生産年齢人口が減少し、人材不足が深刻化する昨今、企業にとって救世主となり得るのが「退職自衛官」です。自衛隊は若年定年制および任期制という退職制度を導入しており、退職した自衛官はその後の生計を立てるため、民間企業や団体などへ再就職する必要があります。これまでの厳しい訓練や教育を通じて、体力、精神力、即応力、適応力、協調性、リーダーシップ、フォロワーシップ、挑戦心などを身につけた自衛官は、まさに現在の採用ニーズと合致した理想的な人材と言えるでしょう。

そこで今回は、退職航空自衛官の就職援護の取り組みについて、学習院大学の守島基博教授をゲストにお招きし、航空幕僚監部・人事教育部長の尾山正樹氏と対談を実施。即戦力人材のニーズが高まる近年の採用市場から、再就職システムの概要、退職航空自衛官の魅力、企業とより良いマッチングを実現するために必要な取り組みなどを話し合いました。(以下敬称略)

【プロフィール】


  • 守島 基博氏

    ■守島 基博氏
    学習院大学 経済学部 経営学科 教授

    米国イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。人的資源管理論でPh.D.を取得後、カナダ国サイモン・フレーザー大学 経営学部Assistant Professor。慶應義塾大学総合政策学部助教授、同大大学院経営管理研究科助教授・教授、一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年より現職。厚生労働省労働政策審議会委員、中央労働委員会公益委員などを兼任。2020年より一橋大学名誉教授。著書に『人材マネジメント入門』、『人材の複雑方程式』、『全員戦力化 戦略人材不足と組織力開発』『人材投資のジレンマ(共著)』(ここまで、日本経済新聞出版)、『人事と法の対話』(有斐閣)、などがある。

  • 尾山 正樹氏

    ■尾山 正樹氏
    防衛省 航空幕僚監部 人事教育部長 空将補

    1995年、航空自衛隊に入隊。戦闘機パイロットとしての経験を積み、2020年に第5航空団司令(兼)新田原基地司令(新田原)に就任。2022年には防衛装備庁長官官房装備開発官(市ヶ谷)、2024年に航空幕僚監部運用支援・情報部長(市ヶ谷)を歴任。2025年3月より現職。隊員の人事に関する計画、服務規律、厚生、募集・援護を担当するなど、人事教育部全体を指揮している。

学習院大学 守島先生、防衛省航空自衛隊尾山氏

即戦力のニーズが高まる採用市場と「退職航空自衛官」の可能性

尾山 本日は防衛省・航空幕僚監部までお越しいただき誠にありがとうございます。守島先生には退職航空自衛官の再就職の取り組みについて知っていただくと同時に、その現状や課題点に対してご意見・ご教示いただければと思っております。その前に、まずは採用市場の現状についてご意見を伺えますか。

守島 いくつかキーワードがあって、一つはもともと労働人口が減少している状況はあると思いますが、さらに人材が企業を辞めてしまうことが多くなっています。そのため、企業としては常に人を求めています。ただ採用にあたって、以前は「前職で部長だったから部長職ができる」といった抽象的なスキルでも採用されるなど、誰でもよかった時代もありましたが、今は“専門性”を持った人を求める傾向が強まっています。自分の武器みたいなものを持たないと、人手不足とはいえ、なかなか就職が難しい状態になってきていますね。
学習院大学 守島先生
尾山 そうなんですね。そういう何か専門性を持った優秀な人材の取り合いというか、人手不足の中で、退職する航空自衛官のニーズについては、どういうふうに見られていますか?

守島 退職される航空自衛官は、何ができるのかが問われると思います。例えば航空機整備の能力が高いですとか、これまで積み上げてきた専門性がどこまであるのか、そこが関わってきますね。

尾山 私たち航空自衛隊は、隊員一人ひとりの専門性を高めることに力を入れています。多くの職種があり、自己完結できる組織を目指していますので、あらゆることができる人材が揃っています。 それぞれが専門的なスキルを磨いていますので、そうした意味では即戦力人材として使っていただけるのかなと思います。こうした専門性に加え、隊員の売りとしては、“心も体も健康”ということです。この点もアピールポイントの一つです。

守島 心身ともに健康なのは、働くうえでとても重要ですね。最近の日本の企業は、そうした“能力”も大切にしています。

尾山 入隊時の検査に加え、毎年の体力測定ですとか、心身のケアを徹底しています。それを維持していくための規律心も鍛えています。当たり前のことを着実に勤勉に出来る人材が揃っているのは大きな強みだと思っています。

守島 日本の企業も、しっかりしたマインドと体をもって、長期的に安定した人材を求める傾向は強いですから、それは非常に重要です。

退職する航空自衛官が有する強み。それは「エンゲージメントの高さ」

尾山 自衛隊の大きな特徴は、国防という共通のミッションに共感して入隊する人が多いことです。災害派遣などで“国民を助けたい”という思いが強く、組織としてもエンゲージメント向上に積極的に取り組んでいます。
防衛省航空自衛隊尾山氏
守島 それは非常に良い点です。“国防“という言葉には、どうしても一人ひとりの生活から距離があると感じる方も多いでしょう。ですが、災害対応や災害派遣の現場で、「人を助ける」、「国民を守る」という経験を積むことで、その距離感が縮まり、自分自身の意識を高めるきっかけになることは、十分あり得ると思います。ちなみに一般企業ですと、ビジョンやパーパスを共有するためにタウンホールミーティングなどを開催し、社長自身が従業員に向けてメッセージを送ったりすることがあります。自衛隊の組織内でもそういったことはされていらっしゃるのでしょうか?

尾山 航空幕僚長や各基地の司令等が、全隊員に向けてメッセージを発信し、組織全体でエンゲージメントの向上に取り組んでいます。エンゲージメントを高めて、労働生産性を上げることが、結果的に自衛隊を強くすることにつながると考えています。例えば、航空幕僚長が動画でメッセージを流したり、私自身も基地で全隊員向けに一斉放送したりしました。こうした情報発信は組織の団結や相互理解に寄与していると感じております。

守島 まさに、本当にリーダーがやるべきことをしていますね。“人から直接言葉で語られるミッションやパーパスは、書かれたものよりも、エンゲージメントを高める上で非常に効果的です。昔は紙で配って『読んでおいてください』というスタイルもありました。でも、やっぱり人から語られることの意味は大きいと思います。そういう“語り”があることで、受け手の理解や共感が深まると感じます。加えて“働きがい”がエンゲージメントを決める要素です。ワークライフバランスの取り組みによる働きやすさの推進は安定や安心につながりますが、それだけでは、困難などを突き抜けるエンゲージメントは生まれません。

尾山 本当にそう思います。我々人事教育部のすべき仕事は比較的わかりやすいと思います。航空自衛隊員約4万6千人に対して、少しずつ能力を高めて幸福度を上げ、満足度を高めること。そして、その満足度を仕事に対しても上げていくことで、結果的に自衛隊が強くなり、国民を守れる存在になること。そこが重要だと思っています。

守島 自衛隊のように“エンゲージメント”を高め、“働きがい”を重視する姿勢は、民間企業にも大いに参考になると思います。

協力:防衛省航空自衛隊


この後、下記のトピックが続きます。
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●リーダーシップとフォロワーシップを兼ね備えた「人材プール」
●重要性が増す企業の防災・セキュリティ分野での高い貢献性
●企業と退職自衛官のミスマッチを防ぐ具体策とは

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