いま、「新規事業」、「事業開発」、「イノベーション」があらゆるところで喧伝されていますね。当社に寄せられる幹部採用ニーズにおいても、これらをリードする責任者の依頼が非常に多いです。こうしたニーズの本質を考えてみると、「答える力」(課題解決力)以上に、「見つける力」(発見力)に光が当たっているのだと考えられます。これは、決して「答える力」(課題解決力)が不要になったということではありません。ただ、既に存在している課題やテーマを解決するだけでは、「VUCA」と言われる大激変・不透明な時代において生き残れなくなっているということなのです。
今回、「見つける力」をテーマに“経営幹部育成”を考える皆さんに、ぜひともご紹介したい法則・方程式が、『イノベーションのDNA』(クレイトン・クリステンセン、ジェフ・ダイアー ほか 著)という書籍に記されています。クリステンセン氏らは同書の中で、優れたイノベーターは「発見力」が高く、その「発見力」を高めるにあたって“5つのスキル”が発揮されていることを明らかにしました。
その5つのスキルとは、「関連づける力」、「質問力」、「観察力」、「ネットワーク力」、「実験力」です。
第10回:「事業開発」ブームのいま育てたい“経営幹部の発見力”。イノベーション創出に必要な5つのスキルとは

「発見力」の高い人が駆使する“4つのスキル”

イノベーターは、決して「無」から「有」を生み出している訳ではありません。通常では結びつかないような“あちら”と“こちら”のものを、「関連づける力」をふんだんに働かせて結びつけることで、新たなものを見つけたり生み出したりしています。関連づけが起きるのは、脳が目新しいインプットをさまざまな形で組み合わせ、理解しようとするときです。この能力のおかげで、イノベーターは一見無関係に見える疑問や問題、アイデアを結びつけ、新しい方向性を見出すことができるのです。

そもそも、画期的な飛躍的前進は、多様な領域や分野が交わるところで見られることが多いです。著述家のフランス・ヨハンソンは、この現象を「メディチ現象」と名づけました。ルネサンス期のメディチ家が、彫刻家、科学者、詩人、哲学者、画家、建築家など、様々な分野から優れた人材をフィレンツェに呼び集めたことで、世界史上で最も革新的かつ創造的な時代・ルネサンスが開花したことに呼び擬えたものです。

イノベーターは次のようなスキルを駆使して、イノベーティブなアイデアの元になる“アイデア成分”の在庫を増やし、「関連づける力」を誘発するのです。

まず、イノベーターは「質問の達人」で、物事の探求に情熱を燃やします。彼らは現状に異議を唱えるような質問をよくします。これについて、代表的な人物としてスティーブ・ジョブズ氏を思い浮かべる方が多いのではないかと思います。有名か無名かを問わず、新たなサービスやソリューションを立ち上げるベンチャー経営者などは、それぞれが世の中の「不」や「社会課題」をそのままにしない姿勢から起業しているものです。

また、イノベーターは「飽くことを知らない観察者」でもあります。顧客、製品、サービス、技術、企業など、周りの世界に注意深く目を光らせ、観察を通して新しい方法の元になる洞察やアイデアを得ています。一般の人たちと同じ生活空間にいながら、私たちは見過ごしてしまうようなことを、イノベーターは見逃しません。「カラーバス効果」(colorbath effect:ある特定のものを意識し始めると関連情報が自然と目に留まりやすくなる心理効果)というものがありますが、イノベーターの頭と心には常に自身のテーマのアンテナが立っているため、その環境に存在している情報がフックされるのです。

そもそもイノベーターは、多様な背景や考え方をもつ人たちとの幅広いネットワークを通じてアイデアを見つけたり試したりするのに、かなりの時間と労力を費やしているものです。さらに、常に新しい経験に挑み、新しいアイデアを試しています。頭の中での思考や、実際の経験を通して、常に世界を飽くことなく探求し、様々な仮説を検証しているのです。こうした「ネットワーキング」や「実験」に、一定以上の時間とお金を使うのがイノベーターなのです。

