筆者は、現在3歳になる息子が生まれる前後で連続して1年間の育休を取得しました。企業経営者として、また、ダイバーシティ&インクルージョンや人権・倫理などを指導する専門家として、口先だけの経営指導・研修・講演にならないようにと常々考えていたことに加えて、結婚を機に目先の仕事よりも将来続く家庭を大切にしたいと強く思うようになったからです。
1年間の「育休経営者」として見てきた役職員の意識変革の必要性

経営者として1年間の育休取得を取得!家事の主役として「主夫」修行

 筆者は、現在3歳になる息子が生まれる前後で連続して1年間の育休を取得しました。企業経営者として、また、ダイバーシティ&インクルージョンや人権・倫理などを指導する専門家として、口先だけの経営指導・研修・講演にならないようにと常々考えていたことに加えて、結婚を機に目先の仕事よりも将来続く家庭を大切にしたいと強く思うようになったからです。
 独身の頃の「仕事最優先」だった生活を大きく変えてくれて、筆者の価値観や行動・実践の多様化を自然と促してくれた妻や息子との縁をありがたく思うのです。
 妻の妊娠がわかってから仕事をセーブしはじめ、つわりで苦しむ妻の代わりに食事の支度や洗濯、掃除など、家事のサポートではなく主役としてこなしました。そして同時に妻の出産や、出産後は息子の急病などに備えて、24時間365日いつでも病院に連れていけるよう、お酒を一滴も飲まず常に準備を整えていました。
 こうした経験を通して、「ちょい家事」(筆者なりに言う「ちょっと家事をかじった程度」)だけでは見えにくい、家事に疎い方への留意点が見当たるようになりました。

「ゴミ出しするよ」「皿洗いしておいたよ」と言う人が陥りがちな問題点

 傾向としては企業で働く方々(特に男性の方)からよく聞くのが「ゴミ出しするよ」や「皿洗いしておいたよ」ないの発言です。しかし、よく聞いてみると育メン気取りでどといった「しっかり家事を手伝っている」という意味合生半可な「男女共同参画偽装」ともいえそうな実態があるのです。
 例えば、「ゴミ出しするよ」という方に多いのは、単に出勤前にゴミ袋をゴミ置き場に「移動」させるだけ、というケースです。
 筆者からすると、「ゴミ出し」は、各部屋のゴミ箱からゴミを集め分別してゴミ出し用のゴミ袋に詰めてくくり、ゴミ出しの曜日と時間を確認してからゴミ置き場にゴミ袋を持っていき、家に戻ってきたら各部屋のゴミ箱に替えのゴミ袋をセットしてはじめてゴミ出し完了、と相成ります。
 同じく、「私は皿洗いしてますよ」という方が、実際には単に皿についた汚れをスポンジで洗い流してそのまま皿を置いてある、というだけのケースも見受けられました。
 これも筆者からすると、「皿洗い」は、みんな集まる食卓で「ごちそうさま」の後にお皿をキッチンまで持ってきて、皿についた汚れをスポンジで洗い流し、その後、最も重要なポイントとして、皿を拭き上げて元の食器棚に次に使いやすいように並べておき、更に、シンクの流しにたまった野菜くずなどのネットを取り換えて、はじめて皿洗い完了と相成ります。
 つまり、普段から家事をしようと思っておらず、伴侶にまかせっきりの家事に疎い方は、男女共同参画ではなく「男女不平等参画」の状態になりかねないことが、筆者として問題だと思っています。

