HR総研(ProFuture株式会社/所長:寺澤康介)は、一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアム(代表理事:香川憲昭)、一般団法人人的資本と企業価値向上研究会(代表理事:松岡仁)と共同で、人的資本経営と開示に関する企業・団体等の取組状況を大規模調査する「人的資本調査2025」を2025年9月から12月にかけて実施した。
本調査に対して回答期限までに調査票を提出いただいた160社について、本調査の全体傾向として以下に報告する。

回答企業160社の属性概要

本調査に回答した企業の属性は以下のとおりである(図表1-1、1-2)。

【図表1-1】業種

HR総研:人的資本調査2025 結果報告

【図表1-2】従業員規模

HR総研:人的資本調査2025 結果報告

人材戦略の重心は何か、エンゲージメント重視の加速と業種別優先課題

まず、「人材戦略の中で重要視している指標」について見ていく。
この項目は、本調査にご回答いただいた企業が自社の人材戦略において、どのような指標を特に重視しているかを確認したものとなっている。
全体の傾向を2024年に実施した前回調査(以下「前回」)と比較して見ると、今回調査(以下「今回」)では「エンゲージメント」(50%)が突出して最多となり、前回(40%)から10ポイント上昇した。次いで「育成」(28%)、「ダイバーシティ」(26%)が続いている。上位3項目の構図自体は継続しているが、「育成」が「ダイバーシティ」を上回った点が注目される(図表2-1)。

【図表2-1】人材戦略の中で重要視している指標

HR総研:人的資本調査2025 結果報告

業種別に「人材戦略の中で重要視している指標トップ5」を見ると、業種によって人材戦略上の優先指標に明確な違いが見られる。「金融」では「育成」が最上位で7割近くに上っており、高度専門人材の内部育成やスキル高度化が競争力の源泉となっている業界特性が反映されていることも一因と考えられる。一方、「情報・通信」では「採用」や「定着」が相対的に高く、人材流動性の高い市場環境の中で確保と流出防止が重要課題となっていることがうかがえる。さらに「サービス」では「採用」の割合が比較的高く、人手不足が事業継続に直結する労働集約型産業としての構造的課題が表れている(図表2-2)。

【図表2-2】業種別 人材戦略の中で重要視している指標トップ5

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経営層の関与は3.18で最高水準。施策実行は進展も、データドリブンに課題

ここからは、「各領域における取り組み水準」を見ていく。
まず、本調査の調査項目について説明する。本調査では、大項目として「全社的な人的資本経営の体制」、「リスクと機会の分析と戦略の立案」、「人的資本投資の実行」、「データドリブンなPDCAサイクル」、「ステークホルダー開示と対話」の5つの領域に分け、各大項目の下に合計13個の中項目を配置している(図表3-1)。
今回の調査では新たに、人的資本に関連するSSBJ基準および今後予定される内閣府令改正を意識した設問を追加している点が特徴である。具体的には、SASB基準の考慮状況、人的資本と財務指標の関連付け、人的資本に関するリスク管理体制の整備・開示、人材育成方針・社内環境整備方針・給与決定方針の策定状況などを把握する項目を盛り込んだ。これにより、単なる施策実施状況にとどまらず、制度改正や投資家要請への対応度合いを多面的に捉える設計となっている。

【図表3-1】本調査の調査項目一覧

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まず、各領域における中項目の取り組み水準の平均値を見ると、取り組み水準にはばらつきがあることが分かる。比較的高い水準にあるのは、「人的資本投資の実行」や「全社的な人的資本経営の体制」に関する項目であり、特に「経営層の関与」が3.18で最高値となっている。したがって、多くの企業で経営層がコミットした上での施策の実施そのものは進んでいることがうかがえる。一方、「データドリブンなPDCAサイクル」や財務指標との関連付けなどが含まれる「ステークホルダー開示と対話」の平均値は、分析・高度化に関わる項目が相対的に低水準であることを表している。すなわち、「施策を行う段階」から「効果を測定し、経営戦略と結び付ける段階」への移行が、今後の重要な課題であることが示唆されている(図表3-2)。

