
守られない「守秘義務」
行動基準の内容は企業によりさまざまだが、代表的な基準のひとつに守秘義務がある。「社外で業務の話を一切しない」、「社内で見聞きしたことを外部の第三者に話さない」などと定めている企業は多いだろう。一般的に、社員に対する行動基準の指導は、入社時の研修で実施される。その後は、年1回の研修・行動基準の掲示による注意喚起などにより、職場への浸透が図られることもあるようだ。
ところが、このような取り組みによって行動基準に基づいた企業運営が実現できているかといえば、必ずしもそうではないのが現状である。
守秘義務を定めているにもかかわらず、「飲食の席で社内情報を話す」、「通勤時に顧客情報を話題にする」などの事例は枚挙にいとまがない。その結果、社内情報の外部流出によって社会的信用を失墜し、業績悪化にまで至る事例も存在している。
行動基準の遵守は想像以上に難しい
企業が定める行動基準の中には、現実には実践が困難なものも少なくない。前述の「社外で業務の話を一切しない」というルールなどは典型だ。誰しも「自分の話を聞いてほしい」という根源的な欲求を持っている。「社外で業務の話を一切しない」という行動基準は、人間に備わる基本的欲求に反する行為ともいえ、想像以上に自覚と努力を要求される。
そのため、入社時と年1回の研修・行動基準の掲示による注意喚起程度の取り組みでは、常時すべてのメンバーに基準を遵守させることは困難である。どうしても「飲食の席で社内情報を話す」などの行動を取る社員が現れるものだ。
“知識”を“行動”に変える「感情伝染」
それでは、守ることが難しい行動基準を社員に励行させるには、どうしたらよいだろうか。実践困難な行動基準は、単に情報として伝達するだけで社員の日々の行動に根付くことは少ない。情報を与えるだけの教育指導は、“知識” を与える段階に留まるといえよう。頭で理解した “知識” は、無条件に “行動” には反映しない。社員自身が心底、行動基準の重要性・必要性を実感しない限り、現実の “行動” には結び付きにくいものである。ヒトは心が動かなければ、自ら行動を変えないからだ。
たとえば、情報漏えいに関する教育研修を実施すれば、多くのメンバーは情報漏えいが企業に深刻な損害を与える事実を頭では理解できる。しかしながら、飲食の席で会話が弾んだり、仕事終わりで心が弛緩したときなどには、研修で理解した知識よりも自身の感情や欲求が優先されるケースも出てくる。
したがって、メンバーに行動基準を励行させるには、その重要性・必要性を心から実感させる働き掛けが必要になる。そのためには、熱意を持ち、相手の心を揺さぶるように強く訴えかける取り組みが不可欠だ。「私たちにとって守秘義務はいかに必要か」などを、熱意をこめて真剣に語り掛けなければならない。
熱意のこもった語り掛けは、その熱意や真剣な思いが相手にも伝わりやすい。このように、人の感情が周囲へ伝播し、周囲の感情にも影響を与える仕組みを「感情伝染」と呼ぶ。感情が伝染すると、説明内容に対する共感・納得感が生じやすくなる。その結果、頭で理解した情報が実践に移される行動変容が期待できるわけである。単なる情報伝達では、このような心理現象が生じることは少ない。
「熱意」と「反復」の相乗効果でメンバーの行動習慣が変わる
しかしながら、企業研修などで熱意ある語り掛けを行うことは、容易ではない。一般の社員が行う研修では、どうしても情報を伝達するだけの形骸化した説明になりがちだ。研修を担当する社員自身が行動基準の意義・重要性をよほど実感していなければ、熱意ある語り掛けを行うのは困難である。このような役割に最適な人材は、経営者本人などの組織リーダーだろう。経営者は行動基準の策定に直接関与しているケースが多く、企業活動における行動基準の重要性・必要性を痛切に感じている人材が多いからだ。自身の実体験なども交え、切々と訴えることができる。
ただし、1度や2度説明をしただけで、行動基準が職場に定着することはない。リーダーの説明にメンバーが共感したとしても、その共感は時間とともに薄れてしまう。そのため、行動基準を習慣化するためには、何度も説明を繰り返すことがどうしても必要だ。
経営者・リーダーが、事あるごとに行動基準の重要性・必要性を熱意を持って本気で語ることで、初めて組織メンバー一人ひとりの行動習慣が変わり始める。メンバーの新しい行動習慣が組織に根付けば、行動基準を踏まえた、活性化した職場も実現可能だ。
企業経営への影響度が大きい行動基準には、遵守困難なものが少なくない。しかしながら、実践困難な行動基準は、「熱意」と「反復」の相乗効果で職場への浸透が期待できる。リーダーによる熱意ある語り掛けの反復こそが、活性化された職場づくりの原動力なのである。
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