社会的に「働き方改革」が進められる中、企業が従業員に気を遣いすぎているように見受けられる。表面的な「心理的安全性」への取り組みも目立ち、中には「勤務時間自由」や「転勤なし」のような制度まで導入している企業もある。こうした従業員への過度とも思える配慮は、確かに人材の採用にあたって、双方のマッチングのために重要な視点ではあるが、はたして本当に企業経営においてプライオリティを置くべきものなのだろうか。
「心理的安全性の向上」から「社員の自律的成長」へ。経営者が従業員に周知すべき“行動指針”とは

心理的安全性の前提となるのは「質のよいつながり」

まず、「心理的安全性」を俯瞰してみよう。この概念を初めて提唱した、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授は、心理的安全性について「たとえ対人的なリスクをとっても、このチームは安全であるという共通の認識をメンバーが持っていること」と定義づけている。ここでは、“人間”対“人間”の関係性がキーワードとなっていることがわかる。つまり、人間関係が良ければ、心理的安全性は急激に高まるものであり、個人が仕事を快適にこなすために重要なのは、「質のよいつながり」と「質のよい情報やスキル」ということになるだろう。

では、「心理的安全性のある関係性」=「質のよいつながり」という法則をつくるためにはどうすればいいのだろうか。ニューヨークライフバランス研究所 代表の松村亜里氏は、その著書『誰もが幸せに成長できる 心理的安全性の高め方』(WAVE出版刊)で、「人間関係を壊す『批判』、『侮辱』、『自己弁護』、『逃避』という4つの毒を減らす必要がある」と主張している。そして、この“4つの行動”を最小限にするガイドラインを、職場で共有することが手始めになるという。これは、有意義なヒントである。

ここから、上記の“4つの行動”を最小限にするガイドラインについて、それぞれ詳しく見ていこう。

1.相手を批判せずに、行動に着目する

「相手を批判する」とは、「あなたは○○だ」と、相手の人格・性格・能力を責めたてることである。言葉遣いにも配慮が必要で、「あなたはいつも○○だ」、「いつも○○してくれない」などの表現は、そこに「相も変わらず」という意味が含まれているように理解されるため、“人格攻撃”となってしまう。すると、相手は無力感や焦燥感を得やすく、「攻撃されている」と感じて防衛的になってしまう。

2.相手を侮辱することなく、性格の強みに注目する

「心理的安全性のある関係性」とは、お互いを信頼し合うことなので、「侮辱」はその真逆ということになる。例えば、「あなたなんかにはできない」という人を見下したような言動などが「侮辱」にあたるが、こうした言動をしては、信頼関係はたちどころに瓦解する。そうではなく、相手の性格の強みに注目し、潜在的な可能性を信じる選択をして、相手がその仕事を遂行するために何が必要かについて「対話」することが大切である。

3.自分の過ちを認め、自己弁護しないで謝る

「自己弁護」とは、「私は悪くない。悪いのはあなたの方だ」といった言い訳のことである。こうした思考による弊害は、相手に責任を転嫁することで、自分が謝る機会を失くしてしまうことである。「謝る」という行為を、組織内の“当たり前の文化”にしていくことが、心理的安全性を高める秘訣でもある。

4.問題から逃避しないで話し合う

「問題から逃避する」とは、組織内の問題・課題について話す機会を避けることである。具体的には、「相手が話してきても無視する」、「グループの中で話すことがタブーになっている」といったことである。このような環境では、問題に向き合うことがないため、その解決にはほど遠くなり、それゆえに良好な人間関係づくりなどできようがない。心理的安全性を高めるには、俗にいう「良い人」になってはいけないのである。

「心理的安全性」から「自律的成長」へのステップアップが重要

上記のようなガイドラインを共有しながら、心理的安全性が担保されたとして、組織にはどのようなムーブメントが起こるだろうか。ドラスティックな変革が起こる組織もあれば、何も起こらない組織もあるだろう。ひょっとすると、後者が大多数になるのではないか。さらに、誤解を恐れずに個人の見解を言えば、「ゆるい、だらけた組織」ができ上がってしまう気がしてならない。

なぜなら、企業の従業員の多くが「言われたことだけやる」組織文化の中で育ってきた歴史があるからである。心理的安全性は「手段」であり、「目的」ではない。従って、このような仕組みが有効に機能し、経営の付加価値、言わば「イノベーション」を生み出すには、「心理的安全性の向上」から「社員の自律的成長」へとステップアップするロードマップが必須となる。経営陣は、そのことを理解し、予め社内に周知しておくべきだろう。そのロードマップは下記のような項目だ。

●社員へ自社の将来の経営の「柱」を具体的に指し示す
●社員へ物事の本質を突き詰める「癖」をつけさせる
●社員へ自社の事業とは関係性が希薄な「事」への好奇心を促す
●社員へ新規事業の構築に必要な情報収集の具体的な方法を示す
●チームに事業企画を競わせる環境を提供する


このようなステップを踏んで、「心理的安全性」が有効に機能する場づくりをしていかなければならない。筆者は「仕事は温室では育たない」と考えるが、それは厳しい環境変化に耐えられなくなるためである。また、毎日代り映えのしない家族のような組織では、保守的になり、新しいアイデアも生まれないだろう。
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