【図表3-2】各領域における中項目の取り組み水準平均値

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業種別に見ると、取り組み水準の傾向には差が見られる。総じて「運輸・エネルギー」では各領域の平均値が高く、体制整備や開示対応を含めた人的資本経営が相対的に進展していることがうかがえる。一方、「商社・流通」では複数の項目で平均値が低めとなっており、体系的な取り組みという点では改善余地があると考えられる。「運輸・エネルギー」や「金融」は概ね全体平均を上回る水準にあり、事業環境の変化や規制対応を背景に、人的資本を戦略的に位置づける姿勢が比較的明確であることがうかがえる(図表3-3)。

【図表3-3】業種別 各領域における中項目の取り組み水準平均値

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次に、従業員規模別に見ると、従業員規模が大きい企業ほど各領域における取り組み水準の平均値が高い傾向が確認できる。特に5,001名以上の大企業では、全ての項目で相対的に高い水準を示しているが、その背景には、当該層に東証プライム市場上場企業(プライム企業、以下同じ)が多く含まれている点が影響していると考えられる。プライム企業はコーポレートガバナンス・コードや機関投資家からの要請に対応する必要があり、人的資本情報の開示や戦略との連動が強く求められる立場にある。一方、1,000名以下の中堅・中小企業では取り組みレベルが比較的低い項目も見られ、人的資本経営の取り組みレベルの高度化には、規模に応じた体制整備とデータ基盤の強化が課題となっているようだ(図表3-4)。

【図表3-4】従業員規模別 各領域における中項目の取り組み水準平均値

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エンゲージメント施策の効果検証は進むも、育成の処遇連動は4割にとどまる

調査項目の中で、前述した「人材戦略の中で重要視している指標」として上位2項目に挙がった「エンゲージメント」と「育成」について、設問レベルの回答結果を見ていく。
図表2-1および図表2-2で「人材戦略の中で重要視している指標」として上位に挙がった「エンゲージメント」に関して、設問レベルでその取り組み状況を確認したものである。全体としては、エンゲージメントを測定した上で改善アクションまで実施している企業が多数を占めており、重視指標として掲げるだけでなく、実務レベルでの取り組みが一定程度進んでいることがうかがえる。だたし、業種別に見ると「情報・通信」や「運輸・エネルギー」では、効果検証まで踏み込んでいる割合が比較的高いのに対し、「サービス」など一部業種では測定にとどまる企業の割合が高いなど、実行度合いには差がある。重視度の高さと実際の高度化水準との間にはギャップも存在しており、今後は定量的な効果検証と継続的改善が期待される(図表4-1)。

【図表4-1】業種別 社員のエンゲージメントレベルの充実化

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重視指標の上位に挙がった「育成」に関しても、設問レベルで具体的な取組み状況を確認してみる。
全体としては、不足しているスキルや専門性を特定し、重点領域を定めた教育研修を実施している企業が一定数を占めており、育成の重要性は広く認識されていることが分かる。一方、スキル習得と処遇改善を連動させる段階まで到達している企業の割合には業種差が見られる。特に「サービス」では当該水準にある企業が約43%と最も高く、次いで「運輸・エネルギー」が約36%、「金融」が約33%となっている。人材の専門性向上と処遇の結び付きが人材確保・定着に直結しやすい業種において、比較的積極的な取り組みが進んでいると考えられる。ただし、いずれの業種においても4割程度以下にとどまっており、育成方針と報酬制度を戦略的に連動させる取り組みは、なお発展途上の段階にあることが示されている(図表4-2)。

【図表4-2】業種別 必要なスキル・専門性の特定と人材育成への投資強化

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SSBJ基準対応で求められる、人的資本と財務情報の接続は13%にとどまる

次に、今回調査で追加した「SSBJ基準および内閣府令改正の内容に関する項目」の企業の取り組み状況を確認してみる。

SSBJ基準では、人的資本を含むサステナビリティ関連リスクと機会を財務情報と結び付けて開示することが求められている。関連設問において、「人的資本の取組と財務指標の関連について定性・定量ともに整理し、人的資本が財務にどの程度定量的に影響を与えるかを社外に開示している」とする企業は僅か13%と1割程度にとどまり、逆に「検討出来ていない、あるいは検討を始めた段階である」とする企業が48%と約半数を占めている(図表5-1)。
本調査の他調査項目において「自社の人的資本に係る取り組みを企業価値向上につなげるよう、ストーリーを構築した上で外部に開示している」とする企業が6割以上に上っていることが確認できている。しかし、本図表が示すように、具体的に財務指標との関連性まで整理・提示できている企業は限定的である。この結果は、戦略ストーリーとしての説明は進んでいるものの、それを定量的な財務成果やKPIとの関係で裏付ける段階には至っていない企業が多いという現実を示唆している。SSBJ基準を意識した取り組みを進める上で、今後は、人的資本に関する取り組みをストーリーとして提示するだけでなく、それが収益性や成長性、リスク管理にどのように影響しているのかを示す分析基盤の整備が求められる。ストーリーと財務指標を接続できるかどうかが、人的資本経営の次のステップとして重要な視点となるだろう。

