香山 リカ 著
KKベストセラーズ 780円

 パワーハラスメント、うつ、メンタルヘルスについて書かれた本には類型があり、データを紹介する解説本、どこまでがパワハラになるのかを説明する対策本であることが多い。読んでいて退屈な本もある。
 そんな予想で本書を読み始めると裏切られる。文化的考察が多く、面白いのだ。
職場で他人を傷つける人たち
 たとえば「メランコリー親和型性格」に関する項目では、1968年に公開された『黒部の太陽』を引用して説明している。
 三船敏郎演じる現場責任者・北川の娘が白血病になって入院し、「あと1年の命」と通告されるが、北川は娘の元を去り現場に戻る。そしてトンネルが開通して現場が躍り上がって喜んでいる時に、北川は娘の死を知らせる電報を受け取る。
 香山さんは「これぞ、メランコリー親和型の典型だ」と書いている。メランコリー親和型性格の特徴とは「几帳面、他人への過剰な配慮、秩序を重んじること」で「生まじめ人間」だ。
 この説明に『黒部の太陽』を使うとは凡庸な発想ではない。ただ現在では『黒部の太陽』を観た人は少なくなっており、多くの人は黒部ダムを観光スポットのひとつと考えているはずだ。

 本書ではじめて知ったが、若者ホームレスの多くはパワハラの被害者なのだそうだ。本書には次のように書かれている。「二〇代、三〇代のホームレスの多くは、就業経験どころか正社員の経験も持つ」。ではなぜ腰を据えて働かないのか?
 その理由を香山さんは『若者ホームレス白書』から引用している。「過去に仕事で受けたトラウマがもとになり、“働きたくても働けない”状態に陥っている人もいた。かつてSEとして働いていた二七歳の若者は、前職で受けたイジメをきっかけにうつになり、仕事を退職した」。
 その青年の言葉も紹介されている。「ホームレス状態でいることはもちろんイヤ。でもそれと同じくらいの恐怖が働くことにある」。

 本書でとくに斬新と感じたのは、徒弟制度についての考察だ。世界各国の法制度を比較し、欧米の徒弟労働の歴史を紹介している。日本でも徒弟制度は平安・鎌倉の時代から存在していたそうだ。そして「会社はイエ」と考える日本の職場には、いまだに徒弟制度や年季奉公の名残がある。
 この「イエ」意識が、パワハラが発生する背景にある。会社に潜むイエ意識(徒弟制度・年季奉公)によって日本の職場は、「ポジティブな動機でお互いを結びつけるシステムというよりは、むしろお互いが「御法度を犯していないか」と目を光らせ、ちょっとでも怪しい人かいれば監視したり、親方に密告をしたりする」というのが香山さんの見解だ。
 日本の職場は、結束の根本に「強い管理、支配、監視や密告、排除」という要素が不可欠なので、必然的にパワハラが起こるというのだ。

 バブル崩壊後に増大したうつ病患者数と、その背景についても解説されている。この20年間で「イエ」だったはずの会社は激変した。1980年代までの企業は経営者を家長とする家族のような組織だった。互いが御法度を犯さないように目を光らせていたとしても、内部にいれば一生の身分が保証された。
 しかしバブル崩壊後に成果主義が導入され、会社にいる時間はフレックスタイム制になり、部や課の単位ではなくプロジェクト制で仕事が進む。そういう「秩序の激変」がうつ病の背景にある。
 秩序の激変はパワハラやうつ病の増大だけでなく、小中高のいじめ、ペアレントモンスターやクライアントモンスターの蔓延の原因でもあるだろう。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!