従業員に気持ち良く働いてもらい、能力を存分に発揮してもらう点において重要なのが「メンタルヘルス対策」だ。モチベーションやエンゲージメントの向上、生産性の維持、そして休職・離職やトラブルを防止するために、企業にとって欠かせない取り組みといえる。本稿では「メンタルヘルス対策」を進めるうえでの重要性や基本的な考え方、具体的な施策、進めるうえでのポイント、企業事例を解説する。
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「メンタルヘルス対策」の重要性

精神的な不調に陥った従業員は、十分に能力を発揮することが難しくなる。個人の生産性が低下するばかりでなく、組織全体の活力や職場の雰囲気も悪化し、トラブル発生のリスクが高まってしまう。近年はメンタルヘルスの不調に起因する事故、それに伴う労災請求が増加傾向にあり、職場における「メンタルヘルス対策」の重要度は大きくなるばかりだ。

従業員がメンタルヘルス不調に陥らないよう、肉体的・精神的に働きやすい環境を整備し、万が一メンタルヘルス不調に陥った従業員が現れた場合に備えて、早期発見・早期対応の施策にも注力すべきである。

「メンタルヘルス対策」を推し進めるメリット

「メンタルヘルス対策」を推進することで具体的などのような効果が期待できるのか。

●生産性低下の抑止

メンタルヘルスの不調は集中力・判断力・労働意欲などを低下させ、モチベーションやパフォーマンスに悪影響を与える。ストレスを抱えた人が職場にいると、それをサポートする上司や同僚にもストレスがかかるという悪循環が発生することもありうる。

組織的な生産性低下、休職・離職、トラブルなどを回避するためには、リスクマネジメントとしての「メンタルヘルス対策」が不可欠なのである。

●採用力の強化

「メンタルヘルス対策」に積極的な企業では働きやすい職場環境が作られ、労働者のモチベーションとエンゲージメント、従業員満足度が向上するはずだ。働きやすい企業や従業員の健康管理に熱心な企業を表彰する制度としては、一般財団法人 日本次世代企業普及機構(ホワイト財団)が実施している「ホワイト企業認定」制度や、経済産業省の「健康経営優良法人認定制度」などが広く知られている。これらの認定を受ければ企業イメージ・企業価値が向上し、求職者や投資家から“選ばれる”要因となるだろう。

●ハラスメントの防止

メンタルヘルス不調の原因としては、各種ハラスメントによるストレスがあげられる。ストレスに苦しみ精神状態が悪化した従業員は、自身もまたハラスメントに該当する行為に走ってしまうことがある。こうした負のスパイラルを防ぐ意味でも、労働環境の改善やハラスメント防止のための各種施策を含む総合的な「メンタルヘルス対策」に取り組む必要があるのだ。

職場における「メンタルヘルス対策」の3本柱

職場における「メンタルヘルス対策」に取り組む場合、次の3つの段階を意識することが重要だ。

●一次予防…未然防止

まずは「メンタルヘルス不調者を出さない」ことが大切。従業員に過度なストレスを与えないよう労働環境や職場の人間関係を改善し、ハラスメント防止策に注力して、メンタルヘルスの不調を未然に防ぐのだ。労働者自身によるストレスのチェックおよび緩和・解消、すなわちセルフケア(後述)の普及にも取り組みたい。

●二次予防…早期発見と適切な対応

「メンタルヘルス対策」では、早期発見・早期対応が不可欠。自身の不調、部下や同僚の異変に気づくための知識を身につける研修を実施し、相談窓口の開設、産業医による面談、メンタルヘルスを専門とする外部サービスとの連携といった仕組み作り、メンタルヘルス不調について相談しやすい雰囲気作りも進めたい。

●三次予防…職場復帰支援と再発防止


メンタルヘルスの不調が原因で休職せざるを得なくなった従業員が、「周囲に迷惑をかけている」、「成長が遅れる」といった不安・焦りを抱え込まないように、また復職後にメンタルヘルス不調が再発しないように配慮しなければならない。休職中の精神的ケア(産業医との面談など)、復帰時期の適切な設定、復帰直後には無理をさせないような配置転換や勤務形態の配慮、メンタルヘルス不調に陥った原因の排除など、休職~復帰~従来の業務へ戻るまでの流れを制度化することがベストだ。

「メンタルヘルス対策」における4つのケア

厚生労働省では、『職場における心の健康づくり』と題し、前述した一次予防~三次予防の重要性と、下記「4つのケア」を効果的に推進する必要性を説いている。

●セルフケア

労働者がストレスチェックで自身の現状を把握し、趣味や運動でリフレッシュを図るなど、それぞれの方法でストレスを緩和することがセルフケアだ。特にストレスを抱えて働きがちな管理職層にとって大切な手法であり、ストレスやメンタルヘルスに対する従業員の理解促進(教育研修や情報提供)が企業には求められる。