【図表5-1】財務等へのインパクト可視化

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人的資本の開示に当たりSASB基準をどの程度考慮しているかは、SSBJ基準への対応状況を測る重要な指標である。「SASB基準の考慮」の状況を見ると、「SASB基準を意識し、自社が該当する重要テーマは概ね開示に含めている」とする企業は29%と3割程度にとどまる。一方、「重要テーマの一部を開示に含めている」が22%、「意識しているが開示には反映できていない」が18%、「SASB基準を考慮していない、または開示していない」が31%となっている。
したがって、SASB基準を一定程度でも開示に反映できている企業は約半数にとどまり、残りの約半数は十分に活用できていない状況であることが分かる。SSBJ基準では、国際的なサステナビリティ開示基準との整合性が重視されており、業種別に重要性が高いテーマを特定し、投資判断に資する情報として開示することが求められる。とはいえ、2027年3月期から時価総額3兆円以上のプライム市場上場企業を皮切りに、SSBJ基準に基づくサステナビリティ情報の開示が段階的に義務化される予定であり、当該基準の設計においてSASB基準の参照が求められている。そのため、現時点でSASB基準を十分に開示へ反映できていない企業が一定数存在することは、制度対応がまだ初期段階にあることを踏まえれば必ずしも不自然ではない。ただし、今後は適用対象の拡大が想定される中で、業種ごとの重要テーマを特定し、人的資本情報を財務影響と関連付けて説明する体制整備が求められる。制度対応を契機として、自社の事業特性に即した開示の質を高めていくことが、企業価値向上の観点からも重要となるだろう(図表5-2)。

【図表5-2】SASB基準の考慮

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続いて、2026年3月期の有価証券報告書から適用される内閣府令改正で対応が求められる「経営戦略と連動した人材戦略の外部開示」の状況を確認する。結果を見ると、「経営戦略と連動した人材戦略を策定し、文章および全体像を図示して外部に開示している」とする企業が最多で61%に上っている。また、「経営戦略と連動した人材戦略を策定し、外部に開示しているが、全体像の図示はしていない」(12%)、「戦略は策定しているが、外部へ開示していない」(19%)といった段階の企業も一定数存在しており、全体としては人材戦略の言語化・可視化は進みつつあることがうかがえる。

前述の通り、SSBJ基準ではサステナビリティ情報を財務情報と関連付けて開示することが求められており、内閣府令改正においても企業戦略と結び付けた人材戦略の開示が重視されている。その観点から見ると、人材戦略の外部開示は広がりを見せているものの、今後はその内容をどのように企業価値や財務成果と結び付けて説明していくかが、開示の質を一段と高める上で重要なポイントとなっていくだろう(図表5-3)。

【図表5-3】人材戦略の外部開示

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次に、人材戦略に基づき「人材育成方針」「社内環境整備方針」「報酬決定方針」の3つの取り組み方針が策定されているかを確認する。これら3つの取り組み方針の策定は、内閣府令改正への対応状況を測る重要な指標となっている。回答結果を見ると、3方針すべてを策定している企業は48%、2方針を策定している企業は33%となっており、合わせて8割超の企業が一定程度方針整備を進めている。一方、1方針のみ、あるいは未策定の企業も2割弱存在している(図表5-4)。
内閣府令改正では、人材戦略の具体化としてこれら3方針の開示が求められており、育成・環境整備・報酬を一体的に設計しているかが問われる。したがって、今後は方針の有無にとどまらず、その具体性と整合性が、開示の質を左右する重要な論点となるだろう。

【図表5-4】人材戦略に基づく以下3つの取組方針の策定
①人材育成方針 ②社内環境整備方針 ③従業員給与・報酬の決定方針

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働きやすさ・パーパス浸透は6割超。従業員基盤の整備が進展

