どれほど注意していても、重大な事件・事故につながりかねない出来事が起こり得る。重大な事故につながりかねない出来事や状況を「インシデント」と呼び、近年ビジネスシーンで注目されている。ただし、業界によって意味やニュアンスが異なるため、しっかりと理解しておきたい。そこで本稿では「インシデント」の意味やアクシデントとの違い、対応・管理の手順などを解説していきたい。
Warning sign indicating an incident on black background.

「インシデント」とは

「インシデント(incident)」とは、日本語では出来事・事件・事象などと訳し、ビジネスシーンにおいては何らかの問題が生じ、もう少しで重大な事故につながりかねない可能性があった状況を指す。

具体的には、「セキュリティリスクの高いインシデントが見つかった」、「ユーザーに悪影響を与えるインシデントが起きてしまった」といった使い方をする。

●アクシデントやヒヤリハットとの違いについて

「インシデント」と意味合いが近い用語として「アクシデント」や「ヒヤリハット」が挙げられる。

「アクシデント」も日本語では、事件や事故を意味する。何らかの出来事が既に起きていて、被害・損害が発生している状況を言う。「インシデント」は、事件や事故が起こり得る一歩手前を指しているので、その点に違いがある。

一方、「ヒヤリハット」は予想もしなかった出来事に「ひやり、ハっとする」状況を指す。一般的には、人為的なミスから起きてしまうことが多い。「インシデント」と同様に、何かが起こる直前を指すため、同じような意味合いで使われることもある。ただ、「インシデント」の要因は必ずしも人的ミスに限らないという点で違いが見られる。

「インシデント」の具体例

「インシデント」の意味は、業界によって異なってくる。代表的な例を紹介しよう。

●ITサービス

ITサービス業界では、「インシデント」としてWebサイトのエラーやサーバーダウン、メールサーバーの障害、アプリやプログラムの不具合などが挙げられる。

●情報セキュリティ

情報セキュリティ業界では、システムの操作ミスや不正アクセス、マルウェア感染、機密情報の漏洩、フィッシング、ICT設備の故障、サービス不能/妨害攻撃などが「インシデント」として取り上げられる。

●医療・介護

医療・介護業界では、診断ミスや患者の取違い、投薬ミス、患者の転倒などが「インシデント」として取り扱われる。

●航空

航空業界では、物質の落下や滑走路からの逸脱、非常脱出、不時着、機体からの火・煙の発生、異常気象との遭遇などが「インシデント」の例となる。

「インシデント」発生による企業への影響

では、実際に「インシデント」が発生したら、企業活動にどのような影響がもたらされるのかを説明していきたい。

●業務停滞や機会損失

「インシデント」を見逃すと全社レベルで正常な業務を維持することは難しくなってしまう。場合によっては、業務そのものをストップせざるを得なくなり、業績にも多大な影響をもたらしてしまう。当然ながら、被害が大きければ復旧までには多大な時間を要する。事業の機会損失も広がっていくことであろう。

●社会的信用の低下

「インシデント」が原因で機密情報や個人情報が漏れてしまった場合には、間違いなく企業の社会的信用が低下してしまう。それによって、ブランドイメージの低下や顧客離れ、優秀な人材の離職などが連鎖する可能性もある。顧客や取引先に被害が及んでしまうと、信頼を回復するまでに相当な時間を要してしまうだろう。

●損害賠償の発生

「インシデント」が起きたことで、顧客や取引先に被害が生じた場合には程度次第で民事上の損害賠償責任を負うケースもあり得る。ケースによっては、企業経営を左右しかねない多大な損害が生じる可能性もあるので十分留意したい。

●復旧や対応のコスト発生

「インシデント」が発生すると、まずはその原因を特定するための調査費用が必要となる。システムに原因がある場合には、その復旧や対応に要する費用も掛かる。もし、サービス停止や情報漏洩による被害が出たなどといった重大な「インシデント」になると、事業免許の取り消しや行政による業務停止命令も想定される。

「インシデント」の防止策

企業として重大な被害を防ぐためには、インシデントの発生を未然に防止する対策を講じる必要がある。幾つかの防止策を取り上げたい。

●情報資産の把握

まずは、自社の情報資産をすべて把握することをスタートラインにしたい。サーバー上や記憶媒体、紙ベースのファイルなど、情報資産の保管場所は様々だろう。それらの管理状況を確認することによって、現状の不備や求められる対策が明確になってくる。

●業務フローの見直しと再構築

業務フローを検証し標準化を図ることによって、「インシデント」の発生率を低下させられる。なぜなら、業務フローの属人化やブラックボックス化が、「インシデント」につながりやすいからだ。再構築した業務フローはメンバー全員で共有し、周知徹底を図るようにしたい。

