2026年春闘も3年連続で5%台の高い賃上げ水準が維持される見通しとなり、企業にとって賃上げは避けて通れない課題となっている。しかし、歴史的な昇給が続く一方で、人手不足感はなお強く、人件費の増大が収益を圧迫しているとの声も少なくない。賃上げという選択を重ねてきたいま、処遇の在り方そのものを見直す段階に来ている。そのヒントとなるのが「トータルリワード」という考え方である。金銭的報酬と、働きがいや教育機会といった非金銭的価値を統合して提示するその考え方を、具体的に見ていく。
3年連続5%賃上げで事業継続の危機に。人的資本経営にも有効な「トータルリワード」で打開策を

「高水準賃上げ」はどこまで続くのか

2026年の春闘は、連合が「5%以上」の賃上げを目指す方針を掲げ、民間予測でも5%前後の高水準が見込まれている。賃上げが継続すること自体は、働く人の生活を支える前向きな動きである。

一方で、「数字」の競争が続くことへの慎重な見方も出ている。厚生労働省の「令和7年(2025年)賃金構造基本統計調査」によれば、一般労働者の賃金は前年を上回ったものの、大企業と中小企業の格差は拡大傾向にある。資金力の差が処遇格差に直結する構造は、多くの企業にとって重い課題である。

さらに注目したいのが、労働者の意識の変化である。「令和6年雇用動向調査結果」では、転職理由として、男性では「会社の将来が不安だった」、女性では「労働時間や休日などの労働条件が悪かった」とする回答が増えている。賃金水準だけではなく、将来への安心感や働き方の質を重視する傾向が強まってきていることがうかがえる。

加えて、賃上げを実施しながらも価格転嫁が十分に進まない企業も少なくない。人件費の上昇が利益を圧迫する状況が続けば、事業の継続そのものが難しくなる可能性もある。固定費としての賃金をどの水準で維持するかは、経営戦略と直結するテーマである。

さらに忘れてはならないのが、「賃上げの公平感」である。評価制度や役割定義が曖昧なまま一律のベースアップを行えば、成果を上げている層ほど不満を抱く可能性がある。処遇水準の引上げと同時に評価基準の明確化や役割の再定義を進めなければ、組織内の納得性は高まらない。賃金の上昇がかえって内部の不均衡を生む事態は避けたいところである。

こうした状況を踏まえると、賃上げは人材確保のために重要である一方、それだけで組織が安定して成長し続けられるわけではない。処遇を「金額」だけで考えるのではなく、従業員が会社から受け取っている価値全体として見直す視点が求められている。

「金額」から「価値」へ。トータルリワードの設計

トータルリワードとは、従業員への報酬を総合的に捉える考え方である。金銭的報酬(給与・賞与等)に加え、やりがい、働く環境、働き方、成長機会といった非金銭的報酬を組み合わせ、企業が提供する価値の全体像を設計する報酬マネジメントの枠組みである。
トータルリワードの概念
近年、人的資本経営への関心が高まり、有価証券報告書での人的資本情報の開示も進んでいる。企業は「どれだけ支払っているか」だけでなく、「どのような人材投資を行い、どのような価値を生み出しているか」を説明する責任を負うようになった。トータルリワードは、給与や福利厚生を含めた処遇全体を見える化し、自社の人材投資を整理するための考え方である。

賃上げの「次の一手」として、まず取り組みたいのが自社が提供している価値の棚卸しである。昇給通知に併せて、社会保険料の会社負担分や法定外福利厚生、研修費用などを合算した「トータルリワード・ステートメント(個人別総報酬報告書)」を発行することも有効であろう。法定福利費は給与額の約15%に達するが、その実感は十分に共有されているとは言い難い。見える化は、処遇への納得感を高める第一歩となる。

また、非金銭的報酬の強化は、比較的コストを抑えながらエンゲージメント向上を図る手段にもなる。育児・介護と仕事の両立支援が一層重視されるなか、柔軟な働き方の整備は単なる法令遵守にとどまらない。これを「キャリア形成を止めない仕組み」として位置づければ、企業価値の一部となる。

若手層にはリスキリング機会を、ベテラン層には経験と貢献を可視化する評価や表彰制度を、管理職層にはマネジメント研修やキャリアの複線化といった選択肢を提示する。こうした取り組みを戦略的に組み合わせることで、自社独自の報酬パッケージが形づくられていく。

2026年は、賃金の「額」だけでなく、企業が提供する価値の「質」が問われる年になるだろう。トータルリワードという視点を通じて、従業員とどのような関係性を築くか。それが今後の人事戦略の分岐点になるのではないだろうか。
まずは、貴社が現在提供している非金銭的なメリット(研修制度、休暇制度、柔軟な働き方など)を書き出し、「目に見える価値」として言語化してみることから始めてみてはいかがだろうか。
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