労働基準法は、「賃金」を「労働の対償」として「使用者が支払うもの」としています(労働基準法11条)。賃金、給与、謝礼、寸志などの名称は一切関係ないのです。「労働の対償」とは具体的な労働への対価という意味だけではなく、家族手当のような労働者の属性によって支給されるものも含めて、使用者が支給基準を定めて支払うものとされています。
賃金と処遇との関係

法律でいうところの賃金とは?

 労働基準法は、「賃金」を「労働の対償」として「使用者が支払うもの」としています(労働基準法11条)。
 賃金、給与、謝礼、寸志などの名称は一切関係ないのです。
 「労働の対償」とは具体的な労働への対価という意味だけではなく、家族手当のような労働者の属性によって支給されるものも含めて、使用者が支給基準を定めて支払うものとされています。
 これに対し、使用者が道義的な観点から、任意に労働者に支払う「見舞金」や「お祝金」のようなものは賃金に当たりません。また、出張経費の精算や福利厚生目的の支給も賃金ではありません。もっといえば、顧客が労働者に直接支払うチップも使用者による支払いではないので、賃金に当たりません。

 ちなみに「労働の対価」に対して賃金を支給するとされていますので、労働が提供されなければ賃金は支払う必要はありません。これを「ノーワーク・ノーペイの原則」といいます。

 賞与も「労働の対償」として労働基準法上の「賃金」とされます。
 ただし、毎月支給される給与は、労働契約に基づいて労働者から労務を提供された後に賃金請求権が当然に発生するものとなりますが、賞与は当然に発生する権利ではないと考えられており、労働者が賞与の請求権を得るためには、就業規則での賞与支払い規定や、賞与支給が慣行されていたなどの根拠が必要となります。

 退職金も「労働の対償」であり、労働基準法上の「賃金」ではありますが、その性質は、賃金の後払いという意味と従業員の長年の功に報いるために使用者が支給するという功労報償としての意味を併せ持つものと考えられています。

賃金の支払い方にもルールがあった

 意外に知られていないのは、賃金の支払い方。
 法律では、賃金を支払うにあたり、以下のルールが設けられています。

1)通貨で支払う
 賃金は、通貨で支払わなければいけません。これは現物給付を禁止したものです。
 ただし労働協約(労働組合と企業とで締結する協約)に定めれば、定期券など賃金の一部を現物で支給することも可能です。
 実際には給与を現金で手渡しをする事はなく、口座振り込みで支払うのがほとんどかと思います。この給与の口座振り込みも、実は、本人の同意を得た上、本人の指定する本人名義の口座に振り込む場合に、通貨払いの例外として認められます(労働基準法施行規則7条の2)。

2)本人に直接支払う
 賃金は、直接労働者に支払わなければいけません。これは本人以外の代理受領を禁止したものです。
 代理人と違い、病気や長期出張中の労働者の配偶者に支払うことは可能とされていますが、実際には口座振り込みで支払われているのが通常でしょう。

3)全額支払う
 賃金は、全額支払わなければいけません。
 使用者は、例え一時的・便宜的にせよ、自分の判断だけで賃金を控除することはできません。
 賃金控除ができるのは、以下になります。
①所得税や社会保険料など法令によって認められているもの
②労働者の過半数を代表する者と書面の協定(労使協定、24条協定ともいわれます)を結んで一部を控除する(例、社宅・寮費の控除)場合
③賃金締切り後の欠勤や計算ミスなど、やむを得ない理由で賃金の過払いが生じたときに、翌月(又は翌々月)の給料から過払い分を控除する場合
 なお、労働者の自由意思による賃金債権の放棄と、使用者の一方的な相殺ではなく労使が合意で行う場合は、合理的理由が客観的に存在する場合に限り全額払いの原則に反しないとされています。

4)毎月1 回以上支払う
 賃金は、毎月1回以上支払わなければいけません。
 毎月1回以上ですので、月給はもちろんの事、週給、日給払いも可能です。年俸制は年単位で賃金額を決める制度ですが、その支払いは、少なくとも毎月1回以上にしなければいけません。

5)定期に支払う
 賃金は、一定の期日に支払わなければなりません。
 例えば、月給制で毎月月末の金曜日に支払うとするのは違法です。支払日が月によって異なるからです。
 定期払いの例外として、労働者が出産、疾病、災害、結婚、死亡などで1週間以上帰郷するときは、賃金支払日前であっても既に働いた分の賃金について労働者から請求があれば、使用者は支払わなければいけません。これを非常時払いといいます(労働基準法25条、労働基準法施行規則9条)。

賃金と処遇の関係(配転)