●ラインケア

上司(管理監督者)によるケア。職場のストレス要因の把握と改善、業務量や業務内容の調整、日頃からのコミュニケーション、部下の観察・部下との面談、職場復帰の支援などを通じて、メンタルヘルス不調の予防および対処に取り組むこととなる。管理監督者向けのメンタルヘルス研修の実施が不可欠だ。

●内部EAP

EAPとはEmployee Assistance Programの略で、社内スタッフによる従業員支援プログラムが「内部EAP」である。社内にメンタルヘルスケアの専門家や産業医などを常駐させ、セルフケアやラインケアのサポートを行うことになる。メンタルヘルス研修の企画・運営、相談窓口の設置・運営なども内部EAPの一環といえる。

●外部EAP

都道府県産業保健総合支援センターや医療機関、各種相談機関といった外部の事業者・機関と連携して「メンタルヘルス対策」を実施するのが「外部EAP」だ。社内担当者の負担軽減、より専門性の高い施策実現、幅広い支援などが期待できる。「社内の人には相談したくない」という従業員への対応にも役立つだろう。

「メンタルヘルス対策」の施策10選

実際に職場で「メンタルヘルス対策」をどのように進めれば良いのか。具体的な施策例を10個紹介していく。

●セミナーや研修の実施

セルフケアやラインケアの効果的な実践のためには、従業員や管理監督者がメンタルヘルスの重要性を理解し、ノウハウを身につけることが不可欠となる。ストレスマネジメント関連のセミナー開催や研修の実施、相談窓口からの呼び掛け・啓蒙活動などが企業には求められる。

●ストレスチェックの実施と活用

労働安全衛生法によって、常時50人以上の労働者を使用する事業所には年1回のストレスチェック実施が義務づけられている。労働環境、人間関係、睡眠・食事などストレスに関連した質問(アンケート)に回答してストレスレベルを判定する手法が一般的で、高ストレスと判定された従業員は医師の面接指導を受けることが可能となる。ストレスチェックの結果を分析し、組織においてストレスの原因となっている問題の把握・改善に役立てることも重要である。

●社内コミュニケーションの活性化

コミュニケーション不足は従業員間の信頼関係構築を阻害し、部下・同僚の異変に気づきにくくなるという問題も引き起こす。コミュニケーションツールの導入、モニターをオンにした状態でのリモートワーク、対面ミーティングの定期的な実施、交流スペース設置といったオフィスデザインの工夫などで職場コミュニケーションの活性化に取り組みたい。

●就業規則の整備

従業員に過度なストレスを与える労働条件になっていないか、就業規則を適宜適切に見直す必要がある。また就業規則における休職・復職の規定がメンタルヘルス不調に対応していないとトラブルに発展する恐れがあるため、しっかりと整備しておきたい。

●ハラスメント対策

パワハラ、セクハラがメンタルヘルスの不調を引き起こさないよう、各種ハラスメントやコンプライアンスに関する研修実施や啓蒙にも取り組みたい。また近年では消費者や顧客からの「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が従業員にストレスを与えるケースも増えている。企業としてカスハラとどう向き合うか、対策とマニュアルの整備、弁護士との連携が必要となるだろう。

●ラインケアの強化と管理職に対するケア

ラインケアを適切・効果的に実践できる人材を増やすべく、管理職向けのセミナーや研修には特に注力したい。ただし、部下のメンタルヘルスケアという役割を担うことで管理監督者には大きなストレスがかかる。この部分のケアもまた重要である。

●メンタルヘルス専門部署の設置

現場でのセルフケアとラインケア、不調者からの相談、研修の企画・運営、復職支援などを円滑に進めるべく、「メンタルヘルス対策」専門の部署を設置したい。他の部門と連携した職場環境の改善、管理職の負担軽減など多くのメリットも期待できるはずだ。

●エリア別の「メンタルヘルス対策」

全国各地に事業所を持つ大企業では、組織全体の「メンタルヘルス対策」や現状把握が難しくなる。全国の拠点をいくつかのエリアに分けて各地に「メンタルヘルス対策」人材を配置し、各エリアの情報を本社に集約させて対策を練る、といった手法を採り入れたい。エリアをまたいで転勤する社員の継続的なケア、地域特有のストレスへの対処といった施策も可能となるはずである。

●面談の実施

労働安全衛生法では、医師が長時間労働者や高ストレス者に対し面接指導を実施し、報告書の提出や改善策についての意見陳述をすることとなっている。産業医やメンタルヘルスの専門家を社内に常駐させ、面談実施の円滑化を図りたい。

