筆者は現在各地の商工会議所や商工会などで、マイナンバーのセミナーを多数行っている。受講者は、比較的小規模な会社の社長や事務担当者がほとんどである。
質問を募ると、実務的な疑問というよりも、「なぜマイナンバーのために準備の負担をしなければいけないのか」という制度自体への反発が出てくることが多い。
ときには、「うちではマイナンバーを従業員から集めない。書類に書かなくても別に罰則ないんでしょ」と断言する社長さんもいる。
マイナンバー制度に協力したくないあなたに

マイナンバーを提供しないことについての罰則はない

来年1月から、雇用保険の資格取得届や喪失届、離職票、そして源泉徴収票や支払調書等に個人番号の記載が始まる。個人番号は法定記載事項のひとつである。つまり、会社にとっては、記載することが義務なのである。

しかし、公共職業安定所、税務署など書類の提出先では、個人番号の記載がないからといって書類を受理しないということはなく、とくにペナルティや不利益はないと言っている。
マイナンバー法では、個人情報保護法と比べて、格段に厳しい罰則がある。だが、その罰則の対象は、特定個人情報(個人番号を含む個人情報)を故意に漏洩させたり、盗用したり、特定個人情報保護委員会の命令に従わなかったり、というもので、個人番号を書類に記載しないことに対する罰則はない。もちろん、従業員などがマイナンバーを会社に提供するよう言われて断っても、そのことに対する罰則もない。

 マイナンバー制度導入前にも、一般の企業は社会保険事務や年末調整、住民税の特別徴収などで、行政に多くの協力をしてきた。しかしそれは、従業員の福利厚生や、事務負担を会社が肩代わりしてあげる効果が実感できるものであり、従業員のためだから、と会社としても納得しやすいものであった。
 それに対して、今回のマイナンバー制度はどうだろうか。事細かに安全管理措置が求められ、事務作業は増大し、社内規定も整備が必要だが、会社にも従業員にもすぐに目に見えるメリットはない。行政の効率化と言われても、「それはあくまでも役所の都合でしょ」としか思えないのも無理からぬところだ。

「納得できない制度には従わない」という態度の効果

一個人が、マイナンバーの通知カードの受取拒否をしたり、会社などへの提供をしない、という選択は、ありうる話だと思う。
 だが、会社単位で、個人番号を従業員などから取得しない、そして、税関係や社会保険関係の書類にも記載しない、という選択はどうだろうか。

 制度自体に納得できない場合、事務負担や金銭的な負担を負うことに大きな抵抗があることは理解できる。
 しかし、法律として必要な手続きを経て決まったことに対して、経営者が「納得できないから従わない」という態度をとることが、その会社で働いている従業員の目にどのように映るかということは、考えたほうがいい。

 昨今コンプライアンスという言葉がクローズアップされている背景には、会社の不祥事に対して世間の目が厳しくなり、民事・刑事の法的な制裁以上に過酷な、社会的制裁というリスクが待っている、という状況がある。
 さらに、会社の不祥事や、法令違反に対して厳しい目を向けているのは、外部の人たちだけではない。社内ルールと法令がぶつかったとき、従業員は内部の人間として、「うちの会社はこうなんだからしょうがない」と、法令を無視して社内ルールを押し通すことに目をつぶることになりがちだ。
そのような場合にいちばん怖いのは、表立って反抗したり、内部告発に走らなくても、従業員が会社に対して不信感を持ったり、「自分も納得できないことには従う必要がない」と考えるようになることだ。
 会社で行っていることに対して、従業員個人が「これは納得できない」と感じることは珍しくないだろう。そのときに、上司や経営者が、ひとつひとつ論理的・感情的に納得させることができればよいのだが、業務に追われている中ではかなり難しい。また、価値観の違いからどうしても納得できないこともあるだろう。
「個人的には納得できないが、これがルールだから従うのだ」というマインドも、仕事の中では必要とされる。
それに対して、経営者自らがそのようなルール遵守のマインドをぶちこわすような行動をしていたらどうだろうか。
会社への不信感は、仕事へのモチベーションを破壊する。さらに、まじめに、誠実に働く、という倫理感も失われる。

 コンプライアンスという言葉をお題目としてとらえるのではなく、身近な経営上の課題として考えれば、マイナンバーへの対応も「行政に協力しつつ、会社の負担は最小限にするよう工夫する」という当たり前のところに落ち着くのではないだろうか。


メンタルサポートろうむ代表
社会保険労務士/産業カウンセラー/セクハラ・パワハラ防止コンサルタント
李怜香(り れいか)

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