「顧客満足度は高いです」、「この事業は引き続き伸びると予測されます」、「現場は順調に回っています」。経営会議では、このような言葉が頻繁に交わされます。発言している本人に嘘をついているつもりはなく、むしろ本人は客観的な事実を述べていると思っています。

ところが、実際に現場へ降りてみるとまったく違う景色が見えることがあります。例えば、実際は顧客から小さなクレームが繰り返し寄せられていたり、実は営業担当者は商品の競争力低下を感じていたり、実は社員は以前から不満を訴えていたり……。それでも、その情報が経営幹部のところまで届いていない。あるいは、届いていても「重要な情報」として認識されていなかったのです。

なぜ、このようなことが起きるのでしょうか。
第58回:企業は「自分が見たい現実」を見てしまう。経営幹部の意思決定を狂わせるバイアスから逃れる方法

人は「事実」を見ているようで、実は「見たいもの」を見ている

冒頭で触れたような、現場の実態が経営幹部まで届いていない事態。その一つの大きな理由として、「人間は世界をカメラのように客観的に見ているわけではない」ということが挙げられます。人間は自分の経験や信念、期待、立場によって情報を取捨選択し、「自分が理解しやすい世界」をつくりながら現実を見ているのです。

これは経営幹部に限った話ではありません。しかし経営幹部の場合、その認知の歪みが会社全体の意思決定に直結します。一人の「見たいものしか見ない」が、数百人、数千人の組織を間違った方向へ動かしてしまう。だからこそ経営者や経営幹部には、自分自身の認知を疑う力が必要なのです。

現実をベッドに合わせて切ってしまう

この問題を考えるうえで、非常に面白い比喩があります。ナシーム・ニコラス・タレブによる2010年の著作『The Bed of Procrustes:Philosophical and Practical Aphorisms』、未邦訳ですが訳しますと「プロクルステスのベッド」です。

ギリシャ神話に登場するプロクルステスは、旅人を自分の持つベッドへ寝かせました。旅人の体がベッドより長ければ、はみ出した部分を切り落とす。短ければ、ベッドの長さまで体を引き伸ばす。つまり、人間にベッドを合わせるのではなく、ベッドに人間を無理やり合わせたわけです。

経営でも、これとよく似たことが起きています。「この市場はまだ成長する」、「うちの商品力は高い」、「社員は会社の方針を理解している」、「この事業モデルは間違っていない」。経営者や幹部がこうした前提を強く持つと、目の前にある事実を前提に合わせて解釈し始めます。売上が落ちれば、「一時的な景気要因だ」。退職者が増えれば、「最近の若者は転職志向が強い」。競合に顧客を奪われれば、「営業力の問題だ」。本当は自社の商品や組織、戦略そのものに問題があるかもしれないのに、自分たちの世界観を壊さない説明をつくってしまうのです。

これこそ、経営における「プロクルステスのベッド」です。現実に合わせて自分の認識を変えるのではなく、自分の認識に合うように現実を切ったり、引き伸ばしたりする。しかも厄介なのは、本人にはその自覚がほとんどないことです。

「やはり俺の考えは正しかった」を集めてしまう

「プロクルステスのベッド」に近い現象を、心理学では「確証バイアス」と呼びます。自分がすでに持っている信念や仮説を支持する情報を重視し、それに反する情報を軽視したり、無視したりする傾向です。

例えば、新規事業に強い思い入れを持っている経営幹部がいるとします。100人の顧客にヒアリングを行い、80人から厳しい評価を受けた一方、20人から「面白いですね」と言われた。すると本人の頭には、その20人の言葉ばかりが残ります。「やはりニーズはある。あとは営業の問題だ」と考えてしまうのです。

もちろん、本当にその20人の中に次の市場がある可能性もあります。前回お話しした「外れ値を見る」という観点も踏まえると、必ずしも少数派を無視すべきとも限りません。しかし、「自分の仮説に都合がいいから20人だけを見る」のと、「なぜこの20人だけが違う反応をしたのかを検証する」のは、まったく別の行為です。