前述してきたSSBJ基準や内閣府令改正に関連する項目は、投資家の視点で重視する項目が中心となっている。一方、従業員向けの施策として重視すべき項目にも目を向けてみる。
まず、「働きやすい職場環境づくり」について確認してみる。本調査では、健康経営の推進や多様で柔軟な働き方の整備、制度改革などに関する取り組み状況を確認している。その結果、これらの施策をすべて実施している企業は61%と6割を超え、さらに一定程度の効果検証まで行っている企業も少なくない。人的資本経営が投資家視点での開示対応を強化する方向に進む一方で、従業員の健康や働き方といった基盤的テーマについては、着実に取り組みが広がっていることがうかがえる(図表6-1)。 健康経営や柔軟な働き方の推進は、短期的なコスト増を伴う場合もあるが、中長期的には生産性向上や離職防止、エンゲージメント向上につながる重要な基盤施策である。制度改正や開示高度化が進む中にあっても、こうした従業員体験の向上を支える取り組みは、人的資本経営の土台として引き続き重視されるべき領域であるだろう。

【図表6-1】働きやすい職場環境づくり(健康経営と働き方改革)
①健康経営
②多様で柔軟な働き方を実現するための業務DX(Web会議システム等)
③多様で柔軟な働き方を実現するための制度改革(在宅勤務、副業等)

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次に、「パーパスの社内浸透に向けた取り組み」について確認してみる。本調査では、①経営層と社員の対話の場の設定、②社員の行動指針等への反映、③人事考課や採用基準等への反映、④サーベイ等による浸透度の把握・分析という4つの取り組み状況を確認している。その結果、「すべて行っている」とする企業は58%と6割近くに達し、「うち3つは行っている」(21%)を含めると79%と8割近くにも上る。理念やパーパスを掲げるだけでなく、対話・制度・評価・測定といった仕組みに落とし込む動きが広がっていることがうかがえる(図表6-2)。
投資家視点での開示高度化が進む一方で、パーパスの浸透は従業員の行動変容や組織の一体感を支える基盤である。とりわけ人事考課や採用基準への反映、サーベイによる浸透度の把握は、理念を経営管理の枠組みに組み込むアクションといえる。外部への説明と同時に、内部での体現をどこまで制度化できるかが、人的資本経営の実効性を高める重要な要素となるだろう。

【図表6-2】パーパスの社内浸透に向けた取り組み
①経営層と社員の対話の場を設定
②社員の行動指針等への反映
③人事考課や採用基準等への反映
④サーベイ等による浸透度の把握および分析

HR総研:人的資本調査2025 結果報告

「社員のキャリア自律支援」についても確認してみる。
結果を見ると、「キャリア自律支援の重要性について、社員へのメッセージ発出に加え、社内公募や社内副業、社外出向制度等の取組みを行っており、利用実績も十分である」とする企業が最多で56%と過半数を占めている。一方、「取組みを行っているが利用が進んでいない」は17%などと、制度・施策の整備状況だけでなく、実際の利用・定着という観点で成熟度に差があることがうかがえる(図表6-3)。
人的資本経営の高度化が進む中で、キャリア自律支援は従業員の成長と定着を後押しし、結果として生産性向上やエンゲージメント向上にもつながり得る重要な基盤といえる。したがって、今後は施策の有無にとどまらず、利用実績の拡大や制度の実効性を高める運用面の工夫が、人的資本経営の持続性を左右する論点となるだろう。

【図表6-3】社員のキャリア自律支援

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KPIのリアルタイム可視化は8%。データ基盤の高度化に依然として課題

ここからは、人的資本データの整備状況について確認していく。2024年までの同調査においても、人的資本経営の高度化に向けた課題として継続的に指摘してきた領域である。
まず、「人的資本に関するKPIデータの可視化頻度」を見ると、「必要なKPIデータはシステム上でほぼリアルタイムに可視化できている」は8%、「毎月集計し可視化している」は24%にとどまり、これらを合わせても32%と3割程度にとどまっている。一方、「2~6ヵ月に1回程度集計し可視化している」は39%、「1年に1回程度集計し可視化している」は29%となっており、可視化の頻度が四半期以下、あるいは年次ベースにとどまっている企業が多数派であることが分かる(図表7-1)。
図表5-5で示したとおり、人的資本と財務指標との関連性を可視化し、企業価値向上のストーリーとして説明することが求められているが、その前提となるのが、タイムリーかつ継続的に把握できるデータ基盤である。KPIの可視化頻度が低いままでは、施策の効果検証や迅速な軌道修正は難しく、投資家への説明力にも制約が生じる。SSBJ基準や内閣府令改正への対応を実質的なものとするためにも、KPIの可視化を高度化し、経営意思決定に活用できる水準へと引き上げていくことが重要な課題といえるだろう。