経営幹部に特に必要な「質問力」

経営幹部各位にとって、特に「質問力」の有無が、事業執行や組織リーダーシップでの成果の出し方において、非常に大きな格差を生みつつあるように私は感じています。そもそも経営幹部のみならず、ビジネスパーソンにおいては、目の前の顧客ニーズや業務課題、あるいは自分の失敗とその改善策に気づける人と気づけない人とで、仕事力に明らかに大きな差が出ています。

役職を問わず、会議や商談、あるいは転職面接などにおいて、質問ができない人というのは、今回ご紹介したようなスキルが欠けている、あるいは情報のアンテナが立っていないケースがほとんどでしょう。そうした人は、相手から見て、「この人は大丈夫だろうか」、「本当に理解しているのかな」、「何かあった時にちゃんと対応できるのだろうか」といった疑問や不安を抱かれてしまいます。これでは期待や信頼を獲得することは難しいですよね。

一方で、本質的かつ的確な質問をしてくる人というのは、相手にとって「ちゃんと理解してくれている」、「そんなところにも気がつくのか」、「なるほど、確かにその部分も確認した方がよいな」といった形で、安心・信頼できるものです。

そもそも質問できる力というのは、その人の好奇心や現状を変えたいという“変革の意志”に比例しますので、結果として質問力の高い人が学習力、成長力も高く、リーダーシップも発揮することになるのです。

いかがでしょうか。「発見力」を高める5つのスキルとは何か、いかに発揮されるかについて、まずご理解頂きました。とはいえ、「自分はそのようなスキルを持っていないし、どうすればよいのだろう」とお考えの読者の方もいらっしゃるかもしれません。しかし、この5つのスキルは決して「天性のセンスによるもの」ではなく、「意識して身に付けることのできるもの」なのです。

稀代のイノベーターたちが共通して語った「3Pの枠組」とは

クリステンセン氏らは『イノベーションのDNA』を著すにおいて、アマゾンのジェフ・ベゾス、セールスフォースのマーク・ベニオフなど、世界を代表するイノベーター(その多くが創業者であることにも、イノベーターの秘密・秘訣は関連づけられているようです)に直接インタビューを行っています。また、スティーブ・ジョブズ、リチャード・ブランソン、ハワード・シュルツなどが残した多くの発言記録や自伝などからも引用を試みて、イノベーターが共通して発揮する「発見力」とそれを高める5つのスキルについて見出しました。

これらのイノベーションに秀でた創業者たちに、「イノベーティブな組織やチームを作る秘訣は何ですか?」と尋ねると、彼らからは判で押したように同じ答えが返ってきたといいます。

「彼らは自分に似た(つまりイノベーションに秀でた)人材を集め、自らも活用するイノベーションに必要なスキル(質問力、観察力、ネットワーク力、実験力)を高めるプロセスを導入し、哲学(社員の一人ひとりに、イノベーションを起こし、スマート・リスクをとるよう奨励する文化)を育むことの重要性を一貫して力説した。また最もイノベーティブな企業ランキングに入った、その他の企業の観察結果からも同じことが明らかになった」(『イノベーションのDNA』から抜粋)


ここからクリステンセン氏らは、これらを組織的に高めるには、「人材:People」、「プロセス:Process」「(企業の)哲学:Philosophy」の3つからアプローチすればよい(「3Pの枠組」)ことを明らかにしました。

あなたの会社・組織の「イノベーティブ度」チェック

読者の皆さんが、自社や自組織、チームがイノベーティブであるか、あるいは転職先がイノベーティブであるかをチェックするには、この3Pを確認するのがよいでしょう。具体的には、以下のような項目です。

