「ワークライフバランス」は、「プライベートを充実させるために仕事と生活の時間配分を行うこと」と認識されていることも多いが、実際には「仕事と私生活の両方を充実させること」を意味する。「ワークライフバランス」は、誰もが各自のライフステージに合わせ、やりがいを持って働き続けられることをめざす考え方であり、働き方改革やウェルビーイングの追求、SDGsなど、さまざまなテーマと深く結びついている。本稿では、「ワークライフバランス」の正しい意味や使い方をはじめ、「ワークライフバランス」の目的やメリット、企業事例を交えた施策内容などを解説する。
「ワークライフバランス」の意味と正しい使い方とは? 企業事例や推進のメリットを解説

「ワークライフバランス」の意味と使い方

「ワークライフバランス」とは、「仕事と生活を調和させること」である。これは「仕事と私生活の両方を充実させることで、相互に良い効果を生み出す」という考え方だ。内閣府が2007年に策定した「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」によれば、「ワークライフバランス」が実現した社会とは、「国民一人ひとりがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる社会」と定義される。

◆誤解しやすい「ワークライフバランス」の意味

「ワークライフバランス」は、「仕事時間と生活時間を切り分け、均等な比率にすること」や「決められた時間以外に仕事をしないこと」、「仕事よりもプライベートを優先させること」といった内容に誤解されることがあるが、「ワークライフバランス」はこれらのように、仕事と生活を相反するとみなすものではない。一方を犠牲にして一方の割合を増やすのではなく、両方を充実させ、好循環を生むことをめざすのが「ワークライフバランス」である。自社で「ワークライフバランス」を推進する際は、まず、その本来の意味を社内に浸透させることが重要なポイントだといえる。

◆「ワークライフバランス」の使い方

「ワークライフバランス」の言葉の意味を理解したうえで、正しく使えるようにしておきたい。以下に例文を紹介する。

・「ワークライフバランス」が改善したことで、育児中の従業員が働きやすくなった。
・出産・育児を経ても働きたいので、「ワークライフバランス」の観点から就職先を選ぶ。
・「ワークライフバランス」の推進に取り組み、すべての従業員にとって働きやすい職場をめざす。

◆「ワークライフマネジメント」、「ワークライフインテグレーション」との違い

「ワークライフバランス」という言葉は、ともすれば「勤務時間は短いほどよい」という考えにつながりやすく、勤務時間や休暇日数などの勤務条件と強く結びつくことから、「企業が従業員のために整えておくもの」と捉えられることがある。このように「ワークライフバランス」がやや主体性に欠けた印象の言葉として受け取られることがある背景から、「自身の生活スタイルに合わせ、自らが仕事と生活の調和を作り上げる」ことを意味する「ワークライフマネジメント」という言葉も生まれている。

また、働き方の多様化に伴い、仕事と生活を一体化させ、より流動的に運営する「ワークライフインテグレーション」という考え方も注目されている。「インテグレーション」は「融合」を意味し、「ワークライフインテグレーション」はその言葉通り、テレワークや柔軟な働き方制度を組み合わせ、仕事と生活の境界線をなくし、両立させることである。

「ワークライフバランス」の背景と重要性

つぎに、「ワークライフバランス」が重要視されるようになった背景と、「ワークライフバランス」の実現により目指すべき社会について解説する。

◆「ワークライフバランス」が必要とされる理由

(1)育児・就労の両立支援による少子化対策
国内における少子化は、1990年代から続く深刻な社会問題である。少子化対策として「ワークライフバランス」の推進による「育児と仕事の両立支援」を行うことは、出産・育児による離職防止や、キャリアへの影響から出産を諦めることを防ぐうえできわめて重要である。また、育児と仕事を両立する従業員が、これから出産・育児を希望する従業員のロールモデルとなることへの期待もできる。

(2)高齢化に対する労働人口の確保
急速に進む高齢化に伴い、介護に関わる人の数も男女を問わず増えている。今後、さらにベビーブーム世代の高齢者が増えることから、介護中の人でも仕事がしやすいように休職制度などの環境を整え、労働人口を確保することも、ワークライフバランスの重要な目的である。

◆「ワークライフバランス」の推進の目的

「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」には、「ワークライフバランス」を推進する目的や目指すべき社会像が以下のように示されている。

(1)就労による経済的な自立
経済的自立を目指す人、特に若者が精力的に働ける社会となることを目指す。就労によって経済的自立をすることで、それぞれ生活基盤の確保ができ、結婚・子育てに関する希望の実現も可能となる。

(2)健康で豊かな生活のための時間の確保
働く人の健康維持、家族などと過ごす時間の確保、自己成長等のための時間を持つことが実現できる。

(3)多様な働き方・生き方の実現
年齢・性別に関係なく、自分のやる気や能力を持って、様々な働き方にチャレンジできる社会の実現を目標とする。また、子育てや介護などを行う時期は、各人の状況に合わせて柔軟な働き方ができ、不公平な処遇をされないような社会の実現を目指す。

「ワークライフバランス」推進のメリット

「ワークライフバランス」の推進には、下記のようなメリットがある。一つずつ見ていこう。

・従業員のモチベーション、生産性の向上
・優秀な人材の確保
・企業イメージの向上
・業務外の越境体験によるイノベーションの創出
・コスト削減

●従業員のモチベーション、生産性の向上
「ワークライフバランス」に取り組むうえで、長時間労働の見直しとともに、業務効率の改善は必須となる。また、残業時間を削減することができれば、従業員がプライベートを充実させやすくなる。結果、モチベーションの向上や生産性の向上が期待できるだろう。