経営幹部に求められるのは、少数派を見ることでも、多数派を見ることでもありません。「自分は何を根拠に、その情報を重要だと判断しているのか」を問い続けることです。ここを間違えると、「外れ値への着目」さえも自説を正当化する道具になってしまいます。

情報は集めるほど客観的になる、とは限らない

さらに厄介なのが「選択的接触」です。人は、自分の考えに近い情報を積極的に取りに行き、反対する情報を避ける傾向があります。

例えば、経営者が「このM&Aは成功する」と考えていれば、シナジーを示す資料は熱心に読みます。一方で、統合の難しさや買収価格の割高さを指摘する情報には、「慎重過ぎる」、「現場を分かっていない」と反応する。本人としては大量の情報を収集しているので、「十分に検討した」という感覚を持っています。しかし、100の情報を集めても、その100がすべて自分の仮説を支持する情報なら、意思決定の質は必ずしも高まりません。むしろ、自分の考えへの確信だけが強化される可能性があります。情報量と客観性は、同じではないのです。

これは現在、さらに注意すべき問題になっています。検索エンジン、SNS、ニュースサイト、そして生成AIまで、私たちはかつてないほど大量の情報へアクセスできるようになりました。しかし、問いの立て方そのものが偏っていれば、返ってくる情報も偏ります。

もし「この新規事業が成功する理由を教えて」とAIに聞けば、成功する理由はいくらでも挙げてくれるでしょう。反対に、「この新規事業が失敗する理由を教えて」と聞けば、今度は失敗する理由が並びます。AIによって情報収集能力が上がるほど、問いを発する人間自身のバイアスが、むしろ増幅される可能性があるのです。

経営幹部ほど「見たいもの」が増えていく

もう一つ知っておきたいのが、「動機づけられた推論」です。人間は、客観的に事実を評価してから結論を出すだけではありません。「こうであってほしい」という願望や恐れが先にあり、その結論に合うように情報を解釈することがあります。

これは経営幹部になるほど強く働きやすいのではないかと、私は実務を通じて感じています。なぜなら、役職が上がるほど、自分が過去に下した意思決定が増えていくためです。自分が立ち上げた事業、自分が採用した幹部、自分が承認した大型投資、自分が推進した組織改革。それらに問題があると認めることは、単に「事実を認める」だけではありません。「過去の自分の判断が間違っていた」と認めることでもあります。

だからこそ、人は無意識に守りに入ります。「まだ結果が出ていないだけだ」、「担当者が実行できていない」、「市場環境が想定外だった」。もちろん、それが事実である場合もあります。しかし、そうであってほしいという気持ちが、事実の解釈に入り込んでいないかは疑ったほうがよいでしょう。経営者の最大の敵は、情報不足だけではありません。「自分は正しく世界を見ている」という確信なのです。

対策1:「正しい証拠」ではなく「間違っている証拠」を探す

では、どうすれば自分のバイアスから逃れられるのでしょうか。まず必要なのは、自分の仮説を証明しようとするのではなく、反証しようとする習慣です。

「この商品は売れる」と考えたなら、売れる理由を10個集める前に、「この商品が売れないとすれば、何が理由になるか」と問う。「この人材は活躍する」と思ったなら、その人物の長所だけではなく、「この人が半年後に期待外れだったとしたら、その原因は何だろう」と考えてみるのです。

経営会議でも同じです。賛成意見が続いたときほど、「この案が間違っているとすれば、どこか」と問い直す。重要なのは反対することそのものではありません。自分たちがまだ見ていない現実を意図的に探すことです。優れた経営会議とは、正しい答えを早く出す会議ではありません。自分たちの答えが間違っている可能性を、十分に検討できる会議なのです。

対策2:「失敗した未来」から現在を見る

この仕組みをさらに実践的にしたものとして、認知心理学者ゲイリー・クラインが提唱した「プレモータム(事前検死)」があります。

通常のリスク検討では、「このプロジェクトにはどんなリスクがありますか?」と聞きます。しかしこの聞き方では、すでに計画を推進している人ほど遠慮が働きます。「社長がやると言っているのに、そこまで否定的なことは言えない」となるためです。