 配転とは、同一組織内で業務内容や配属先を変更することです。
 使用者が配転を労働者に命ずる権限(以下、「配転命令権」という)は、当然にあるわけではなく、労使の合意を基本としています。
 具体的には、就業規則に「業務の必要上、会社は従業員に配置転換を命ずることがある」などと定めてある上で、実際に配転が行われている形になります。
 このような場合でも、労働者との間で、就業規則の内容と異なる労働条件を合意していると、これが優先されます(労働契約法7条但書)。例えば、勤務地限定社員や高度専門職社員など、勤務する場所または従事する業務が特定されている場合は、使用者の配転命令権がその範囲に制約される事となります。

 配転命令権が認められても、その濫用は許されません(労働契約法3条5項)。
 実際に業務上の必要性がない場合や、報復の手段として左遷するなどの「不当な動機・目的」による場合、あるいは寝たきりの老父母、祖父母を抱えた共働き夫婦の夫に対する遠隔地への転勤命令など、配転によって労働者の私生活に著しい障害が起こる場合等は、配転命令権の濫用として当該配転命令は無効とされます(東亜ペイント事件判昭61.7.14)。
 使用者としては、子の育児、又は老父母・祖父母等の看護・介護を行っている労働者の配転・転勤には、十分配慮して行うことが必要になります。

 賃金面では、配転に伴いエリア手当などの地域に限定して支給されている手当の支給・不支給が想定され、また業務内容に変更による賃金額の減額もあり得ます。
 賃金が属人的な要素で決められている場合は、配転による賃金減額は不利益な取り扱いとされる可能性が高いため、給与構成として、業務内容・職位・地域により明確に区分されている事が求められます。

賃金と処遇の関係(出向・転籍)

 出向は、配転と違って、別法人への異動を意味し、出向元の会社での地位を残したまま一定期間出向先会社で就業するものです(「在籍出向」ともいいます)。
 出向は、就業規則での出向条項があれば出向命令権が認められていますが、出向元・出向先会社間の出向協定によって、出向先の労働条件、処遇、出向期間、復帰条件などが整備され、労働者にとって内容的にも著しい不利益が生じないようにすることが必要です。
 出向時の賃金は出向元から支給され、出向期間中の賃金額は出向時のままか、出向先での業務や職責に応じて変更されます。

 転籍は、現行の会社を退職し、転籍先の会社と新たに労働契約を締結することになりますので、常に本人の個別的合意がなければ許されません。使用者は、労働者に転籍を業務命令として命ずることはできないのです。
 転籍の場合、勤続年数の通算、年次有給休暇の付与日数、退職金支給など、これまでの労働条件をどこまで引き継ぐかを個別に合意していきます。
 賃金面では、転籍時の賃金を転籍先でも一定期間保証するケースもあれば、転籍時に新たな賃金額になる場合もあります。いずれも個別に合意する事となります。

賃金と処遇の関係(人事考課と減額)

 よくご相談を受けるのが、労働者の能力不足や業績不良に対する賃金減額です。
 どこまで減額ができるのか、どういった方法が妥当なのかなど、悩ましいところではあります。
 労働者の能力不足や業績不良による賃金減額の場合、人事考課の結果なのか懲戒処分の一つとするのかで判断も対応も異なってきます。
 懲戒処分としての降格の場合は、客観的な事実確認を行ったうえで、本人へ弁解の機会を与え、さらに就業規則に定められている内容に沿って手続きを進めていかなければなりません。
 人事考課による降格の場合は、降格に先立ち、一定期間での適切な指導や注意を実施し、本人に改善の機会を与えることが求められます。
 人事考課の結果を告知する方法について、法律上特に求められる方法はありません。あくまでも人事異動の内容として、通常と同様に行うのが望ましいといえます。
 特に賃金が減額される場合は、告知された労働者がどう判断するかに影響する可能性があり、業務への影響も考えられます。労働者の感情的な反応を回避するためにも、1~2週間程度前に、降格の内示を含め面談を実施すべきでしょう。
 また減額方法としては、人事考課に基づいた賃金テーブルがある場合はこれに基づいて実施しますが、厳密なルールが設けられていない場合は、一定期間で逓減させたり、調整給など代替措置を設け、賃金減額に同意を得やすくする事も一考です。
 いずれの場合であっても、賃金減額という措置は、その後の紛争をいかに防止するかという視点で、できるだけ労働者の理解と同意を得て実施するように努める事が肝要です。

 次回は、「労働時間、休日、休暇」についてお伝えします。


※本文中の法律についての記載は、平成28年8月5日現在の情報です。
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