この連載では、多摩大学大学院のキーコンセプトである「イノベーターシップ」について述べている。イノベーターシップを支える5つの力、すなわち、(1)未来構想力、(2)実践知、(3)突破力、(4)パイ型ベース、(5)場づくり力についてこれまで紹介してきた。今回はそれらの力を使って大きなイノベーションを起こしていく際に支えになる、「ある事象」を取り上げたい。
第7回 イノベーターシップを花開かせるSDGs
実はいま、イノベーターシップ発揮のまたとない好機が訪れている。

それは国連の開発計画(United Nations Development Plan、略してUNDP)が2015年に示したSDGsだ。これはSustainable Development Goalsの略であり、17の地球規模の目標について169のゴールが掲げられている。これらを地球市民共通の課題として対処し、2030年までに達成することで、世界中の誰もが健康で豊かな暮らしができる地球を創ろうという趣旨である。

17の目標は、貧困の撲滅、飢餓の撲滅、すべての人々に健康を、すべての人に教育を、など今や当たり前の権利として、われわれ日本人の多くが享受しているものを、最貧国で1日数百円の生活を強いられる人々にも分かち合ってもらえるように経済や社会を改善し、より質の高い地球を創っていこう、というものだ。
またその過程では、いわゆるソーシャルビジネスを含めて、経済をうまく回し、より良いビジネスモデルを作ることで、持続可能な成長のしくみを構築していくことが念頭に置かれている。開発援助や寄付だけでは、自立可能な経済や社会が成立しなかった過去の歴史を見て、企業の力、ビジネスモデルの力が欠かせないということが認識されているわけだ。

それゆえ、各国はSDGsを受けて、国の政策としてこの17の目標に取り組み始めるわけであり、当然、予算化・市場形成のルール化などが進行する。これらの動きに伴って、大きなマーケットが出現し、企業にとってはまたとないビジネスチャンスが訪れる。国の政策に積極的に絡んだり、支援したりすることによって、自らのポジションをゲットできるかどうかが重要な企業戦略になってくるのだ。
飢餓をなくすための第一次産業をどうするか、流通をどうするか。健康を高めるために、医療や食品、衛生などの規制をどう変えていくのか。またどのような製品や技術を導入するのか。
各国がこのような課題に向き合うことで、それを支援する企業で、それぞれの側面でやるべきことをビジネスモデルとしてどのように提供できるか、という競争が起こる。また、いち早く政府や行政に近づき、持続可能なスキームを提供していくことで、スケールメリットを得やすくもなる。

CSR(経営の結果の再配分的な意味合いであった)に属していた領域が主客逆転し、CSRがビジネスの中核になってきたのである。それゆえ、CSVと言ったりもする。ユニリーバやネスレ、P&G、IBM、エリクソンなど欧米のグローバル企業はみな、我先にと言わんばかりに、このSDGsを意識して、ビジネス戦略の中に、SDGsを取り込んでいる。

日本の企業では、ユニクロがNGOのグラミンと共同で、企業利益を現地での再投資に回して、低コストで成り立つ衣料品の生産・販売のビジネスモデルを構築している。SDGsが出てくる前から、何万というバングラデッシュの女性たちの社会的地位の向上に貢献してきているのだ。このようなソーシャルビジネスを立ち上げることで、将来バングラデッシュ経済が離陸する頃には、ユニクロブランドは彼女たちの心の中に深く浸透しているだろう。この例はSDGsの目標5番「ジェンダーの平等」、目標1番「貧困をなくそう」、目標3番「すべての日に健康と福祉を」などに関連する施策ということができる。

ここでイノベーターシップである。
このようなより良い未来、より良い社会を切り拓くための未来構想を携えて、自社のビジネスモデルを転換し、新たな事業を創っていくのはまさにイノベーターシップの真骨頂に他ならない。それゆえ今述べたSDGsこそ、イノベーターシップ実践の場にふさわしいのではないだろうか。
第7回 イノベーターシップを花開かせるSDGs
新興国の社会において、自社のビジネス領域からどのような未来を描くことができるのか、それを政府・行政に提案できるルートや人脈があるのか、自社に有利な土俵(ワク)作りのために標準や規制を誘導するルールメイキングができるのか、社会貢献のスキームをどう表現し多くの国民の賛同を得て自社のブランドにつなげていくのか……など、企業は自社のコアコンピタンスを土台に使いながら、ゼロベースで、国相手に攻めていく必要がある。そしてそのようなことができるイノベーターシップを持った人材を育てる必要があるのだ。

残念ながら、このような動きに対して、日本はかなり遅れている。世界ではすでにSDGs絡みの投資枠が2,000~4,000兆円とも言われているが、日本ではまだ50兆円ほど。関心が低いのが現実なのだ。だからこそ、SDGsを活用して自社のイノベーターシップ力をグンと引き上げるきっかけにするくらいの戦略的判断をしてほしい。

多摩大学大学院では、このようなイノベーターシップ人材を育てるために、2015年からMBAのカリキュラムをビジネスモデルイノベーションにフォーカスしなおしたとともに、2017年からは、ルール形成戦略コースを設定した。
ルール経営戦略コースでは技術的イノベーションの果実を市場化するために不可欠な、世界での市場創造のためのルール作りについて学ぶことができる。ぜひホームページを訪れてみてほしい。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!