障がい者を採用しても、すぐに退職されてしまうと、雇用に至るまでの努力が無駄になったように感じたり、次に障がい者を採用することに不安を感じたりするかもしれません。2024年度、2026年度に障がい者雇用の法定雇用率の引き上げを控え、さらに障がい者採用を進めていく必要に迫られる中で、早期離職という課題を解決していかなければ、同じことの繰り返しになってしまいます。障がい者雇用を定着させるポイントはどこにあるのでしょうか。本稿では、障がい者雇用の定着と、精神障がいの体調管理に活用できるツールについて見ていきます。
障がい者雇用の職場定着のポイントと精神障がいの体調管理に活用できるツールを紹介

当事者がもつ「仕事や職場のイメージ」が実際と異なると退職になりやすい

まず、障がい者の離職原因として、どのような点があるのかを見ていきましょう。「平成25年度障害者雇用実態調査結果」(厚生労働省)では、身体障がい、精神障がいの当事者の離職理由として、次のようなものがあげられています(知的障がいのデータはこの調査では実施されていません)。

【身体障がい、精神障がいの上位の離職理由】
●職場の雰囲気・人間関係
●賃金・労働条件が合わない
●仕事内容が合わない

また、上記に加えて、精神障がいの場合には、次のような理由もあげられています。

●疲れやすく体力意欲が続かなかった
●症状が悪化(再発)した
●作業、能率面で適応できなかった

「賃金・労働条件が合わない」という点に関しては、求人票や面接等で事前に確認しやすいですが、その他の理由については、実際に職場で業務を行なってみないとわからないこともあります。障がい者雇用の場合には、採用前に職場実習(企業実習)を実施してから採用することが一般的で、これを行なうことは企業側にとっても、当事者にとってもメリットがあります。

企業にとっては、自社が求めている業務を候補者がこなせるのか、求めているレベルに達しているのかを、業務内容や勤務時間などを実際に見て判断することができます。当事者側にとっても、自らに求められている業務内容やスピード、また社内の雰囲気、状況などが事前に体験できるため、就業後のイメージがつきやすいです。このような理由から、職場定着を意識した採用を行なうには、まず採用前に職場実習(企業実習)を実施するとよいでしょう。

障がい者雇用の定着を図るためのポイント

障がい者雇用の職場定着には、職場実習以外にもいくつかのポイントがあります。下記の3点を解説していきます。

1.業務設計を行い、業務にマッチングする人材を採用する
障がい者採用に失敗した企業の事例を見ると、求める業務にマッチしない人材を採用してしまっていることが多くあります。当然、業務の遂行が滞るので、障がい者と一緒に働く社員にも、障がい当事者にも、ストレスや負担がかかります。これを防ぐには、「どのような業務内容で採用するのか」を明確にし、適切にマッチングする人材を採用することが求められます。それを実際に見て確かめられるのが、さきほど紹介した職場実習(企業実習)です。職場実習について、詳しくは関連記事を参照ください。

2.障がい者と一緒に働く社員に、事前に情報提供しておく
障がい者社員の職場定着には、一緒に働く社員の理解が必要です。障がい者と一緒に仕事をする社員が、働く上で不安にならないように、また当事者への接し方や対応に戸惑わないようにするために、必要な情報や学ぶ場を会社が提供します。障がい者雇用や障がい理解の概要を学ぶには、研修を受講すると効果的です。無料で受講できる研修については、関連記事を参照ください。

また、当事者が求める「合理的配慮」があるならば、その点についても一緒に働く社員に共有しておきます。障がいによっては、業務にどのような支障があり、周囲はどのような配慮が必要なのか、見た目だけではわからない場合が少なくありません。当事者がどのような配慮を職場に求めているのか、職場で一緒に働く社員が事前に知らなければ、対応をすることはとても難しいでしょう。なお、障がい者社員の特性や困りごとについて、どの程度の内容を誰に伝えるのか等については、当事者の希望を尊重してください。

3.障がい者を適切にマネジメントする
職場定着には、障がい者を適切にマネジメントしていくことも求められます。会社や部門、チームの目標やそれに合わせた各自の役割などを明確にしていきます。また、業務の中のマネジメントに加えて、1on1(個別面談)を行なうとよいでしょう。1on1(個別面談)については、関連記事を参照ください。

障がい者雇用の担当者と、障がい者枠で働く当事者、双方の話を聞いて感じることは、「お互いのコミュニケーションが足りない」ということです。面談の時間は設けているようですが、肝心の仕事に対するフィードバックや、職場で実施している配慮に関する情報共有が不足し、共通理解に至っていないケースが見られます。企業側で配慮しているつもりでも、当事者にそれが伝わっておらず、逆に疎外感を覚えてしまっていたり、区別されていると感じてしまっていたりすることも珍しくありません。適切な配慮は必要ですが、率直に伝えることも大切です。

精神障がいのマネジメントで活用できる体調管理ツール

ここまで、障がい者雇用の一般的な職場定着について見てきましたが、最後に、精神障がい者のマネジメントで活用できる体調管理ツールについてお伝えします。精神障がいは、他の障がい種別と比較すると離職者が多く、職場定着が課題となっています。また、精神障がい者の離職理由を見ても、職場定着のために体調管理が大きなポイントとなっていることがわかります。そのため、精神障がいのマネジメントでは、体調管理も含めてサポートしているところもあります。

ある企業では、精神障がいの社員を対象に体調管理ツールを導入し、日々の体調などを記録してもらうことによって、当事者の心身への影響や疲労度合いなどを可視化しています。この情報は、当事者の社員、マネジメントしている社員、定着支援の担当者等が共有できるようになっています。

当事者の社員は、記録をつけることによって、心の状態や体調の波を自覚したり、必要時は自発的に相談を申し出たりすることができるようになりました。また、当事者をマネジメントしている社員、定着支援の担当者でも記録を確認し、気になることがあればマネジメントしている社員から当事者の社員へ声掛けを行なっています。

この取り組みによって、当事者社員の突発的な休みが減少し、出社率が上がりました。さらに、定期面談と組み合わせて活用することで、不調時に起こりやすい他の要因との関連性に気づき、当事者社員が不調に陥る前に自ら対処できるようになったそうです。例えば、当事者は、体調を良い状態に保つために日常的に行なうルーティンとして、呼吸法、個別ブースでのリフレッシュ、休日の散歩などに取り組むようになりました。また、不調を感じたときには、医療機関の受診や、ネガティブ思考にならないルーティンを行なうようにしたそうです。

なお、この精神障がい者社員のケースでは、難易度の高い業務に取り組みはじめたときに不調になりやすいことがわかりました。そのため、マネジメントを担当している社員は、当事者が得意な分野から順番に教えることで業務モチベーションを高めたり、業務範囲の見直しを定期的に行なったりといった対応をするようにしました。すると、以前よりも当事者社員の業務のスキルアップが見られるようになりました。このように、当事者の業務上の変化と体調の変化について分析することで、本人に合った業務のペース・指導方法を調整することができ、マネジメントに活かすこともできます。

なお、このような取り組みをするかどうかは、企業の考え方やマネジメント方法によるでしょう。「体調管理は自身がするもの」という考え方もありますが、精神障がいの職場定着に悩んでいるのであれば、このようなツールの活用を検討することができるかもしれません。費用のかかるアプリやソフトもありますが、神奈川県川崎市による、セルフケアを実践しながら就労定着を図るためのプログラム「K-STEP(川崎就労定着プログラム)」は、無料で活用することができます。「K-STEPプログラム」を実施する企業は、「K-STEP利用届出書」の提出が必要です。下記参考リンクを参照ください。

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