『11PM』視聴、ならびに2023年8月のパディントン駅、キングス・クロス駅訪問に関する記述は、著者自身の体験および記憶に基づいています。
(各ウェブ資料は2026年8月18日閲覧)
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