経営会議で、こんな言葉を耳にすることがあります。「売上は平均すると前年並みです」、「社員満足度は全社平均では大きな変化はありません」、「顧客単価は平均すると想定の範囲内です」。数字としては正しいのでしょう。しかし、この「平均すると」という言葉が出てきたときほど、その中身を疑ってみる必要があります。
第57回:「平均値」に逃げる幹部 or 「外れ値」を見る幹部。AI時代にこそ活きる“凡庸さに抗う”経営の思考法

「平均的には問題ありません」が危ない

例えば、全社平均の売上が前年並みだったとしても、内訳を見ると、ある顧客群では30%伸び、別の顧客群では30%落ちているかもしれません。平均値だけを見れば「変化なし」ですが、実際には顧客構造が大きく入れ替わり始めている。経営にとって重要なのは、むしろこちらの変化です。

組織も同じです。社員エンゲージメントの平均点が70点だったとしても、ある部門は90点、別の部門は50点かもしれません。それを平均70点として扱った瞬間に、「なぜ90点なのか」、「なぜ50点なのか」という、経営が本来向き合うべき問いが消えてしまいます。

平均値は便利です。複雑な現実を一つの数字に圧縮し、比較しやすくしてくれます。しかし同時に、現実に存在する凸凹を削り取る装置でもあります。平均値を見ること自体は悪いことではありませんが、平均値によって「分かった気になること」が危険なのです。

これからの経営幹部に必要なのは、平均値を管理する力だけではありません。むしろ平均から大きく外れたものに目を向け、「なぜ、ここだけ違うのか」と問い続ける力です。私は、AI時代にはこの能力の価値がますます高くなると考えています。

人間は「平均へ戻る力」を過大評価する

ここで知っておきたい概念の一つが、統計学や心理学でも重要な「平均への回帰(regression to the mean)」です。極端に良かった/悪かった結果の次には、特別な介入がなくても、より平均に近い結果が出やすいという現象です。

例えば、ある営業担当者が四半期で突出した成果を上げたとします。次の四半期に数字が下がると、「気が緩んだ」、「マネジメントが甘かった」と理由をつけたくなります。反対に、極端に悪かった担当者が翌期に回復すると、「上司の指導が効いた」と評価したくなる。しかし、その一部は単なる平均への回帰かもしれません。

ここで経営幹部に必要なのは、外れ値をそのまま称賛したり、あるいは問題視したりすることではありません。「偶然による外れ値なのか、それとも構造的な外れ値なのか」を見極めることです。突出した数字が出たときに、「すごい」で終わらせず、「何が他と違ったのか」を分解する。この姿勢が重要です。

ある営業担当者だけが圧倒的に受注率が高い。ある店舗だけが異常にリピート率が高い。あるチームだけが極端に離職率が低い。これらは統計上のノイズかもしれません。しかし、そこに再現可能な理由があるなら、それは会社全体を変える「未来の標準」になる可能性があります。

経営とは、平均値を眺める仕事ではありません。外れ値の中から、偶然と兆候を見分ける仕事なのです。

成功企業だけを見ても、成功法則は分からない

もう一つ、外れ値を考える際に欠かせないのが「サバイバーシップ・バイアス」です。私たちは、目の前に残っている成功者や成功企業だけを観察し、そこから成功法則を導き出してしまう傾向があります。しかし、同じことをして失敗した企業が大量に存在していたなら、その法則はまったく違って見えてきます。

有名な逸話として知られているのが、第二次世界大戦中の米軍機の分析です。帰還した航空機の被弾箇所を調べ、被弾の多い部分を補強しようとしたところ、統計学者エイブラハム・ウォルドは逆を指摘しました。見るべきなのは、帰還した機体の弾痕ではなく、「そこを撃たれた機体が帰ってこられなかった場所」だというわけです。

経営でも同じことが起きます。「急成長企業は大胆な投資をしている」、「優秀な経営者は意思決定が速い」、「成功する新規事業は創業者が強烈なビジョンを持っている」。どれも一面では正しいでしょう。しかし、同じ特徴を持ちながら消えていった企業を見なければ、それが本当に成功要因だったのかは分かりません。

平均値だけを見る経営と、成功事例だけを見る経営には共通点があります。どちらも「見えているもの」を整理することには長けていますが、「見えていないもの」を問うことが苦手なのです。優れた経営幹部ほど、「このデータに含まれていないものは何か」と考えます。

「変な顧客」の中に次の市場がある

外れ値を見るという発想は、イノベーション研究にもつながります。MITのエリック・フォン・ヒッペルが提唱した「リードユーザー」という考え方は、その代表例です。市場の一般的な顧客よりも早く強いニーズに直面し、自ら解決策まで生み出しているユーザーに注目することで、将来の市場ニーズを先取りできるというものです。

