政府は2016年から雇用制度改革・人材力強化のための施策の一つとして、「セルフ・キャリアドック」導入を推進している。セルフ・キャリアドックとは、労働者にキャリアコンサルティング(以下CC)を定期的に提供する仕組みをいう。CCとは、職業能力開発促進法上、労働者の職業の選択、職業生活設計又は職業能力の開発及び向上に関する相談に応じ、助言及び指導を行うこと。つまり、人間ドックのように定期的にCCを受けることで自身のキャリアへの認識を深め、今後のキャリア形成の課題やプラン作成などを支援することが狙いだ。

筆者は2016年からこれに関わり、認識を深めてきた。今、時代は70歳定年、75歳年金支給へ突入しそうな雲行きであるが、長くなる個のキャリア形成において、その時々のチャンスやリスクと向かい合う体制づくりが、企業により求められるようになってきている。
キャリアコンサルティングのすすめ

経営者はこの制度に賛否両論

筆者が対象とする中小規模の経営者の場合、「まさにこういう事をやりたかった」と賛同する経営者がいる一方、「時間も金も出すのに、結果を教えてくれない」などと反発する経営者がいる。(厚労省の人材開発支援助成金のジョブ・カード取扱いには制限がある)。概して、CCに対する理解が十分でない原因は、その効果や期待が分かり難いからであろう。では、実際のニーズや効果はどうなのだろうか。

2017年3月公開の独立行政法人労働政策研究・研修機構の労働政策研究報告書No.191号では、「キャリアコンサルティングの実態、効果及び潜在的ニーズ」と題して、1,117人のCC経験者から得られた回答をまとめている。
詳細は機構のHPで公表されているのでご覧いただきたいが、さしずめ次の2点の結果に着目したい。

(1)CCは、実際に経験した者にとってはおおむね効果があると感じられていた。なかでも「就職」「自分の職業の向き不向き」「資格取得」「能力開発」「将来のキャリア計画」「キャリア開発」などの職業やキャリアに直結した内容の場合、より有益であったと評価されやすい。
一方で、職場の人間関係、精神面の病気・不調は、職業やキャリアの相談の枠内で持ち込まれる場合があるにも関わらず、現状では対応が十分ではなく、今後の課題となる。

(2)「十分に睡眠や休みがとれず疲れが溜まっている」「職場や働き方に関する相談窓口がない」「会社に使い捨てられそうな気がする」などの相談ニーズが最も高い。「休日出勤がある」、「残業がある」という単なる事実そのものよりも、それらの結果として生じる様々な不安や心配、身体的な不調が相談ニーズと結びついている。 

コンサルティング未経験者の相談ニーズは非常に興味深く、それらはどれも職場における日々の働き方と密接に関連している。
上記のコンサルティング未経験者たちは、大企業で働き、収入も良いかも知れない。もしくはまだキャリアの浅い新人かもしれない。ひとつ確実に言えるのは、企業ランキング、給与などは数値化されているため比較しやすいが、職場の雰囲気、上司や同僚との相性、人間関係など、ライフキャリアにおける「幸せ」にまつわるものは、数値化できないということ。たとえ入社前に念入りに企業調査をしようとも、数値化できないものは見抜きようがないのだ。

しかし、(1)も(2)も人材確保や定着に結びつく極めて重要な事項であり、(2)が放置された場合には、企業の安全配慮義務を問われる大きなトラブルに発展しかねない。

CCを活かすには

アンケート結果からも、CCの実施は多くの問題点などを把握できる可能性を持っている。まず自社の問題点やニーズを把握した上でCCを実施し、社員個々の問題点やニーズのすり合わせをする作業が必要だ。また、長期的な視点に立った節目での実施が有効であろう。
以下に、社員ごとの抱えやすい問題例とポイントをまとめる。

新人:ストレスに対する脆弱性があることが前提。キャリア意識形成、直属上司との関係、キャリアアップによる成長を促す研修や業務指導により、離職やメンタル不調を防止できる。

中高年:管理職への昇進、異動が節目となる。責任や権限、業務内容が変化する際の心理的負荷を考慮する。また役職不足、IT対応不能などによりモチベーションがダウンしやすい点にも留意。健康障害やメンタル不調を防止する上でも、ライフキャリア設計を本人の視野におくようにする。

高齢者:ますます活躍が期待される世代となった。それゆえ企業の制度設計の変更が不可欠。本人の意識改革、ライフキャリアの見直しも必要。

その他:病気や産休等からの職場復帰もある種の節目となるため、CCの実施が有効。

「個」の成長が「組織」の成長を生み、ひいては「社会」の成長を生む。CCはそれらがしっかりと連動し、よい循環となるチャンスである同時に、リスク低減対策ともなる。CCの活用は今後、より一般化され、重要視されていくに相違ない。
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