HRサミット・経営プロサミット2015講演レポート。「ライフネット生命のダイバーシティ戦略」をテーマにライフネット生命保険株式会社 代表取締役会長 兼CEO 出口 治明 氏による講演の模様をお届けする。
ライフネット生命のダイバーシティ戦略
ライフネット生命保険株式会社 代表取締役会長 兼CEO
出口 治明 氏
1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2013年6月より現職。

「タテ・ヨコ思考」、「国語ではなく算数」で世界の姿を見る

みなさんはいろいろな会社でお仕事をされていると思いますが、人間は向上心を持っているので、どんなにいい職場でも、どこか変えたい、もっとよくしたいと思っているんですね。その意味では、一人ひとりが自分の周囲の世界を変えたいという考えを持っていると思います。世界をどのように理解し、どこが嫌で、何を変えたいと思い、自分は何をやったらいいのかと、このことを考えていくことが仕事をする意味なんだと思います。

 ただ、人間の脳は見たいものしか見ないようにできてるんですね、脳の構造として。だから、周囲の世界をきちんと見るためには方法論が必要です。それには2つあって、ひとつは「タテ・ヨコ思考」です。歴史軸・世界軸と言ってもいいのですが、昔の人はどのようなことをやっていたのか、世界の人はどのようなことをやっているのかということを見ると、自分たちのやっていることがよくわかります。

 もうひとつは、数字・ファクト・ロジックのみで考えること。「国語ではなく算数」で、といつも言っています。たとえば、日本はいま労働力不足に直面していて、移民の問題を検討しないといけないと言う方がいますが、外国人が増えたら治安が悪くなると言う方もいますね。この話は国語で考えたら心配かなと思うかもしれませんが、算数で考えると、この10年間、日本で働く外国人は増えていて、犯罪率は下がっているというファクトがあります。いろいろな見方があるので一概には言えませんが、国語だけで物事を議論するのではなく、数字・ファクトをきちんと見ていかないと世界の姿は見えないのです。

世界で20番台の日本の競争力をどう上げるか

ライフネット生命のダイバーシティ戦略
いまの日本の状況がどうなってるのかというと、残念ながらちょっと貧しくなっていますよね。20年前は世帯の平均所得は660万円ぐらいだったのが、いまは537万円ですから。なぜこうなったかというのは、単純に言えば、日本の国際競争力の推移のデータを見ると説明ができます。

 日本はGDPが世界で3番か4番の豊かな国です。でもこの豊かさをキープしようと思ったら、フローの競争力、生産性といってもいいですが、これも世界で3番か4番じゃないとキープできないとすぐわかります。でも、日本の国際競争力は20番台です。放って置いたらちょっとずつ貧しくなっていきます。ということは、日本の課題はこの20番台の競争力を上げることにあると思います。

 では、どうすれば上がるか。マクロとミクロで2つの方法論がありますが、マクロで見たら、労働の流動化しかないと思います。アメリカの学生に人気がある企業、トップ10を見たら、見事に三等分されてます。ベンチャー企業、公務員、それからNPOやNGO。健全な社会をつくるためには、公務員も、NPOやNGOもすごく大事で、ベンチャー企業も社会の活力という面で大事だからと、アメリカの優秀な学生はこの3つの分野に行くのです。

 これに対し、日本の学生に人気なのは、文系ならメガバンク、メガ保険、メガ商社ばかりです。日本は労働力の分配の時点で大きく歪んでいるわけですから、労働を流動化して、明日の日本を支える中小企業やベンチャー企業に優秀な人材が流れていくようにしないと、生産性は上がりません。これがマクロです。

イノベーションのほとんどは当たり前のものの組み合わせ

ライフネット生命のダイバーシティ戦略
一方、ミクロではどうかといえば、生産性を上げるためには人と違うことを考えるしかありません。ライフネット生命本社の近くに数年前にラーメン屋ができました。もうじき3店舗になります。わずか2年でミシュランにも載りました。このラーメン屋の店主に話を聞きましたが、開業前、評判のいいラーメン屋を食べ歩いたら、どこも入っているのが男性客ばかりだと気づいて、女性客が来てくれるラーメン屋をつくったら売上が倍になると考えたんだそうです。それで女性向けに考案したメニューがベジソバです。真っ赤なラーメンで、ニンジンのピュレとムール貝が入っています。店主の思惑通り、この店は女性に大人気で、ベジソバはミシュランにも載ってます。

 何が言いたいかというと、2つです。1つ目は、イノベーションというのは賢い人がものすごく考えて起こすものだと思いがちですが、そうではないのです。世の中のイノベーションのほとんどは、当たり前のものの組み合わせです。ニンジン、ラーメン、ムール貝、ありふれたものですね。でも、この3つを組み合わせた人がいなかったのです。

 2つ目は、この店主の趣味は食べ歩きで、世界中の人が食べてるものを全部食べることが夢で、ベルギービールを飲みながらムール貝もいっぱい食べていたのです。ムール貝を食べたことがない人に、ニンジンと合わせようという発想は生まれますかということです。つまり、人と違うことを考えようと思ったら、いろいろなことを知ってるかどうかということがキーポイントになるのです。平たく言えば勉強です。
 大人の勉強を、僕は人、本、旅と呼んでますが、たくさんの人に会って話を聞く、たくさん本を読んでインプットする、現場に出かけていって体で覚える、これ以外ないですよね。ところが、悲しいことに人間は勉強が嫌いです。なまけものです。ひとりではなかなか勉強できません。そこに、ダイバーシティの重要性があると思います。