新しいサービスを考える際、多くの企業は顧客アンケートを取り、「最も多かった意見」を商品へ反映しようとします。これは既存商品の改善には有効です。しかし、まだ存在していない市場をつくろうとするとき、平均的な顧客の声だけを聞いていても、大きな飛躍は生まれにくいものです。

この点で思い出すのが、2026年5月に亡くなられたセブン&アイ・ホールディングス元会長、鈴木敏文さんです。2007年にセブンプレミアムを立ち上げた当時、日本はデフレの只中にあり、小売業界では「PBはナショナルブランドより安くなければ売れない」という考え方が常識でした。当然、社内にも低価格の商品を求める声が強くありました。ところが鈴木さんが着目したのは、安さを求める多数派だけではありませんでした。不況下であっても「多少高くても、質の良いものが欲しい」という顧客が存在していることを見抜き、低価格競争とは反対に「NBと同等以上の品質を値ごろな価格で提供する」という方針を打ち出したのです。鈴木さん自身、仮に低価格を求める顧客が6割、質を求める顧客が4割でも、4割のニーズに的確に応えれば、やがて6割側からも顧客が移ってくるという趣旨の説明をしています。

結果としてセブンプレミアムは大きく成長し、さらに高品質・高価格帯の「セブンゴールド」へと展開していきました。2013年には、通常の食パンより高価格だった「金の食パン」もヒットします。当時の「安くなければ売れない」という平均的な消費者像だけを見ていたら、この市場は発見できなかったでしょう。鈴木さんが見ていたのは現在の多数派ではなく、少数派の中に芽生えていた次の消費価値だったのです。

似た例が、任天堂にもあります。2000年代のゲーム業界では、既存ユーザー向けに映像表現や性能を高度化し、より熱心なゲーマーを獲得する競争が続いていました。そこで当時社長だった岩田聡さんたちが目を向けたのは、ゲーム市場の中心にいる人たちだけではなく、「そもそもゲームをしない人」、「以前は遊んでいたが、やめてしまった人」でした。任天堂はこれを「ゲーム人口の拡大」と掲げ、ニンテンドーDSやWiiによって、女性、高齢者、家族など、それまでゲーム産業の主要顧客とは考えられていなかった人たちを市場へ呼び込みました。任天堂の調査では、Wii発売直後の時期、日本のゲーム人口は半年で約900万人増加しています。ゲーム市場の平均的な顧客を深掘りしたのではなく、むしろ平均から外側にいた人たちを顧客として再定義したことで、市場そのものを広げたわけです。

この二つの事例には共通点があります。セブンプレミアムは「安さを求めない顧客」を見つけ、任天堂は「ゲームをしない人」を見つけました。どちらも、その時点の市場調査で多数派だけを追いかけていたら、経営会議では「市場が小さい」、「ニーズが特殊だ」と切り捨てられていたかもしれません。だからこそ注目すべきなのは、「そんな顧客はほとんどいません」、「その要望を持っている人は全体の数%です」と会議で切り捨てられている人たちです。その数%が、数年後の20%、30%になる可能性があります。技術や生活様式、価値観が大きく変わる局面では、現在の少数派が未来の多数派になることは珍しくありません。

特にAIによる産業変化が進む現在、この視点は重要です。生成AIを業務で徹底的に使い倒している社員は、今は社内の数%かもしれません。「特殊な人だから」と片づけることもできます。しかし、その人の働き方が3年後の標準になる可能性もある。ならば経営が見るべきなのは、平均的な社員のAI利用率だけではなく、最も極端な使い方をしている社員が何をしているかなのです。

市場の平均値は「いまの顧客」を教えてくれます。しかし、平均から外れた人たちは「次の顧客」を教えてくれることがある。経営幹部に必要なのは、この二つを混同しないことです。

凡庸な経営は「多数決」から生まれる

平均値の罠が恐ろしいのは、数字の問題だけではありません。組織の意思決定そのものを凡庸にしていくことです。

10人の幹部が集まり、それぞれの意見を少しずつ取り入れていけば、誰からも強く反対されない案ができます。しかし同時に、誰も強く賛成しない案にもなります。尖った部分を削り、リスクを減らし、全員が納得できるところまで平均化していく。その結果として生まれるのが、「間違ってはいないが、何も変えない戦略」です。

戦略とは本来、平均から外れる行為です。競合他社と同じ顧客を狙い、同じ商品をつくり、同じ人材を採用し、同じKPIを追いかけている限り、得られる結果もまた平均へ近づいていきます。戦略とは、「何をするか」以上に「他社と何を違えるか」を決める営みだからです。マイケル・ポーターが戦略の本質を「異なる活動を選択すること」に置いたのも、この意味でしょう。ベストプラクティスを追いかけ、競合企業と同じことをより効率よく行うだけでは、オペレーショナル・エクセレンスにはなっても、持続的な差別化にはなりません。