・経営陣や組織リーダーが、自らイノベーションの陣頭指揮を執り、発見力に優れている

・イノベーションプロセスのすべての管理者レベル、事業分野、意思決定段階に、発見力指数の高い人材が適切なバランスで配置されるように常に気を配っている

・従業員に関連付け、質問、観察、ネットワーキング、実験を明確に促すプロセスがある

・発見志向型の人材を採用、養成、優遇し、昇進させるためのプロセスがある

・企業、組織が以下の4つの指針となる哲学によって支えられている
 (1)イノベーションは全員の仕事であって、研究開発部門だけの仕事ではない
 (2)破壊的イノベーションにも果敢に取り組む
 (3)適切な構造をもった少人数のイノベーション・プロジェクト・チームを数多く用いる
 (4)イノベーションの追求においては賢明なリスクをとる


皆さんの会社や組織はどうでしょう? 経営幹部各位は、こうしたチームを作っている、あるいは作ろうと試みているでしょうか。

「発見力」および“5つのスキル”を強化する具体的な方法とは

さて、では皆さんの会社の経営幹部が「発見力」を磨くために、上述の5つのスキルを強化するには、どのようなことをすればよいのでしょうか。

クリステンセン氏らは、私たちが発見力を磨くには、「優先順位や時間の使い方を見直し、発見・実行・人材開発に時間を当てる」、「発見力を自己診断する」、「イノベーションに関わる切実な問題を探す」、「発見力を練習する」、「コーチを見つける」といったことに取り組むのがよいとアドバイスしています。

これらをかみ砕いていくと、そもそもどのようなイノベーションを起こしたいのかという「自己テーマを設定する」、「発見力・5つのスキルを使う時間を確保、投資する」、および、コーチとなりうる人からのアドバイスも受けながら「徹底的に5つのスキルを使ってみる」ということですね。

また、『イノベーションのDNA』では、以下のような具体的アクションが紹介されています。

【関連づける力を伸ばす】
・強制的に新しい関連づけをしてみる
・別の会社に立ち替わって考え、「自分の会社と提携や協業をするなら」と考えてみる
・喩えを考える
・思考法の「おもしろ箱」(アイデアメモなど)や「SCAMPER」を使ってみる

【質問力を伸ばす】
・「いまどうなのか(誰、何、いつ、どこ、どのように)」、「なぜこうなったのか」という視点で対象の説明をし、「なぜなのか?」、「なぜ違うのか?」、「もし○○だったら」、「どうすれば?」という視点でその対象を破壊する説明をしてみる。

【観察力を高める】
・顧客(個人、企業)を観察し、「片付けるべき用事(ジョブ)」を特定する
・琴線に触れたもの(サプライズ)を観察する
・五感をフルに活用する

【ネットワーク力を磨く】
・人脈の幅を広げる(自分と異なる背景、考え方を持つ人たち)ためのリストアップをする
・そうした人たちと会うためのランチや会食、会議、イベントなどの計画を作り、実行する

【実験力を培う】
・物理的障壁を越える
・知的境界を越える
・新しい技術を身につける
・製品を分解する
・試作品をつくる
・新しいアイデアを試験的に導入する
・トレンドを探す。


盛りだくさんで、一気には到底できませんが、読者の皆さんもぜひ、ご自身が特に強化したいものから日常の中に少しずつでも取り入れてみると、新しい気づきに折々出逢えるようになるのではないでしょうか。

経営幹部育成に取り組んでいる経営者および人事担当者各位は、これらのアクションについて、経営幹部各位に取り組みを要請し、成果をチェックしていくと効果的でしょう。

「マネジメントの父」と言われるドラッカーは、イノベーションについて、「変化の兆しを捕まえる」、「変化はコントロールできない。できることは、その先頭に立つことだけである」と語りました。この大きな時代変化の局面に、ぜひ「見つける力」(発見力)を強化して、変化の兆しを捕まえ、その先頭に立ちましょう。

それがすなわち、事業開発力を高める、発揮することにほかなりません。
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