昨今の吉本興業ホールディングス(以下、吉本HD)の一連の報道などにより、企業と反社会的勢力(以下、反社)との関係についての問題が注目されている。ともすると、自社や自分とは関係のない遠い世界の話だと思っている方もいらっしゃるかも知れないが、これは決して対岸の火事ではなく、どの企業にも潜在するリスクである。事実、私もかつて飲食店店長であった時、彼らの不当要求に何度も悩まされた。反社との関わりは、職場の士気に大きく影を落とし、ひいては企業経営にも打撃を与えうる問題である。では、そうならないために企業として何ができるか、労務管理の観点から考えてみる。
副業時代に「反社会的勢力」のリスクを回避するための対応策とは

まずは、法務省が平成19年6月に発表した「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(一部抜粋)を見てみよう。

『反社会的勢力を社会から排除していくことは、暴力団の資金源に打撃を与え、治安対策上、極めて重要な課題であるが、企業にとっても、社会的責任の観点から必要かつ重要なことである。特に、近時、コンプライアンス重視の流れにおいて、反社会的勢力に対して屈することなく法律に則して対応することや、反社会的勢力に対して資金提供を行わないことは、コンプライアンスそのものであるとも言える。』

反社勢力に対して毅然とした態度で対応し、 資金の提供や便宜供与などの不当要求に決して屈してはならないということだが、では具体的にどのような対策を講じるべきだろうか。以下、大きく3点に分けて紹介しよう。

(1)社内規則の整備

同指針には、次のように明示されている。

『反社会的勢力による不当要求は、人の心に不安感や恐怖感を与えるものであり、何らかの行動基準等を設けないままに担当者や担当部署だけで対応した場合、要求に応じざるを得ない状況に陥ることもあり得るため、企業の倫理規定、行動規範、社内規則等に明文の根拠を設け、担当者や担当部署だけに任せずに、代表取締役等の経営トップ以下、組織全体で対応する。』

組織として一丸となって反社に対応するには、そのための社内規則の整備が必要である。前述した私自身の飲食店店長時代の経験からも、反社に丸腰のまま個人で対応するのは、不可能に近いことを身に染みて感じている。組織として団結することが必要であり、そのために、対応マニュアルなどを整備することは、取り組みの第一歩といえる。就業規則の服務規定や懲戒規定なども合わせて検討してみたい。

(2)誓約書を求める

職場内に反社を侵入させないことも、重要な対策の一つである。これは労働者の生命や身体等の安全を確保することを使用者に課している、労働契約法上の要請でもある。(労働契約法第5条「安全配慮義務」)

人手不足で採用活動がますます困難になってきている昨今の状況下においては、企業側は応募があると一も二もなく飛びついて(あるいはやむを得ずに)採用してしまいがちであるが、その結果として反社の企業内侵入を許してしまうというリスクも高まってきている。

この対策としては、採用時に、反社との関係が判明した場合にはどのような処分を受けても異議はない、といった内容の誓約書をとることも有効であろう。すでに多くの企業で、守秘義務や競合避止義務などについて誓約書を求めるようになっているが、その中に反社関連の項目を加えることも一考かも知れない。

(3)副業ルールを厳格化する

前述の吉本HD関連の一連の報道では、会社を通さずに行われた、いわゆる「闇営業」が、反社との関わりを持つ大きな原因であると指摘されている。だとすると、これと同様に会社を通さずに行われる副業(「闇副業」)もまた、反社との関わりを持つきっかけに繋がる恐れがありそうだ。

政府主導で副業・兼業が推進されている今、そのリスクは年々高まっていると考えられる。吉本HDは今後、無届けの仕事は禁止して、届け出があった場合には会社が反社チェックを徹底する、としている。各企業においても、副業の許可制や届出制等、ルールの厳格化が検討材料になっていくかもしれない。

今回の吉本HDの問題は、多くの芸人の方々の不満が一気に噴出した出来事でもあった。「芸人ファースト」という言葉もよく耳にしたが、企業における不祥事を防止するためには、「社員ファースト」の社員の立場に立った内部統制(労務管理)が大切であるということを教えてくれているような気がする。かの司馬遼太郎も、作品の中で次のように述べている。

『法治というものは、食料の豊かさと平和を前提とする。』
(司馬遼太郎『項羽と劉邦』より)

法があるから安定と平和があるのか、安定と平和があるから法が必要なのか、いずれにしてもこれらが密接な関連性を持つことは間違いない。処遇やハラスメントなど、あらゆる角度から社内ルールの整備を再検討してみてはいかがだろうか。
出岡社会保険労務士事務所 出岡健太郎

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