さらに「知の探索」を一つのキーワードに、既存業務の「How To」を超えて、新しい「What」や「Why」を自ら創り出せる人材の育成を目指しています。そのため、今の仕事に直結する内容だけでなく、あえて業務から少し離れた分野や、人間力を磨くような教養も取り入れ、イノベーションの源泉となる探索の機会を提供しています。
――就業時間内での受講を義務付けている点は、大きな特徴と言えそうです。
はい。背景には、住宅業界のマーケットが成熟し、成長の余地が限定されつつある厳しい現実があります。創業50周年を迎えたタイミングで過去のやり方に依存する「経路依存性」から脱却し、企業として変化し続けるマインドセットを作り出す必要がありました。
変革のためには、社員個人の努力に任せるのでは不十分です。企業の責任として学びの機会を提供しなければなりません。当時から「学び放題」のようなオンデマンド型サービスは存在していましたが、自主性に任せていては、本当に学んでほしい層には届かないでしょう。
――そのような背景があったのですね。
学びを個人の自己啓発、つまりプライベートな活動として扱うのではなく、会社が認める正式な「業務」と再定義しました。仮に業務時間外での受講を前提にすると、労務上は残業扱いとなり、コストの問題が生じます。それ以上に、家庭を持つ社員や時短勤務の社員が参加しにくくなり、学習機会に不平等が生まれてしまいます。
だからこそ、あえて強制力をかけ、すべての講座を就業時間内のリアルタイム開催としました。就業時間中に学ぶことを認め、その代わり「これを業務として受講しなさい」と義務化する。そうしないと、全社員を対象とした学びの文化は根付かないと判断しました。
――アカデミーの構想は2017年からあったとのことですが、直接的なきっかけは何だったのでしょうか。
現場で「教育に割く時間」が失われていたことが挙げられます。当社は世の中の流れに先駆けて、2015年から「働き方改革」に着手しました。例えば、パソコンを夜8時に強制シャットダウンする仕組みを導入し、長時間労働を物理的にできないようにしました。
当初は「商売にならない」という社内からの声もありましたが、業務の標準化を推し進めていたこともあり、蓋を開けてみると業績は落ちず、限られた時間の中で確かな成果を上げることに成功したのです。
ところが、効率を最優先した結果、業務の細分化が進み、人と人との仕事の「重なり(余白)」がなくなってしまいました。それまでは先輩と一緒に行動することで自然に行われていたOJTが、機能しなくなったのです。現場の若手からは「全然教えてもらえない」という悲鳴も上がり始め、ベテラン層も「教える余裕がない」と疲弊していました。
――業務の効率化や標準化が進んだ一方で、意図せず育成の場が消滅してしまったということですね。
そうです。さらに深刻だったのが、考える力の低下です。業務プロセスが整備された功罪とも言え、一定の範囲内では考えなくても仕事が回る状態になっていました。例えば、施工現場ではシステム上に指示された数値を入力することは完璧にできても、イレギュラーな事態が起きた際、どこを調査し、どう判断すべきかが分からない。手順はわかっていても、その裏側にある理由や本質が理解できていないため、応用が利かない。これまでの延長線上で現場に任せていては、考える力は弱まる一方だと危機感を抱きました。
――業界や会社としての危機感は理解できますが、業務時間内に強制的に学ぶとなると、多忙な現場からは相当な反発があったのではないでしょうか。
それはもう、凄まじい抵抗がありました。「ただでさえ忙しいのに、なぜ生産活動を止めてまで勉強させなきゃいけないんだ」と、強烈なクレームが相次ぎました。
さらに現場への負荷を高めたのが、講師の内製率7割の方針です。社員に講師とテキスト作りまでお願いしました。教育を外部に委ねると「コスト」になりますが、社内の人間が担う「投資」として位置づけたかったのです。受けるだけでも反発がある中で、教える役割まで求めたのですから、当然ながら拒絶されます。
しかしながら、人事側も無茶ばかりを言っているつもりはありません。必修科目の受講時間を3年間でならして計算し年間の総労働時間に換算すると概ね1%程度、時間にして約20時間にすぎないのです。それくらいの時間は、日々の業務を離れて自分自身の能力開発に充ててもいいのではないか。そのような根拠のもとに理論的に説明していきました。
――現場からの反発を、どのように乗り越えていったのでしょうか。
講座の設計にあたっては、まず各現場で独自に行われていた勉強会をすべて吸い上げ、ポラスアカデミーの体系の中に集約しました。ゼロから新たな教育コンテンツを作るのではなく、現場で既に必要とされていた学びをベースに再構成することで、実用性を担保すると同時に、導入初期の負荷を抑える狙いがありました。
ただ、それだけで現場の理解が得られたわけではありません。アカデミーの意義について、極めて泥臭い形で説明を重ねましたし、時には人事として明確に強い姿勢を示しました。「今ある人的資源を使い潰すことしか考えない組織に、これからを担う人材を任すわけにはいかない。人への投資ができないのなら、将来を担う人材を安易に配属すべきではない」と経営層に提案もしました。
あえて強い強制力を行使することで、まずは学びの機会を行き渡らせる。そのために、アカデミーの受講実績を昇格要件の一つに組み込んだり、組織評価の加点要素としたりするなど、評価・人事制度と連動させながら外堀を埋めていきました。
――強制力も行使しながら、「学ぶ習慣」を作るために熱い思いで臨んだことが伺えます。