私は経営幹部候補を見る際にも、この点を非常に重視しています。「正しい答えを出せる人」だけでは、経営には足りません。皆がAと言っているときに、「本当にAなのか。Bの可能性はないのか」と問い直せる人。しかも単なる天邪鬼ではなく、事実と仮説をもとに違う見立てを提示できる人。この力が、経営幹部には必要です。

AI時代、「平均的な正解」の価値は急速に下がる

この能力は、生成AIの普及によってさらに重要になるでしょう。AIが最も得意なのは、大量の情報を処理し、その中から一定のパターンを抽出することです。過去の膨大なデータから「一般的にはこう考えられる」という答えを出す能力では、人間がAIと競争する意味は急速に薄れています。

だからこそ、人間の経営幹部に残る価値は、「平均的にはこうだ」という答えを受け取った後にあります。「しかし、この会社ではなぜ違うのか」、「この顧客だけ、なぜ異常な動きをしているのか」、「市場全体は縮小しているのに、なぜこの企業だけ伸びているのか」。平均から外れた現象に引っかかりを持てることです。

AIが平均的なパターンを瞬時に提示してくれる時代だからこそ、人間は「平均から外れたもの」に対する感度を高めなければなりません。AIに平均を計算させ、人間は例外を見る。この役割分担は、これからの経営における一つの重要な型になると私は考えています。

ただし、外れ値を見るとは、奇抜なものを何でもありがたがることではありません。大切なのは、「なぜ外れているのか」を考えることです。偶然なのか、特殊事情なのか、それともまだ誰も気づいていない構造変化なのか。外れ値そのものではなく、その背後にある因果を探り当てる力こそが問われます。

経営会議で「平均の外」を問う

では、経営幹部は具体的に何をすればよいのでしょうか。難しいことではありません。会議で平均値が提示されたときに、もう一段掘り下げる習慣を持つことです。「最も高いところと低いところはどこか」「、平均との差が最も大きいのは誰か」、「前年から突然変わった集団はないか」、「全体傾向と逆方向に動いている顧客はいないか」と問い直してみるのです。

例えば退職率が全社で8%なら、「8%だから問題ない」で終わらせない。退職率が0%の部署と25%の部署があるなら、その両方を見に行くべきです。25%の部署には問題の原因があり、0%の部署には組織づくりのヒントがあるかもしれません。平均値の8%からは、そのどちらも見えません。

営業でも同様です。平均受注率が20%なら、受注率50%の営業担当者だけでなく、5%の担当者にも注目する。商談の入り口、質問、提案、顧客属性、フォローのタイミングまで比較すれば、個人能力と思われていた差の中から、組織として再現可能な勝ち筋が見つかることがあります。

つまり、外れ値を見ることは、「特殊な人を探すこと」ではありません。平均値によって隠された差異を発見し、その差異を生んでいる構造を解明することです。そこまで掘り下げて初めて、外れ値は経営情報になります。

「外れ値」を拾える人が、次の標準をつくる

企業経営には平均値が必要です。予算も人員計画もKPIも、一定の集約なしには管理できません。私が言いたいのは、「平均値を捨てよ」ということではありません。平均値を「現実そのもの」だと思わないことです。

市場が安定している時代には、平均値を精緻に管理する経営が強かったでしょう。しかし、大きな技術革新や価値観の変化が起きているとき、次の時代は最初から平均値として現れるわけではありません。最初は必ず、小さな異常値として現れます。誰も使っていなかった技術を異常なほど使い込む人が現れる。これまでとは違う購買行動をする顧客が現れる。業界常識では説明できない成長企業が現れる。大多数から見れば、それらは「変わった人」、「特殊な事例」、「例外」にしか見えません。しかし経営幹部の仕事とは、現在の平均に会社を適応させることだけではありません。まだ平均になっていない未来を発見し、そこへ会社を動かすことです。

平均値は、いま世界がどうなっているかを教えてくれます。外れ値は、これから世界がどうなるかを教えてくれるかもしれません。これから強い経営幹部とは、その小さな違和感を見逃さず、「なぜ、これだけが違うのだろう」と立ち止まれる人です。そして、平均値という安心できる場所から一歩踏み出し、まだ多数派になっていない可能性に賭けることのできる人です。

凡庸さとは、能力が低いことではありません。皆と同じものを見て、皆と同じように解釈し、皆と同じ答えを出すことです。経営幹部には、その凡庸さに抗う責任があります。

次の標準は、いつも最初は「外れ値」として現れるのです。
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