
精神疾患リスクは「量」ではなく「質」が誘う
忙しければ達成感もある。残業が続いても、一つひとつのタスクが完結すれば小さな成功体験が積み重なる。ところが前に進んでいる実感がまったく持てない状態では、時間がいくらあっても空回りするばかりで、「自分には何もできない」という無力感が心を蝕んでいく。この「無力感の蓄積」こそが、精神疾患への最短経路のような気がする。この問題に対し、東京大学名誉教授で失敗学の権威でもある畑村洋太郎先生の知見は、極めて実践的なソリューションを提供してくれる。
失敗とは「未知との遭遇」
畑村先生が提唱する失敗学の出発点は、失敗の定義を根本から変えることから始まる。失敗とは「人間が関わって行う一つの行為が、はじめに定めた目的を達成できないこと」であり、そこに善悪の価値判断は含まれない。失敗は「許されざる過ち」ではなく、設定した目的と現実のズレという「現象」に過ぎないと定義されている。この視点を「先が見えない」状況に当てはめると、重要な示唆が浮かび上がる。仕事の答えが見えないということは、すなわち「未知の領域に足を踏み入れた状態」にほかならない。先生はこれを「未知との遭遇」と表現し、むしろそこに学びと創造の種が宿ると説かれる。問題が解決できないのは、自分の能力が低いからではなく、まだ知識が追いついていない局面にあるからだ。このように認識を変えるだけで、無力感は大きく和らぐというのだ。
処方箋(1):問題の「見える化」と「事前シミュレーション」
「先が見えない」状態の本質は、問題が曖昧なまま頭の中で渦を巻いていることにある。このとき先生が強く推奨するのが「見える化」作業である。問題を「事象・経過・原因・対処・総括」という五つの項目で言語化し、紙の上に書き出す。この作業により、漠然とした不安が具体的な課題へと分解され、「何が分かっていて、何が分かっていないのか」が明確になる。さらに重視されるのが「事前のシミュレーション」である。取り組む仕事に関して、上手くいく場合・上手くいかない場合を含め、あらゆる展開をシミュレーションしておくことで、たとえ想定外の出来事が起きても「これは考えていたパターンの一つだ」と受け止めることができる。結果として心の動揺が小さくなり、冷静な判断力を維持できる。精神的な安定とは「問題が起きないこと」ではなく、「起きたときに慌てない準備ができていること」であるとされる。
処方箋(2):小さなトライを重ねる「適応的前進」
答えが見えないとき、人は往々にして「完全な解答が見つかってから動こう」と考え、思考と行動が停止してしまう。これが最も危険なパターンである。畑村先生の失敗学が提唱するのは、これとまったく逆のアプローチ─小さく素早いトライ・アンド・エラーの繰り返しによる「適応的前進」である。先生はワクチンの比喩を用いて、弱毒化した病原体をあえて体内に入れることで免疫を獲得するように、管理可能な小さな失敗を積み重ねることで、人間は「失敗への耐性」を身につけることができる、とされている。問題が解けないまま完璧な解答を待ち続けるよりも、小さな仮説を立てて試し、そこから学びを得て次の一手を打つことを繰り返すほうが、精神的にも結果的にも優れた戦略となる。
この「試した」、「動いた」という行動の事実が、無力感の対極にある「前進感」を生み出し、精神疾患リスクを下げる最大の防波堤となると説いておられる。
処方箋(3):「待つこと」も戦略
それでも、「先が見えない」状態が長く続けば、心のエネルギーは確実に消耗していく。先生は著書『回復力─失敗からの復活』の中で、このような状態への処方箋を「待つこと」という言葉で示されている。失敗や困難によって膨大なエネルギーが失われているとき、無理に正面突破しようとしても良い結果は生まれない。まず「今の自分は立ち向かえる状態にない」と潔く認め、エネルギーが回復するまで待つことこそが最善の対処法であると説かれる。
また「大失敗しても、すべてが自分のせいではないと考えることが重要だ」とも述べておられる。問題が解けないとき、人は自己嫌悪に陥りやすいが、複雑な仕事には環境の変化・情報の不足・組織の問題など、自分ではコントロールできない要因が必ず混在している。それを客観的に切り分けることで、心理的なダメージを適切な範囲にとどめ、回復力を温存することができると説かれる。
「先が見えない」ことを怖れない技術
「先が見えない状況」に立たされることは、仕事をする限り避けて通れない。しかし、畑村先生の知見は、霧を無理に晴らそうとするのではなく、霧の中でも一歩を踏み出せる「思考と行動の技術」を与えてくれる。その技術こそが、精神疾患に陥ることなく、不確実な仕事と向き合い続けるための最良の武器となるに違いない。- 1
