★前回までのあらすじ
役員に直談判をし、社内改革に向けたチャンスを勝ち取った春代。しかし、問題は山積みで……

このコラムは、人事部で働く人々にインタビューし、メンタルヘルス対策にかける思いを中心に、その人生の一端を「物語」仕立てにしたものです。(※文中の名称はすべて仮名です)
~人事課長・春代の物語「社員全員を船に乗せ」第8話~

まずは成功事例を作りたい

春代は、まずなんとしても「成功事例」を作ろう、と決心していた。全社的に一斉に施策を展開するのが理想だが、コストや人手が足りずに中途半端な結果に終わりやすい。まずは、対象部署を決めて、徹底的にやるべきことをやる。そして、「自分たちの職場は変わった」という実感を、そこで働く社員たちに持ってもらう。そうすれば、他の事業所も必ず興味を持つ。その「変革の空気感」を拡げていき、最後には全社へとつなげたい。

対象部署は、かねてより懸案となっていた、川崎工場にした。平均残業時間が月60時間を優に超え、中には、月に200時間という社員までいる。メンタルヘルス不調になる者、身体を壊す者、退職する者が後を絶たず、そのせいで残っている社員にさらなる負担がかかるという悪循環に陥っていた。受注数は多いのに、人が足りない。さりとて、受注を断ればお客様から叱られる。では人を採用するか、そう考えて募集をしても、今日日、工場に人はそうそう集まらない。他の本部から人を異動させるのにも限界がある。そんな状況で、会社は有効な手を打てないまま、時だけが流れていた。

川崎工場の工場長は、春代の話を黙って聴いていた。最後まで話し終わったあと、工場長は言った。

「残業対策。それができなければ、すべて絵に描いた餅になるよ」

春代はうなずいた。春代自身も、そう考えていたからだ。
「会社は、一時的に身を切る覚悟があるのかい?」
「3年間、もらいました。もちろん、各論になると反対も出るでしょうが、長い目で変えていくという姿勢を持っています」
「だったら風吹課長、まずは、『社員の力』を回復させよう。社員の健康、社員の技術力、社員同士の人間関係。社員の力は、土台だ。土台をまずはしっかり回復させよう」

(春代ちゃん、まずは社員さんたちを、とにかく健康にしてごらん)

入院中におカルさんに言われた言葉が、また胸の中で甦った。

どうしたら残業は減る?

現場のことは現場の人間が一番わかっている。
春代はそう考え、まずは残業削減のプロジェクトチームを、川崎工場の若手メンバーを中心に編成した。若手のほうが、フラットな目で「おかしいものはおかしい」と言ってくれると思ったからだ。
プロジェクトリーダーは春代。現場任せにはしないと決めた。

最初に行ったのは、

【現状把握】
全体的に残業が多いといっても、当然、部署間の差や、個人間での差はある。それをまずは可視化した。

続けて、以下を行った。

【残業発生要因の仮説化とその検証】
なぜ特定の部署に多いのか、なぜ特定の人に多いのか、どの仕事に時間がかかっているのか、その要因をひとつひとつを丁寧に検証していった。

【可変部分の洗い出し】
残業が多くなる原因は様々である。その中で、「変えられるもの」を洗い出した。慣例になっている無駄なフロー、業務の重複、外部に委託できるもの、スキルが上がれば時間短縮できる仕事、情報共有がないから無駄に遅くなっている仕事、個人間の業務量の偏り、切り捨ててもなんとかなる仕事、マニュアル化、物理的なものの配置や整理整頓等である。

プロジェクトチームの若手メンバーたちは、目を活き活きさせ、こんなことを言った。
「嬉しいです。僕たち、なんの意味があるのかわからないような仕事や会議でも、『とにかく決まっていることだからやれ』の一言でやらされてきました。こうして、論理的に考えて、検討して、効率的に仕事を進めていけるようになれば、精神的なストレスがかなり減ります!」

その言葉を聴いて、春代は気がついた。真っ先に変えるべきなのは、社員たちの「意識」なのかもしれない、と。特に管理職たちだ。一昔前、「残業している社員のほうが有能だ」と見られていた時代があった。忙しそうにしていればいるほど、頑張っている有能な社員だと見られた。しかし今の時代、生産性が高く、短い時間で成果を出す社員のほうが有能であることは常識になっている。しかし、いまだに社内には「残業しているやつがえらい」という見方をする管理職、「とにかく仕事優先。何時間残業してでもとにかく成果を出せ」という管理職が多いのではないか。
もちろん、本当に有能だからこそ仕事が集まってしまい忙しくなる、というケースもあるだろう。であるならば、特定の人に仕事が集中しないよう工夫するのがマネジメントではないか。

春代は、可変部分の課題に対策をうっていくのと同時に、管理職の意識を変革するための、教育研修を企画した。
そして、変えるのが何よりも一番難しいのが、「人」であることを思い知るのだった。
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