【図表7-1】人的資本に関するKPIデータの可視化頻度

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続いて、「人的資本データの集計の自動化」について確認してみる。結果を見ると、「人的資本データの集計はほとんどシステムで行っており、手作業での集計が発生するのは稀である」とする企業は僅か8%と1割未満にとどまっている。一方、「人的資本データの集計はシステムの方が多いが、一部手作業で集計する項目が残っている」は35%などと、手作業を含む運用が依然として多数を占めていることが分かる(図表7-2)。
図表7-1で見たKPI可視化頻度の低さに加え、集計プロセスそのものが十分に自動化されていない現状は、人的資本データの正確性や即時性の確保という観点で課題を残している。人的資本と財務指標との関連性の可視化を進める上でも、データの集計・検証プロセスが人手依存のままでは、迅速な分析や継続的な検証は難しいだろう。また、形式的な開示にとどめず実質的な経営管理面から見ても、集計・エラーチェックの自動化を含むデータ基盤の高度化が不可欠な論点といえるだろう。

【図表7-2】人的資本データの集計の自動化

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人的資本データの整備状況に関する最後の項目として、人的資本データの統合的管理について確認してみる。本調査では、「人事のシステム化は複数領域で統合的に行っており、複数領域にまたがるデータ連携に問題はない」とする企業は18%で2割未満となっている。また、「一定の工数をかければデータ連携が可能である」とする企業は2024年調査時の51%から本調査では56%と5ポイント向上するなど、データ連携が可能な企業が74%と4分の3に上っている。この結果から、依然として約4分の1の企業でシステム間連携ができていない状況にある点は課題として残るものの、全体としてはデータ連携が可能な企業の増加傾向が見られているといえるだろう(図表7-3)。
ただし、SSBJ基準や内閣府令改正において求められる開示高度化に対応するためにも、各領域を横断したデータ連携の強化と統合管理体制の確立が、今後の人的資本経営の実効性を左右する重要なテーマとなるだろう。

【図表7-3】人的資本データの統合的管理

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賃上げは進展も水準は5%未満が中心。業種差が鮮明に

ここからは、有価証券報告書での開示が義務化されている項目について確認する。まず、業種別に見た平均年間給与の増減率(対前事業年度)を見ると、全体としては前事業年度から緩やかな増加傾向が見られるものの、業種間で水準には一定の差があることがうかがえる。特に「運輸・エネルギー」は6.5%と最も高く、次いで「金融」が4.4%、「サービス」が4.0%と続いている。一方、「商社・流通」は最低値で2.9%となっており、業種間で最大4ポイント近くの差異が見られる。平均年間給与の増減率は、人的資本への投資姿勢を示す一つの指標であると同時に、企業の業績動向や賃金政策とも密接に関わる指標であり、その背景を含めた分析が重要となる(図表8-1)。

【図表8-1】業種別 平均年間給与の増減率平均値(対前事業年度)

HR総研:人的資本調査2025 結果報告

続いて、平均年間給与の増減率の分布について確認してみる。全体としては「0~5%未満」が各業種で最も多く、例えば「情報・通信」と「金融」はともに67%と7割近くに上り、賃金改定の中心は5%未満のレンジに集中していることが分かる。一方、「運輸・エネルギー」では「5~10%未満」が60%、「10~20%未満」も10%と、相対的に高いレンジの割合が他業種より厚い構造となっている。また、「メーカー」では「0%未満」が18%と2割近くを占めており、業種によっては減少企業も一定数存在している点も注目される(図表8-2)。
このように、平均値だけでは見えにくい分布構造を見ると、賃金改定の水準は業種ごとにばらつきがあり、引上げの幅やその裾野の広がりにも違いがあることがうかがえる。

