「会社が給与から天引きするお金」をテーマにしたこの3回シリーズですが、第1回は「賃金全額払いの原則」、第2回は「社会保険料の控除」ついて解説しました。最終回である今回は、給与から控除されている「所得税」、「住民税」、「その他の実務上よくある控除項目」について解説します。また、筆者が質問を受ける機会の多い「従業員に対する損害賠償金や貸付金の返済は、給与から控除してもよいのか」という内容にも触れています。

【質問多数】給与から「損害賠償金」や「貸付金の返済」は控除できる?/会社が給与から天引きするお金の話(第3回)

“所得税の対象”について理解しよう

「所得税法」では、従業員に給与を支給する際に、支給額に応じた所得税を控除することが義務付けられています。これを「源泉徴収」といい、会社は控除した所得税を、支払月の翌月10日までに納税します。

所得税の対象ですが、社会保険料と通勤手当(※)は非課税です。そのため、給与の総支給額から社会保険料と通勤手当を控除した額を基に所得税を計算します。

給与明細を見ると、「課税対象額」という項目があります。この額に社会保険料や通勤手当が含まれていると、正確な所得税の計算ができません。給与計算ソフトなどを使用されている場合も含め、適正な課税対象額となっているかのチェックが必要です。

※:電車・バスなど公共交通機関を利用する従業員への通勤手当は、1ヵ月15万円までが非課税です。

住民税を控除するタイミングは?

住民税は、昨年の住民税の金額を控除します。例えば、2023(令和5)年度の住民税は、「2022(令和4)年1月から12月の所得」に対して課せられます。これを2023(令和5)年6月から2024(令和6)年5月までの給与にて控除していくことになります。

毎年5月下旬に、会社宛てに市区町村から住民税に関する決定通知書が届きますので、その金額を控除していきましょう。

「労使協定」が必要となる控除項目を整理

上記の税や、前回解説した社会保険料は、法律により控除が認められています。このほか、会社によっては「親睦会費」や「組合費」などを控除している場合があります。これらについては、「賃金全額払いの原則」(「労働基準法」第24条)により、会社が勝手に給与から控除することはできません。労働者代表との労使協定による取り決めが必要です。

(1)親睦会費

名称は様々ですが、社員旅行のための積立など、福利厚生の目的でその会費を控除します。労使協定書には、単に「親睦会費」とだけ記載されており、その詳細が記載されていない場合も見受けられます。「親睦会費」の内容について、就業規則や賃金規程に記載する、親睦会規定などを策定する等、詳細を明文化しておくことが望ましいでしょう。

(2)組合費

労働組合と会社との協定により、労働組合費を給与から控除している会社があります。これをチェックオフといいます。本来なら労働組合自身で組合員から組合費を徴収するところを、会社が組合員の給与から控除して一括で労働組合に支払う制度です。

「人事異動があって管理職になり組合員から外れたものの、そのまま組合費を控除していた」という事例もよく聞くところです。また、チェックオフ協定があったとしても、これに反対する組合員がいた場合、当該組合員から組合費の控除はできません。チェックオフの対象者であるかどうか注意しましょう。

社会保険料を控除ミス! 翌月の給与から天引きしてもいい?

社会保険料は、法律上控除できる項目ではあります。ですが、あくまでも今月の給与からは「前月の社会保険料」のみを控除できることになっています。そのため、給与計算のミス等で、控除すべき金額に不足があったり、控除し忘れていたとしても、その不足分等を本来控除すべき月以外の月から控除することはできません。

実務上は翌月で調整していると思いますが、「賃金全額払いの原則」(「労働基準法」第24条)との関係上、細かい内容ではありますが「控除すべき各社会保険料の不足分」という項目を労使協定に記載しておくことが望ましいと考えます。

多い質問(1):「損害賠償額」の給与天引きはできるのか

例えば、ある従業員が「会社の機密情報をSNSにアップしたことで会社に損害を与えた」場合、労使協定があれば、その賠償額を給与から控除することはできるのでしょうか。

そもそも「損害賠償できるのか」という問題がありますが、法律上禁止されているわけではありません。就業規則などに損害賠償の規定を設けていれば、それに従って損害賠償請求は可能です。ただし、実務的には「給与からの控除はできない」と取り扱うことが良いと考えます。

例外的に、従業員の自由意思による控除への合意があれば、給与からの控除も認められます。ですが、損害賠償については、労使の「損害賠償に対する認識」や「賠償額」について争いが起こることも多く、「自由意思ではなく会社が強制した」と従業員が主張する可能性もあります。

そのため、たとえ労使協定では損害賠償の控除を認めていたとしても、給与は一旦全額支払い、その後、賠償について別途請求する方がよいと考えます。

多い質問(2):「貸付金の返済」の天引きは可能か?

福利厚生の一環として、従業員への「貸付金制度」を設けている会社もあります。では、その返済金額を給与から控除することはできるのでしょうか。

この点は、労使協定があることが前提です。さらに、労使が個別に合意することで控除することができます。会社が、「一方的」に金額や時期などを設定して控除するのは、「労働基準法」第17条違反となります。

貸付金制度を設けている場合には、規定などの中で返済についての仕組みも明確であると思われますが、会社が個別に従業員に貸し付ける場合は、借用書等を取り交わし、返済についての内容を明確にしておくことが必要です。
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