●優秀な人材の確保
「ワークライフバランス」推進の一環として、育児中や介護中の従業員も働きやすい環境づくりを行うことで、従業員の離職を防ぐことができ、定着率の向上が見込める。「ワークライフバランスを重視した働きやすい企業」という企業文化は、入社希望者が多く集まる要素となり、優秀な人材の採用にもつながるだろう。

●企業イメージの向上
「ワークライフバランス」を実現することで、社内外から「働きやすい企業」、「従業員を大切する企業」という認識を持たれるため、企業イメージが向上する。CSR(企業の社会的責任)の観点からも、企業価値が上がるといえる。

●業務外の越境体験によるイノベーションの創出
「ワークライフバランス」の推進により、長時間労働が是正されることで、従業員は空いた時間にスキルアップセミナー、ボランティア、地域活動など、業務外の活動への参加もしやすくなる。それらの体験から得たことを仕事に活かすことができれば、自社の成長につながる。

●コスト削減
「ワークライフバランス」の推進で離職率の低下が実現すれば、新たな人材の採用活動に係るコストが削減できる。さらに、残業時間の削減ができれば、残業代としての人件費や、オフィスの光熱費の削減も可能となる。

「ワークライフバランス」推進の取り組みと企業事例

では、「ワークライフバランス」推進のために、企業はどのようなことに取り組むべきなのだろうか。具体的な内容と、「ワークライフバランス」を積極的に推進している企業事例を紹介する。

◆「ワークライフバランス」推進の取り組み

「ワークライフバランス」を推進するための取り組みとして、以下のようなものがあげられる。それぞれ解説していく。

・育児休暇や介護休暇などの休暇制度の充実
・時短勤務制度の導入
・フレックスタイム制度の導入
・長時間労働対策
・テレワークなど働く場所の自由化
・福利厚生の充実

●育児休暇や介護休暇などの休暇制度の充実
育児休暇・介護休暇制度は女性のためのもの、というイメージが強い企業もあるだろうが、男性も取得しやすいように制度を整える必要がある。女性だけでなく、男性も育児や介護に参加しやすい環境づくりを整えておく。

●時短勤務制度の導入
育児中、介護中などの従業員が、勤務時間を時間単位、分単位で短縮できるのが「時短勤務制度」である。男女ともに利用しやすいよう、制度を整えておきたい。固定化した短時間勤務だけではなく、「総労働時間が増えないように、1日の勤務時間を減らして勤務日数を増やす」、「特定の曜日の勤務時間を短縮する」など、複数のパターンを設定しておくことで、活用性を上げることがポイントだ。

また、時短勤務者と同じ部署で働く人のフォロー制度などについても、あわせて検討しておきたい。

●長時間労働対策
長時間労働は、効率化の妨げとなるだけでなく、従業員のやる気も削いでしまう。仕事の配分に問題がないかなど、残業の原因の分析を行い、業務フローの見直しを行う。

また、やむを得ず残業を行う際は事前に上司の許可を取る、週に1回は「ノー残業デー」を作るなど、長時間労働をしない・させない仕組みを作ることも有効だ。

●テレワークなど働く場所の自由化
テレワークの導入で、場所や時間にとらわれない働き方が可能となり、通勤時間をなくせることなどから「ワークライフバランス」が実現しやすくなる。

また、交通費のコスト削減や、休業から復帰しやすくなる点、身体の状態等で出社が困難な人でも働きやすくなるという点から、テレワーク推奨は「ワークライフバランス」の実現に大きく寄与する施策だといえる。

●福利厚生の充実
「ワークライフバランス」においては、私生活の充実も重要な要素である。「資格取得時の資金援助」や「レジャー施設の割引特典付与」など、福利厚生の充実は、従業員の生活を豊かにし、ひいては仕事の成果につながるきっかけにもなるといえる。

◆「ワークライフバランス」を推進している企業事例

(1)サントリーグループ
サントリーグループでは、労働時間の適正化や働き方改革の推進に加え、「ワークライフバランス」に配慮した従業員支援を多数行っている。妊娠期~育児期まで利用できる短時間・時差勤務時間や、育児休職を一部有給化した制度など、育児や介護に関する幅広い働き方制度を多数設けているほか、介護ハンドブックの作成や介護セミナーの開催といった従業員へのサポートにも取り組んでいる。

また、すべての従業員が場所の制約なくフレキシブルに働けるよう、業務効率化を進めるとともにテレワーク制度の対象範囲を拡大しており、現在は約9割の従業員がテレワークを利用して働いているという。

(2)サイボウズ
サイボウズでは、在宅勤務制度、育児休暇制度、副業(複業)制度など「制度」の整備、情報共有クラウド、リアルオフィス・バーチャルオフィス、ビデオ会議といった「ツール」の活用、また多様な考え方や働き方を受け入れるという働きやすい「風土」の醸成と、3つの要件からワークスタイルの変革を行っている。これらの「ワークライフバランス」に配慮した施策の実施により、離職率を28%から3%前後へと大幅に減少させたという。


「ワークライフバランス」の本来の意味である、「仕事と生活の調和」を実現するためには、仕事と生活の両方を充実させる必要がある。「ワークライフバランス」を自社で推進する場合、まず従業員にとって働きやすい社内環境が整備されているか見直すとともに、「ワークライフバランス」の正しい意味と、自社の「ワークライフバランス」に関する方針を社内に周知しておきたい。そのうえで、育児中・介護中など、事情がある従業員でも無理なく働けるか、従業員の立場に立って改善点を探り、ひいては生産性向上や企業イメージの向上につながるよう、他社事例も参考にしながら段階的に環境を整えていくとよいだろう。

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