ご指摘の通りです。現在は導入から約6年が経過し、3期目に入ろうとしています。社内では「ポラアカ」という略称が自然に使われるようになり、学ぶことそのものへの心理的な抵抗感は、一定程度薄れてきたと感じています。次のフェーズでは、会社が一律に指定する必修講座の比率を減らし、あらかじめ設定された講座群から、必修を自ら選択する形式へ移行する予定です。これまでは、「これを学びなさい」と会社が一方的に与えるフェーズでしたが、今後は「何を選び、どう学ぶか」という判断を社員に委ねていきます。強制で学びの土壌を整えた上で、主体性と自律性を引き出す段階へと移行する。そのフェーズ設計を意識しながら進化させていっています。
――アカデミーの取り組みを進めていく中で、運営側として気づきや学びもあったのではないでしょうか。
意外な効果として見えてきたのは、アカデミーが組織全体に与えた意識変化です。その一つが採用活動の「セーフティネット」としての機能です。学生や異業種から転職してくる人にとって、入社後の成長イメージが描けるかどうかは大きな不安要素です。その点で、学びの仕組みが制度として存在すること自体が、「経験がなくても育ててもらえる」という新入社員にとっての安心材料になっています。
また、当社は採用の権限・責任と予算を各部門に委ねる「全社採用共創(競争)体制(※)」を敷いています。この体制とアカデミーが組み合わさることで、人を採る側と育てる側の意識が強く結びつきました。現場が自ら採用活動に汗をかくと、「人を採用することがどれだけ大変か」を身に染みて理解するようになります。すると、採用した人材を「戦力化する責任が自分たちにある」という意識が、自然と芽生えていきました。
※共創体制:共に創る「共創」と、競い合う「競争」をかけた名称
――新制度導入の際、「経営陣の理解が得られない」というのは人事課題としてよくあげられます。経営層への対話でどのようなことを意識されたのでしょうか。
短期的な成果や効果が見えやすいものなら、理解は得やすいと思います。しかし、教育は「遅効性」との戦いです。研修を受けたからといって、翌日に業績が上がることはないでしょう。効果が出るのは数年先です。
幸い、当社には5年先10年先の長期視点を重視する土壌がありました。「未来のために今、人に投資する」考えもスムーズに受け入れられ、今では経営層や現場責任者の会話で「教育」や「エンゲージメント」が経営課題として自然と語られるようになっています。アカデミーという共通の基盤があることで、現場の関心が人にも向くようになったのは大きな変化です。
――「ポラスアカデミー」の今後の展望や構想をぜひ教えてください。
社内だけでなく社外でも通用するような専門性を持った「講師」ができる人材を増やしたいと考えています。現在は1つの講座につき講師が1人しかいないケースもありますが、これを3人、4人と層を厚くし、誰もが教える側に回れる状態を目指したいですね。
特に期待しているのが、シニア層の再活性化です。現場の業務パフォーマンスでは評価されにくくなったベテラン社員であっても、特定の領域では深い知識を持つスペシャリストが少なからずいます。講師として登壇することで、自身の存在価値を再定義できます。再び輝ける場所としてもアカデミーを機能させられればと思っています。
――コンテンツ面のアップデートについては、いかがでしょうか。
業務スキルだけでなく、個人の趣味や「ライフ」に寄り添った講座も増やすことを思案しています。実は私自身、キャンプが趣味なので、その魅力を語る講座をやりたいと画策しているところですね。
――とても面白そうですね。
キーワードは「没頭」や「推し活」です。若い世代の「推し」に対する熱量には圧倒されるものがあります。何かに夢中になり「フロー状態」に入る体験は、対象が何であれ共通する部分があるはずです。何かしらにのめり込み、思考を深めるプロセスを体験することは、巡り巡って仕事での発想を新しくし、イノベーションの源泉になるはずです。そうした「知の探索」や「越境」が自然と生まれるプラットフォームにするのが理想です。
ただ、正直に言えば、まだすべてが手探りの状態です。このアカデミーを今の形のままやり続けるかどうかも、決めかねています。これだけ続けても、全員が諸手を挙げて賛成しているわけではありません。それでも、形を変えながらでも学びの火を絶やさないことだけは決めています。今は、そのための最適な形を模索している最中です。
――それでは最後に、組織変革に挑む全国の人事担当者に向けて、メッセージをお願いします。
一番伝えたいのは、変革を行う際に人事が少しでも「弱腰」や「怯んだ姿勢」を見せれば、現場の抵抗に必ず負けてしまうということです。
私はメンバーに対して常々、「戦えない人事にはなるな」と伝えています。組織の未来にとって本当に必要な施策ならば、現場と摩擦が起きることを恐れてはいけない。嫌われることを恐れて一歩引いてしまえば、その瞬間、施策は骨抜きにされます。
――現場の圧力に負けないためには、何が必要なのでしょうか。
人事内部での徹底的な議論と、それを信じ抜く力です。当社では新しい施策をリリースする前、チーム内で徹底的に議論を重ね、「これは中長期的に会社のためになる」「未来の組織や人にとってプラスになる」と本質的な目的やねらいが腹落ちするまで突き詰める対話や議論をします。
ここを中途半端な状態、つまり人事自身が「本当にこれで良いのかな?」と迷いを持ったままスタートするから、現場から反発された時に心が折れて、頓挫してしまう。自分たちが一番の信奉者になるまで練り上げ、一度走り出したら絶対に引かない、成果が見えるまでやり続けるという覚悟が必要です。
私は人事施策を「プロポーズ」だと捉えています。プロポーズは「一生添い遂げる」という誓いです。人事施策も同じです。「新しい制度を始めます」というリリースは文字通り始まりです。それが組織に定着し、成果を生むまで責任を持って添い遂げなければなりません。一度やると決めたら、やり抜く。その執念を持って、社員が自ら動き価値を創造する、真に強い組織を目指し、走り続けたいと思います。