●外部の産業医やEAPとの連携

常時1000人以上の労働者を使用する事業場では専属の産業医を選任しなければならないが、それ以下の規模で専属・常駐が難しい場合には、外部の産業医に協力してもらうことになるだろう。「メンタルヘルス対策」の部署に十分な人員を確保できない場合にも、外部EAPの活用を検討したい。セルフケアやラインケアの支援、従業員との面談、24時間・365日対応、メンタルヘルス以外のサービス(職場環境改善など)など、社内人材だけでは実現できない厚くて範囲の広い施策を提供している事業者も存在する。

「メンタルヘルス対策」を進めるうえでのポイント

次に「メンタルヘルス対策」を進めるうえで留意しておきたいポイントを4つ挙げていく。

●対策計画の策定

「メンタルヘルス対策」を効果的かつ効率的に進めるには、現状の課題把握から目標設定、具体的な施策の選定、実施スケジュールの策定まで、一貫した計画を立てることが重要である。各部門や従業員の意見も取り入れながら、実現可能で持続性のある計画を立てることが成功の鍵となる。

●方針と施策の周知

「メンタルヘルス対策」は、その場しのぎや単発的なものであってはならない。継続的・計画的な仕組みを作り、その必要性を社内全体に浸透させながら進めるべきである。経営ビジョンやミッションにも「メンタルヘルス対策」重視を盛り込んで、全社的な取り組みにつなげていきたい。

●効果の評価と改善サイクル

セルフケアとラインケア、医師による面談、ストレス要因の排除、復職プログラムの実践、外部EAPの利用といった各種の取り組みは、実際に機能していなければ意味がない。ストレスチェックの結果や生産性などの指標を複合的に分析して各種施策の効果を評価し、必要であれば施策の見直しにも着手すべきである。

●産業保健総合支援センターなど支援事業の活用

独立行政法人労働者健康安全機構では、産業医や衛生管理者の支援などを目的とする「産業保健総合支援センター」を47都道府県に設置している。専門家によるアドバイスや研修、相談窓口の設置支援など、多様なサービスを受けられるので、自社だけで課題解決が難しい場合には積極的に活用したい。

「メンタルヘルス対策」の企業事例

実際にさまざまな企業が展開している「メンタルヘルス対策」の事例を紹介していきたい。

●ウェルフェア三重

有限会社ウェルフェア三重は、介護業界では珍しい「週休3日制」と「夜勤専従制度」を導入し、職員のワークライフバランスを大幅に改善した。これにより、心身の負担が軽減され、メンタルヘルスが安定。さらにキャリアコンサルタントによる定期的なキャリアカウンセリングや相談窓口を設け、個々の悩みやキャリア形成をサポートしている。結果として、離職率の低下や採用力の向上、欠勤・事故率の減少など多くの成果を生み、介護サービスの質向上にも直結。職員が私生活を犠牲にせず働ける環境づくりが、地域の他施設にも波及し、地方活性化にも貢献している。

●大東建託

全国に支店が分散しているにもかかわらずストレスチェック実施率94%前後という高い受検率を実現していた同社だが、その目的と意義、活用方法についての周知は十分ではなかった。そこで各支店の産業医や衛生管理者の連携を強化するとともに、定期的に開催している安全衛生委員会を“周知の機会”として活用。結果、メンタルヘルス関連の相談が倍増するなど、「メンタルヘルス対策」に関する従業員の認知度や意識が大幅に改善した。

●ワークライフ・エンカレッジ

管理職に「メンタルヘルス対策は難しいし負担が大きい」と感じさせず、かつ職場環境にポジティブな影響を及ぼすようなラインケア研修を開発。“アプリシエイティブ・インクワイアリー(Appreciativeは「価値を見出す・認める」、Inquiryは「問いかける・質問する」の意)”の考えに基づき、参加者が1対1で、じっくりと時間をかけて対話(1人30 分・往復60分)するハイポイント・インタビューの手法を導入した。結果、相手への肯定的な再評価、尊敬や安心感といったポジティブな反応が大きくなる効果を得られたという。

まとめ~「メンタルヘルス対策」が企業としての持続的な成長につながる

一次予防~三次予防の「3つの段階」の重要性を理解し、セルフケア、ラインケア、内部EAP、外部EAPといった「4つのケア」を効果的に実施できれば、メンタルヘルス不調者は減少する。離職率・休職率は低下し、トラブルやミス、各種ハラスメントは減少、従業員のモチベーションとエンゲージメントは向上するはずだ。ストレス要因の排除など労働環境の改善によって組織としての生産性は上昇し、企業イメージも良化するだろう。

逆にメンタルヘルスを軽視する企業は社員や求職者に不信感を抱かせ、休職・離職が増え、採用にも苦労することになる。

「メンタルヘルス対策」は法律上の義務ではあるが、それ以上に、採用の強化、業務効率の改善と生産性向上など、企業としての持続的な成長につながる取り組みであるといえる。その点を意識しつつ、積極的に推進したいものである。



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