立会出産で父親としての自覚と子供の人権の「重さ」を感じる

 筆者の場合は、育休といっても女性でいえば産休のようなタイミングでの取得でしたので、息子が生まれ来た瞬間に立ち会うことができました。
 ある初夏の深夜、陣痛がはじまった妻をつれて産婦人科へ車を走らせました。「出産も男女共同参画」として、また、旧来の出産シーンの多様化のひとつとして、陣痛に耐える妻の背中をさすったり、飲み物を用意しながら付き添ったのですが、陣痛のつらさをがっちりと受け止めるかのように筆者が妻にバシバシと「痛いよー」といいながらたたかれるなどといったこともありました。
 そのまま一緒に分娩台で朝を迎え、産声を聞いた時の妻の安堵した美しい表情は、今も鮮明に覚えています。
 産婦人科医が、生まれてすぐのわが子を「はい、お父さん、元気な息子さんですよ」と抱っこさせてくれました。これも、かつては分娩室の外で産声を聞くというスタイルからの出産シーンの多様化のなせるワザなのかもしれません。
 こうした場面に立ち会ったとき、「この子と妻をオレが守ってやる!」と思う方がいるかもしれません。しかし、筆者は少し違いました。
 「オレが守ってやる!」の前提には幸せは与えるもの/与えられるものという考え方があります。筆者にとって「幸せ」とは一方的に与えられたり与えたりするものではなく「お互いに幸せになりあえるようにしていって、はじめてお互いの幸せに至る」ものなのです。
 ですから、妻と子を前にして、モラハラのような自分の「当り前」を押し付けることなく、息子を型にはめてエリートコースという名の幻想にひた走らせることなく、お互いに幸せになりあえるよう、筆者も新たな家庭環境や仕事の対応で多様化して適応していこうと、思いを新たにした次第でした。

否定するなら「体験」した上で「代案」を出せ!

 ダイバーシティ経営に否定的な人や消極的な人に対して、筆者は「相手の身になって物事を考え意思決定するためには、実際に今の子育てを体験した上で代案を出して頂きたい」と常にお話しています。
 マタハラやパタハラが生じる背景のひとつとして、筆者が切り拓いた監査心理学の分野で、不正の3類型における1つのパターンである「不正認識欠如型の不正」があるように見受けられます。つまり、人は経験・体験していないことを自身にとって都合の良い解釈で判断・対応しがちである、という問題があるのです。
 実際に出産・育児・家事などを自ら一定期間経験してはじめて、皮膚感覚で妊産婦の方々の苦労や子育て、家事の大変さを理解し得るものなのです。
 そこで、筆者は実体験を基に企業現場でついつい起こりがちな、産休・育休などを理由にしたマタハラ・パタハラ予防対策を社内研修や講演会などで行っています。これは出産や育児に対して職場の同僚や上司、部下の理解を深め、妊産婦・子育て期・男女共同参画という旧来は職場に相容れなかったかのような社内異文化の相互理解をするための場でもあります。
 筆者は妊婦の方より太っていることもあり「着用の必要はないんじゃないですか?」と受講生の方からからかわれる(これは「デブハラ」とでも呼ぶべきでしょうか?)ことがありますが、エプロン式の砂袋(7kg~8kg程度の重さ)入り妊婦体験キットを使って、妊婦役の方と妊婦ではない人役の方とで、同じ作業や運動をして頂き、それぞれにどう感じたか、どういった支援があると嬉しいかなどをディスカッションしてもらっています。
 夏の猛暑の中で、立ち座り・箱を動かす・階段の昇り降り・ちょっとした段差のあるところを何度か往復する、ということだけでも、実際に妊婦体験をしてもらうと心の許容度や価値観・感性・相互理解などの多様化の度合いが高くなりやすいようです。
 ダイバーシティ経営の戦略立案・施策検討・実施の際、どれだけの企業で、経営者や職場の同僚どうしが、実際にダイバーシティ経営で直面するシーンや施策活用者側の状況を体験できているでしょうか。
 また、ダイバーシティ経営に否定的な方々は、(本稿では子育て等に絞っておりますが)介護・育児・出産・多国籍環境・異文化・異なる宗教などについて、どれだけ理解をしているのでしょうか。
 「そんなのダメだ」と切り捨ててしまうのではなく、「~は実際に体験してみたけど、~の観点からダメだと思うから、~という別の対応策(代案)でいこう!」という、返答や対応にも多様化が必要なのです。
 ダイバーシティ経営を机上で立派に議論する前に、実際に体験し、学ぶことからはじめなければならないと筆者は考え、思考や行動の多様化と新たな環境への適応を、身をもって推し進めています。
 ダイバーシティ経営は、「実践の場」と「相手の身になってみること」と「自分からやってみること」が大切だと筆者は常々思っているのです。
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