鈴木滋彦 著
NTT出版 1,680円

組織改革は難しいテーマだ。論じる本は多いが、成功事例を聞くことは少ない。組織改革が失敗する理由としては、企業の論理と社員の論理のギャップ、マネジメントの仕組みなどをあげる本が多いが、ではどのように実践するのかを説く本は少ない。その少ない本の著者もコンサルタントであることが多く、事例紹介がほとんどだ。
 本書は違う。NTTソフトウェア(以下、NTTソフト)とNTTアドバンステクノロジ(以下、NTT-AT)の再生プロセスを経営者自らが執筆した。とくに興味深いのは経営危機に陥っていたNTTソフトの再生だ。
1割が変われば会社は変わる――「仕組みの改革」と「マインド改革」
1990年代に順調に売上を伸ばしていたNTTソフトは、2000年度に売上がピークに達したのにもかかわらず赤字に転落し、2002年度まで3年連続の赤字になった。この危機に際し、NTT持株会社からNTTソフトの副社長として転任したのが、鈴木滋彦氏だ。
 それまではNTTの研究開発部門のトップであり、総勢3000名を超える大規模プロジェクトを指揮したキャリアを持っている。しかし経営者としてのキャリアは皆無だった。

 2002年6月の着任後、直ちに着手したのは、現場の実態把握、経営データの分析、社員からのヒアリングだった。そして半年間で構造改革案の骨子案をまとめ、2003年1月に8名の取締役を集め、構造改革をスタートする。期間はなんと半年。
 それまでNTTソフトの組織改編は、1年ないしは1年半の検討期間を設けていたが、経営危機に陥っていたNTTソフトにそんな悠長な時間はなかった。「100点満点を求めていたら、議論するうちにまた状況が変わってしまう」「問題を見つけた時点で、70点でもいいから答えを見つけ出すのが重要」。改革は一気呵成にトップダウンで行われた。

 鈴木氏が最優先したのは業績の回復。そのために「仕組みの改革」と「マインド改革」を行った。そして結果的に1年後にV字回復を果たし、翌年には会社設立以来の最高益を出すまでになった。
 仕組みの改革は、組織風土を一新するものだった。それまでの事業部は製品別に構成され、独立して動いていた。目先の売上を重視する部分最適思考が全事業部に蔓延し、人材は事業部に固定されていた。そこで3つの事業グループに集約し、売上を製品単位ではなく、事業グループ単位にした。この施策によって事業グループ内の人材流動化が実現した。

 仕組みの改革と同時にマインド改革も進めた。改革に前向きと思われる社員を選抜し、壇上から話すのではなく、鈴木氏を中心にコの字型に座って互いの顔を見ながら話す形式の構造改革キャラバンを開催した。
 続いて行ったのは「タスクフォース活動」だ。構造改革が始まると、現場では新たな問題が起こる。構造改革の進捗を点検し、課題や改善点を現場から提案するのがタスクフォースの役割だ。タスクフォースのメンバーは、先ほどのキャラバン参加メンバーから鈴木氏自身が人選した。NTTソフト全社員1500人の1割が真の中核社員になれば、構造改革は成功する。本書のタイトル「1割が変われば会社は変わる」の趣旨はここにある。

 本書を読み終えて、良い本を読んだと思った。鈴木氏が推進した改革は抜本的で徹底しているが、改革を担った社員は幸せな時を過ごしたのではないだろうか。
 鈴木氏は典型的な理系人間だ。そして理系人間には杓子定規で融通が利かず、情に疎いというイメージがある。しかし優秀な理系人間は、理で状況を分析して課題を見つけ施策を得ると同時に、人を動かす情も兼備している。
 本書には鈴木氏が社員に発した文章がたくさん掲載されているが、いずれも口先ではない決意が漲っている。こういう言葉は社員の心に響く。
 逆に言えば形骸化した言葉では改革は進まない。経営者の発する言葉の重さと効果について、本書から学んだように思う。
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