2023年4月より給与のデジタル払いが解禁されました。導入企業はまだまだ少ない状況ではありますが、この話題によって自分の給与に関心を持ち、給与明細を改めてご覧になった方も多いのではないでしょうか。給与明細には、様々な控除(天引き)項目があり、毎月少なからざる金額が引かれています。そこで、給与控除を中心に、それに関連する内容と実務的な注意点も含め、3回にわたって解説していきます。

「給与控除」の考え方と賃金支払いの5原則/会社が給与から天引きするお金の話(第1回)

「賃金支払い5原則」とは?

給与(賃金)は、労働の対償として意味を持ち、労働者の生活にとって非常に大事なものであることは言うまでもありません。会社の都合によって給与が支払われたり支払われなかったり、あるいは毎月給与の支払日が変わったりすると、労働者の生活は安定したものにはならないでしょう。そのため、「労働基準法」(以下、「労基法」)24条は、賃金の支払い方に関して「賃金支払い5原則」を定めています。具体的には、(1)通貨で、(2)労働者に直接、(3)全額を、(4)毎月1回以上、(5)一定の期日を定めて支払う必要があります。

今回のテーマである「給与からの天引き」ということについては、「賃金支払い5原則」のうち、(3)全額払いが関係してきます。

「全額払いの原則」とは

「全額払いの原則」とは、簡単に言うと、「労働者が働いた分はきちんと計算して、その対価を全額支払いなさい」ということです。「そんなの当たり前でしょう」という話ですが、戦前には「給与の一部の支払いを留保することによって、労働者が退職できない状況を作る」等、強制労働に繋がる運用がなされていた反省の上に定められているものなのです。

ただし、全額払いと言っても、公益性や支払いの簡便性から「法令に別段の定めがある場合」もしくは、「労使協定がある場合」には、例外的に給与から一部控除(天引き)して支払うことが認められています(「労基法」24条第1項但書)。

給与から天引きできるもの

法令上、天引きができるものとしては「所得税」、「住民税」、「雇用保険料」、「健康保険料」、「厚生年金保険料」、「介護保険料」です。

また、法令以外でも「労使協定で定めた項目」がある場合には、給与から天引きすることが認められます。例えば、旅行積立金や社宅費などです。ただし、「労使協定があれば自動的に天引きができるわけでない」という点には注意が必要です。労使協定は、会社が天引きすることについて「全額払いの例外の要件を満たしている」ことを確認するものに過ぎません。そのため、従業員各々から旅行積立金等を天引きするためには、別途、「天引きすることについて就業規則に記載しておく」あるいは、「個別の労働者の合意」が必要となります。

遅刻や欠勤したときの給与控除は適法? 「ノーワーク・ノーペイ」について

全額払いの原則の話をすると、「遅刻や欠勤をした場合は基本給からその分を控除しているが、これは大丈夫か?」という質問を受けることがあります。結論から言えば、これは問題ありません。なぜなら、全額払いの原則が対象となるのは、「労働の対償としての給与」についてだからであり、遅刻や欠勤の場合は、そもそも労働していないので給与は発生していません。つまり「ノーワーク・ノーペイ」ということです。

逆に、残業時間について、50分残業したのに「うちの会社は30分単位で処理しているから」という会社のルールで、30分に「丸めて」残業代を支払うことは、全額払いの原則に違反することになります。50分の労働の対償としての給与は、きちんと支払う必要があるのです。

「給与計算でミスをした!」そのときどう対処すべきか

人間なので誰にでもミスはあります。例えば、給与計算にミスがあり過分に給与を支給した場合、翌月の給与からその過分を控除することはできるのでしょうか?

全額払いの原則からすると、翌月分としては全額支払われていないことになりますが、当月と翌月を合わせると働いた分についてはきちんと支払われているため、このような処理をすることは認められています。


次回は、「社会保険料の控除」について、計算方法をはじめ、天引きのタイミングと資格取得・喪失にまつわるトラブル事例なども挙げながら解説していきます。


  • 1

この記事にリアクションをお願いします!