「会った人、読んだ本、行った場所」が違う人たちを集める

ライフネット生命のダイバーシティ戦略
たとえば、日本の伝統的な大企業をイメージすると、ボードメンバーが20人いたとしても、ほとんどが50代、60代のおじさんですよね。同じ会社で上がってきて、会った人、読んだ本、行った場所、オーバーラップしてるなとすぐ想像できます。ところがグローバルな企業はほとんどが社外のメンバーですから、日本の大企業に比べれば、女性、若者、外国人がいっぱいいる。ということは、会った人、読んだ本、行った場所が全部違うと考えられるので、ムール貝を山ほど食べた人もいる可能性が高い。情報交換する中で、ベジソバも生まれやすい。これがダイバーシティの本当の意味だと思います。

 また、私どもの会社はまだ小さい会社で、開業して7年経って、90人の社員で87億しか売上がないんですね。でも、大手の保険会社は何兆も売り上げていて社員は何万人もいる。そうすると、我々が大手の保険会社と同じような新卒採用をしていたら、戦っても必ず負けます。

 そこで、新卒の定義は30歳未満にしています。グローバルに見たら、大学を出てすぐ就職する人は稀で、しばらくはボランティアをやったり世界を放浪したりしてゆっくり就職活動するわけですから、新卒の定義を30歳未満にすれば、そのような人にも会えます。そして、ものすごく難しいテーマを出して論文を書いてもらいます。たとえば、「ある日、厚生労働省が日本の平均寿命は100歳になりますという予測を発表しました。あなたは今から何をすればいいと思いますか」。このような採用試験を出して、考える力を見て、毎年数名を採用しています。

 小さいベンチャー企業は、本当に人とは違うことを考えることができる人を採用しなければいけません。同じような新入社員を採用していたら、数が多い方に負けるに決まっているからです。そこもダイバーシティの大事なところだと思います。

ライフネット生命の運営の秘訣はプロジェクトに素人を入れること

ライフネット生命のダイバーシティ戦略
ライフネット生命は、ほとんどは保険会社の経験者を中途採用してるんだろうと思われがちですが、実は半分です。半分がほかの業界から来た人です。それに加えて、何かやるためにプロジェクトチームをつくるときは、必ず素人を入れるようにしています。

 たとえば、保険金の支払方法を検討するプロジェクトだと、保険金部のチームが中心ですが、1人か2人は無関係の人を入れたりします。そうすると最初は面倒です。プロなら全て知ってることを素人に1つ1つ教えなくてはいけませんから。ところが、素人が入ってると、素朴な疑問を出して、思わぬ解決策が生まれるのです。2012年に、ライフネット生命では、一部の医療保険の請求時に、医師の診断書の提出を原則廃止にするサービスを開始しました。保険業界では、請求時にお客様に診断書を提出してもらうのは当たり前でした。でも、これにより、お客様は診断書の取得費用数千円が不要になり、手間や時間も省ける。このように、世の中がよくなるんですよね。

 ライフネット生命を創業するとき、お客様からの電話に対応するコンタクトセンターを立ち上げましたが、そのときも素人を入れました。コンタクトセンターは、受付時間はだいたい朝9時から夕方6時までというのが業界の常識だったのですが、そのスタッフが「会社勤めの人は勤務時間に電話なんかできない。おかしいですよ」と言い出して、ライフネット生命は夜10時までを受付時間にしました。プロばかりだと、こういう疑問は起こらない。だから、ダイバーシティというのは面倒ですが、意味があると思います。

大手生保を経て還暦ベンチャーを始めた理由

日本がちょっと貧しくなっていると先ほど言いましたが、これをブレークダウンすると、日本は20代がすごく貧しいのです。厚生労働省の調査では、20代の1世帯当たり平均所得金額は300万円程度です。このデータを見たときに、僕はこの社会を変えたいと思いました。20代で2人で300万円だったら赤ちゃんを産めないでしょう。結婚もしんどいですよね。ということは社会は晩婚化し、少子化になります。

 こんな社会を変えたいと思ったときに、僕は何ができるかと考えたら、日本生命に34年間勤めていて生命保険しか知らないので、ゼロから保険会社をつくって、保険料を半分にして安心して赤ちゃんを産んでもらおうと、60歳でライフネット生命を創業しました。いま、67歳なので7年前ですが、還暦ベンチャーです。インターネットを使えば、保険会社側の経費を抑え、保険料を半分にできるので。長期間働けない状態に備える就業不能保険という保険商品も、生命保険業界で初めて売り出しました。まだ小さい保険会社ですが、商品やサービスがいいと、いろいろな賞もいただいています。

 お客様からいただける評価が高いことは一番うれしいですが、ライフネット生命がどのような思いでどのような保険を提供しているのかは、まだまだ知られてません。だから、本を書いたりブログを書いたりして、一所懸命発信しています。よかったら読んでみてください。今日はご清聴ありがとうございました。
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