今野浩一郎 著
日本経済新聞出版社 2,520円

 人事担当者に読んでもらいたい良書である。人事改革について書かれた類書は多いが、もっとも筆太であり、筆致は過去から現在、そして未来の人事制度へと伸びている。
 なかでも最も共感できるのはポジティブな姿勢だ。「失われた20年」に言及する際に多くの著者は苛立ちを交えて書いているが、本書はまったく違う立脚点に立っている。
正社員消滅時代の人事改革
「失われた20年」は「失われた」歴史、「失敗」として引用されることが多い。しかし本書は「失われた20年」を新しいモデルを構築するための準備期間として捉えている。そして「失われた20年」に蓄積された貴重な経験を精査し、新しいモデルを構築しようとしている。もちろん新しいモデルがどのようなものかは誰にもわからない。その未知のモデルにチャレンジするのが本書である。

 このチャレンジは成功しただろうか。わたしは成功していると思う。新しい未知のモデルを構築するために著者は、新しく発見された概念を造語によって叙述している。例えば「制約社員」と「非制約社員」だ。言葉の意味を吟味しながら読み進めるので、読み終えるのに時間がかかる。しかし読書に費やした時間は無駄にはならない。いまこの日本の企業で起こっている人事課題の詳細を理解し、展望が得られるからだ。
 本書は300ページ近い本なので、内容をいちいち紹介することはできない。そこでタイトルについて説明して、内容を想像する一助としたい。まず「正社員」とは旧来型の正社員だ。総合職であり、転勤がある。そういう正社員が減りつつあるというのが本書の立脚するひとつの事実だ。

 タイトルでは「正社員」という言葉を使っているが、書中では「非制約社員」という造語が使われている。何の制約も無しに、企業が使える社員という意味だ。忙しければ残業して頑張り、海外赴任もいとわない。ところが非制約社員は次第に減りつつある。いまは絶滅危惧種ではないし、将来もゼロになることはあり得ないだろうが、社員の中の比率は確実に減っていく。
 代わって増大するのが、「制約社員」である。時間や勤務地、勤務形態に制約があり、企業が自由に使えない。勤務に配慮して使わなければならない社員だ。
 どういう社員かというと、政府が雇用を推進しようとしている人たちだ。障がい者、高齢者、女性(とくに出産、育児)、そして派遣、パート・アルバイトが代表格だ。

 注意したいのは「非制約社員」も「制約社員」化することだ。女性が総合職として働いていても、結婚すれば夫の仕事を優先し、勤務地が制限されるようになる。出産、育児をすると労働時間も勤務地も制約される。
 男性正社員も例外ではない。高齢化が進む日本では、40代、50代で親を介助しなければならない家庭は増えており、働き方に制約が生まれる。
 また、正社員は60歳で定年を迎えると、いったんキャリアをリセットして再雇用されるが、このときに「制約社員」化することが多い。

 こういう社員構成の変化にどう企業は対応すべきか。本書はいろんな角度で考察を進め、解を導いている。興味深く感じた内容をあげると、定年前の50代の給与と再雇用後の給与のギャップがある。
 年功賃金には、貢献度より賃金が高い訓練期(入社後数年)、貢献度が賃金より高い一人前期(30代)、そして貢献度より賃金が高い管理職期(40代、50代)があり、終身雇用の下ではバランスが取れると説明される。
 たぶんほとんどの企業の賃金に年功制の名残があるだろうから、定年前の社員の給与は貢献度より高い。これまでは高くてもよかった。定年で辞めることが前提だったからだ。
 しかし65歳までの再雇用を義務づけられると、定年前の割高な賃金を支払うことはできない。たぶん再雇用後にリセットされて2割、3割カットになるのは当然だろう。しかし再雇用者側は「同じ仕事をしているのになぜ下がるのか」と不満を抱き、モチベーションを低下させることが多い。
 こういう不満を解消するために、定年前の賃金制度に成果主義的な要素を導入することを著者は提案しているが、この種の問題は至るところに燻っており、子育て支援、ワーク・ライフ・バランスでも職場の不満が高まっている。

 著者はいろんな問題の根っこを示して、解を提案している。実践的な内容だと思うが、人事担当者はどう思うだろうか。ぜひ本書を読んでもらいたい。
 そして本書の最大の功績は、これからの人事制度が進むべき(進まざるを得ない)方位を示したことにある。本書の結論に賛否両論があって当然だが、わたしには説得力を持つ、正しい結論に思える。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!