一方、プレモータムでは問い方を変えます。「1年後、このプロジェクトは完全に失敗しました。なぜ失敗したのでしょうか」と、失敗したことを前提にして考えるのです。すると、「実は以前から気になっていたのですが」、「顧客ニーズが弱いかもしれません」、「この開発スケジュールは無理があります」といった、それまで表に出ていなかった懸念が出やすくなります。未来から現在を振り返る形にすることで、「反対する人」ではなく「失敗原因を考える人」になれる。経営会議における心理的なハードルを下げながら、見たくない情報を表に出すことができるのです。

対策3:「反対意見を言う人」を会議から消さない

そして最も重要なのは、経営幹部自身が「耳の痛いことを言ってくれる人」を周囲に残しておくことです。

経営者や幹部になると、本人が意図していなくても、周囲は忖度するようになります。「それは違うと思います」と部長時代には言ってくれていた人が、役員になった途端に言わなくなる。役職が上がるほど、情報は自然にきれいになって上がってきます。その状態で「現場から悪い話は聞いていない」と言っても意味がありません。悪い話がないのではなく、悪い話が届かない構造を自分自身がつくっている可能性があるためです。

そのため私は、経営幹部には「誰が自分にNOと言ってくれるのか」を定期的に確認してほしいと思います。社内にいないのであれば、社外取締役でも、他社の経営者でも、昔からの友人でも構いません。重要なのは、自分の立場や機嫌に配慮せず、事実を返してくれる存在がいることです。

さらに言えば、反対意見が出たときの最初の反応が重要です。「それは違う」と即座に否定すれば、以降は情報が上がってきません。「そう見えているのか。もう少し聞かせてほしい」と受け止めれば、情報の入口は開いたままになります。

経営者が何を見るかは、経営者自身の目だけでは決まりません。周囲が「何を見せても大丈夫だ」と感じているかによっても決まるのです。

AIは「第二の意見」として使う

AI時代には、もう一つ有効な方法があります。生成AIを「自分の仮説を補強する道具」ではなく、「反対側から考える装置」として使うことです。

事業計画を入力して、「この計画が失敗するとすれば、最も可能性の高い原因を挙げてほしい」、「この戦略に反対する競合経営者の立場から批判してほしい」、「投資家・顧客・社員それぞれの視点から、この意思決定の弱点を指摘してほしい」と問いかける。これだけでも、自分一人では見えていなかった論点が出てきます。

もちろん、AIの指摘が正しいとは限りません。目的はAIに判断してもらうことではなく、自分が無意識に閉じていた視野を広げることです。AIを「答えを出してもらう相手」としてだけではなく、「自分の思考を疑う相手」として使う。この使い方は、これからの経営幹部にとって重要なAIリテラシーになるでしょう。

「自分は何を見ていないのか」を問える幹部が強い

経営幹部には、判断力が必要だと言われます。しかし、私はそれ以前に「認識力」が必要だと思っています。どれほど優れた意思決定能力を持っていても、入力されている現実そのものが歪んでいれば、正しい判断にはたどり着けないためです。

また、人間からバイアスを完全になくすことはできません。「私は客観的だ」と思った瞬間に、むしろ危険が始まります。必要なのはバイアスを消すことではなく、「自分にも必ずバイアスがある」という前提で、意思決定の仕組みをつくることです。

前回、私は「平均値ではなく、外れ値を見よ」と書きました。しかし、今回の話を踏まえれば、もう一段先があります。外れ値を発見したとしても、「自分が見たい外れ値だけを拾っていないか」と疑わなければならないのです。

経営とは、世界を自分の考えに合わせる仕事ではありません。世界が自分の考えと違っていたときに、自分の考えのほうを変えられるかどうかが問われる仕事です。

プロクルステスは、ベッドに合わせて人間の体を切りました。経営幹部が同じことをすれば、切り落とされるのは「都合の悪い事実」です。そして切り落とした事実の中にこそ、事業の危機や次の成長機会が隠れていることがあります。

そのため、優れた経営幹部が繰り返すべき問いは、「私の考えは正しいか」ではありません。

「私はいま、何を見ていないのか」

この問いを持ち続けられる人こそが、現実を自分に合わせるのではなく、自分を現実に合わせながら、組織を前へ進めることのできる経営幹部なのです。
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