●セキュリティ体制の強化

サイバー攻撃やマルウェア感染などのリスクに備えるには、セキュリティ体制の強化も重要だ。具体的には、セキュリティソフトを導入する、パスワードや端末の管理体制を整える、クラウドサービスの利用ルールを設けるなどの対策を組織レベルで講じるようにしたい。

●社員研修による教育・啓蒙

社員研修を行い、従業員一人ひとりのサイバーセキュリティに対する意識を高めることもぜひ検討してもらいたい。有益な知識を身に付けられれば、さらに効果は高まると思われる。教育テーマとしても、メール配信やパスワード管理、情報漏洩など多岐に渡る。

「インシデント管理」の重要性

万が一、「インシデント」が発生してしまったらどうするか。その場合の対応策を検討しておく必要もある。

●「インシデント管理」とは

「インシデント管理」とは、「インシデント」の発生に備えて実際に起きた際にはどのように原因を特定し、問題を解決していくかという段取りの管理を意味する。

●「インシデント管理」はなぜ重要か

「インシデント管理」が重要な理由として三点挙げられる。まずは、被害を最小限に抑えるためだ。「インシデント」に対処する段取りを明確にしておけば、被害の拡大を食い止められる。二点目が同様な「インシデント」の再発を防止するためだ。「インシデント」が発生した際にどう対処したかを蓄積・管理しておくことで、類する「インシデント」への対応がスムーズとなる。三点目が、円滑なシステム運用・サービス提供のためだ。これによって、システムやサービスの停止を回避しやすくなる。

●「インシデント管理」の手順

「インシデント管理」は、以下のような手順で行うのが一般的だ。
1.「インシデント」の認識:内容や状況を正確に記録する。
2.「インシデント」の分類:種類、影響度・緊急度を踏まえて分類する。
3.対応方針の決定:対応手段や担当者を決める。
4.「インシデント」への対応:専門部署とも連携を図る。
5.「インシデント」の記録:問題が解決した後には、一連の経過や対応履歴を記録する。

●「インシデント管理」の課題

「インシデント管理」を行うとなると、以下のような課題が起こるので留意したい。

・対応できる人材の不足

「インシデント管理」を行うには、「インシデント」を解決できるスキルや知見が必要となる。それらを持っていないと、「インシデント」の解決に至るまでに時間がかかる。場合によっては、さらに大きな「インシデント」に発展する可能性もあり得る。だが、なかなか人材がいないのが実状だ。

・社内で情報共有されていない

「インシデント」に関する情報が、社内で共有されていないケースも多い。これでは、同様の事態が発生しても円滑な対応は期待できない。やはり、組織全体で情報を共有する仕組みを構築しておくようにしたい。手法としては、定例ミーティングや研修の他、社内連絡や情報管理を効率化する専用ツールを用いることも有益だ。

・問題管理ができていない

問題管理とは、「インシデント」が発生した本質的な原因を解き明かし、二度と起きないよう再発防止策を講じることをいう。応急措置でなく、時間を掛けてでもじっくりと根本的な解決策を検討するようにしたい。

「インシデントプロセス面接」のすすめ

「インシデント」を解決するスキルを持った人材を見抜くには、「インシデントプロセス面接」が有効だ。

●「インシデントプロセス面接」とは

「インシデントプロセス面接」とは、リーダー人材向けの教育研修などで用いられている「インシデントプロセス法」を面接に応用したものだ。「インシデント」に関して被面接者が面接官に質問し、「インシデント」の問題点を抽出し、「インシデント」の原因を解明するとともに解決策を提示するという流れになる。

●「インシデントプロセス面接」のメリット

過去に実際に発生した「インシデント」が問題となる。そのため、被面接者が提示した解決法が有効かを判断しやすい。また、過去の事例を用意するだけなので、面接の準備にかかる時間も短縮化される。

●「インシデントプロセス面接」の流れ

「インシデントプロセス面接」は、基本的には以下の4つのフェーズで進んでいく。

1.「インシデント」の提示
最初に被面接者に対して「インシデント」を提示する。
2.「インシデント」の背景を確認
被面接者は「インシデント」を解決するために、面接官に質疑を行う。
3.「インシデント」の背景から解決すべき課題をフォーカス
「インシデント」の原因を特定し、解決すべき課題を抽出する。
4.課題の解決策を提示・評価
課題の解決策が確定を面接官に提示する。その内容を踏まえ、面接官は被面接者の評価を行う。

まとめ

「インシデント」の発生を防止するのはもちろんだが、それに留まらず、万が一の場合にはスピーディーに、しかも的確な対応が図れるように日頃から備えておかないといけない。どのような手順や体制で「インシデント管理」を行うのか。不備はないか。どんなリスクが想定されるのか。必要な要員は確保できているのか、この機会にぜひ検証し直してもらいたい。今やどの企業にとっても、「インシデント」の発生をゼロにすることは難しいと言わざるを得ない。「ならば、どうするか」が問われている。



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