【図表8-2】業種別 平均年間給与の増減率(対前事業年度)の分布

HR総研:人的資本調査2025 結果報告

女性管理職比率は11.9%に上昇も、依然2割未満が中心

「有価証券報告書での開示が義務化されている項目」として、次に「女性管理職比率」を見てみる。
全体平均は、前回の11.6%から今回は、11.9%へと0.3ポイントの緩やかな上昇がみられる。業種別で見ると、「金融」が15.5%から18.4%へと2.9ポイント上昇し、「メーカー」も6.3%から8.6%へと2.3ポイント改善している。一方、「運輸・エネルギー」は5.4から5.5と依然として低水準が続いており、「サービス」は25.9%から17.0%へと8.9ポイントも低下しており、業種によって動向にばらつきが見られる。
全体としては緩やかな改善傾向が確認されるものの、依然として多くの業種で2割未満にとどまっており、女性管理職比率の底上げは道半ばといえる。特に業種間で最大約13ポイントもの差があることから、業界構造や人材構成、登用方針の違いが反映されている可能性がうかがえる。数値の変動を単年度の増減として捉えるだけでなく、中長期的な推移として継続的に確認していくことが重要だろう(図表9-1)。

【図表9-1】業種別 女性管理職比率平均値

HR総研:人的資本調査2025 結果報告

続いて、女性管理職比率の分布について確認してみる。平均値だけでは見えにくい構造を見ると、業種ごとの状況の違いがより明確になる。例えば「メーカー」では「0~5%未満」が42%、「5~10%未満」が27%と、約7割が10%未満のレンジに集中している。一方、「金融」では「10~20%未満」が48%、「20~30%未満」が38%を占めており、2~3割水準の企業が相対的に多い構造となっているなど、業界内でのばらつきも確認できる。さらに「運輸・エネルギー」では「0~5%未満」が36%、「5~10%未満」が64%と、ほぼ全体が10%未満に集中している点が特徴的である。
このように、女性管理職比率は業種ごとに分布構造が大きく異なっており、単純な平均値比較だけでは実態を十分に捉えきれない。一定水準に達している企業が存在する一方で、依然として低水準にとどまる企業も多く、業界特性等が分布に反映されていると考えられる(図表9-2)。

【図表9-2】業種別 女性管理職比率の分布

HR総研:人的資本調査2025 結果報告

男女賃金差は71.6%で横ばい。業種間で依然格差

「有価証券報告書での開示が義務化されている項目」の3つ目は「男女の賃金の差異」だ。
業種別に男女の賃金の差異(対男性比)の平均値を見ると、全体では71.6%となっており、前回(71.0%)から大きな変化は見られない。業種別では、「情報・通信」が75.8%と最も高く、次いで「メーカー」が74.4%となっている。技術職が中心となる業種では、相対的に男女間の賃金差が小さい傾向がうかがえる。一方、「金融」は62.4%と前回から引き続き最も低く、男女間の差異が最も大きい業種となっている。さらに、「金融」は図表9-1で示したとおり、女性管理職比率が最も高い水準にある一方で、賃金差異では最も大きな開きが見られている点が特徴的である。これは、管理職層における女性登用が進んでいることと、全体の賃金構造における男女差が必ずしも一致していないことを示唆している可能性がある。全体としては2024年からほぼ横ばいの状況が続いており、開示義務化を契機に、差異の背景や要因まで踏み込んだ分析と是正に向けた取り組みが一層求められるだろう(図表10-1)。

【図表10-1】業種別 男女の賃金の差異(対男性比)平均値

HR総研:人的資本調査2025 結果報告

続いて、男女の賃金の差異(対男性比)の分布について確認してみる。全体としては「60~80%未満」のレンジに多くの企業が集中しており、例えば「メーカー」では81%、「商社・流通」では85%、「運輸・エネルギー」では82%がこの水準に位置している。すなわち、多くの企業で女性の賃金水準は男性の6~8割台に収まっていることが分かる。一方、「金融」では「40~60%未満」が33%を占めており、他業種と比べてより低いレンジに分布する企業が一定数存在している点が特徴的である。また、「情報・通信」では「80~100%未満」が36%を占めており、比較的差異が小さい企業も一定割合存在している。さらに、「サービス」では「80~100%未満」が15%、「40~60%未満」が15%と、分布の幅が広いことがうかがえる(図表10-2)。

【図表10-2】業種別 男女の賃金の差異(対男性比)の分布

HR総研:人的資本調査2025 結果報告

男性育休取得率は78.6%で高水準化が進展。業種間格差もなお残る

「有価証券報告書での開示が義務化されている項目」の最後の項目は「男性の育児休業取得率」だ。
全体では前回の67.6%から今回は78.6%へと11ポイント上昇している。これを業種別に見ると、「金融」が97.6%から96.7%と引き続き9割台後半の高水準を維持しており、「運輸・エネルギー」も62.5%から88.8%へと大きく伸びている。また、「情報・通信」は72.5%から84.0%、「メーカー」は67.4%から76.6%へと着実に上昇している。一方、「商社・流通」は54.5%から65.8%、「サービス」は48.3%から65.7%へと改善しているものの、依然として他業種と比べると水準に差が見られる。全体としては多くの業種で取得率が大きく上昇しており、制度整備や社会的要請の高まりが反映されていると考えられる。ただし、業種間で最大約30ポイントの差が存在しており、取得促進の取り組みの実効性にはばらつきがあることがうかがえる(図表11-1)。

【図表11-1】業種別 男性の育児休業取得率平均値

HR総研:人的資本調査2025 結果報告

続いて、男性の育児休業取得率の分布について確認してみる。全体的に取得率の上昇が見られる中で、分布構造を見ると業種ごとの特徴がより明確になる。「金融」では「100~120%未満」が62%、「80~100%未満」が33%を占めており、ほぼ全体が8割以上の水準に達している点が際立っている。また、「運輸・エネルギー」でも「80~100%未満」が36%、「100~120%未満」が36%と、高水準のレンジに集中している。一方、「メーカー」では「40~60%未満」が38%、「60~80%未満」が26%と、中位レンジに分布が厚い構造となっている。「サービス」では「60~80%未満」が30%を占める一方で、「0~20%未満」が7%、「20~40%未満」が11%と低水準の企業も一定割合存在している。さらに、「商社・流通」では「80~100%未満」と「100~120%未満」がそれぞれ25%と、企業間のばらつきが大きい。
このように、平均値の上昇に対して、分布を見ると取得率の水準には業種内での広がりがあり、特に高水準の業種と中位レンジにとどまる業種との違いが顕著となっている(図表11-2)。

【図表11-2】業種別 男性の育児休業取得率の分布

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「人的資本調査2025」全体傾向のまとめ

本調査では、人的資本経営は「施策実行の段階」から「企業価値との接続段階」へと移行しつつある過渡期にあることがうかがえる結果となった。人材戦略上で最も重視される指標は「エンゲージメント」であり、前回調査から大幅に上昇した点は象徴的である。加えて「育成」への注目も高まり、人的資本を競争力の源泉として捉える姿勢が強まっている。一方で、エンゲージメントや育成を重視すると回答する企業は多いものの、効果検証や処遇との連動まで踏み込めている企業は限定的であり、重視度と高度化水準の間にはなおギャップが存在する。
制度対応の観点では、内閣府令改正で求められる人的資本開示への対応は一定程度進みつつある。ただし、SSBJ基準で重視される人的資本の取組と財務情報を定量的に結び付けて開示できている企業は1割強とごく一部にとどまり、多くは検討段階にあるのが現状だ。すなわち、「ストーリーとして語る段階」から「データで裏付ける段階」への進化が今後の最大の課題といえるだろう。
また、男性育児休業取得率の上昇やパーパス浸透の進展など、従業員視点の取り組みも広がりを見せている一方、KPI可視化の頻度やデータ集計の自動化、システム統合の水準には課題が残る。人的資本経営を実効性あるものとするためには、施策の実施・開示にとどまらず、データ基盤を高度化し、経営意思決定や財務成果と接続する分析体制の構築が不可欠である。人的資本を真に企業価値向上へと結び付けられるかどうかが、次の分岐点となるだろう。

【調査概要】

アンケート名称:人的資本調査2025
調査主体:一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアム
     一般社団法人 人的資本と企業価値向上研究会
     HR総研(ProFuture株式会社)
調査期間:2025年9月10日~12月8日
回答方法:回答専用フォームにて期限内に回答し、事務局へ返送。
調査対象:上場企業、非上場企業を含むすべての企業・団体
有効回答:160件

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