企業の障がい者雇用を進める理由としてよくあげられるものは、「障害者雇用率達成指導」と「企業名公表」です。日本の障がい者雇用は、「障害者雇用促進法」により法定雇用率が決まっています。それが未達であると、「障害者雇用率達成指導」や「社名公表」がおこなわれることになるため、障がい者雇用を進めようとする企業が多くあります。もちろん雇用率の未達成や社名公表を回避することも大切ですが、この理由だけで障がい者雇用を進めていくと、社内で障がい者雇用の理解が進まないことがあります。ここでは、「障害者雇用率達成指導」と「社名公表」についての流れを説明するとともに、企業で障がい者雇用を進めていくために、もっておくとよい考え方についてお伝えしていきます。
なぜ、企業は障がい者雇用をおこなうのか~「障害者雇用率達成指導」と「社名公表」~

「障害者雇用率達成指導」と「障害者雇用雇入れ計画書」とはどのようなものか

まず、「障害者雇用率達成指導」について見ていきましょう。障害者雇用率は、厚生労働省から発表される障害者雇用状況の集計結果から知ることができます。この数字は、毎年6月1日に、企業が障がい者をどれくらい雇用しているかを報告するものにもとづいて出されています。

この6月1日時点の障がい者雇用の報告は、「ロクイチ調査」と呼ばれており、法定常用労働者数が45.5人以上(法定雇用率2.2%)の事業主が対象となっています。これを提出することにより、行政にどれくらいの障がい者を雇用しているのかが把握されることになります。

障害者雇用率が達成できていない事業主でも、すぐに企業名が公表されることはありませんが、それまでに「障害者雇用率達成指導」がおこなわれます。ハローワークの雇用指導官が企業に訪問し、指導やアドバイスなどをおこなうのです。それでも「あまり障がい者雇用が進んでいない」と判断されると、「障害者雇用雇入れ計画書」を提出し、2年間で障がい者雇用率を達成できるように計画を作成する命令が出されます。

「障害者雇用雇入れ計画」作成命令が出される基準としては、厚生労働省から次の点が示されていますが、企業の状況や所在地によって若干対応は異なるようです。

(1)実雇用率が前年の全国平均実雇用率未満、かつ、不足数が5人以上であること
(2)不足数が10人以上であること
(3)法定雇用障害者数が3人、または4人であり、雇用障害者数が0人であること


引用:厚生労働省「障害者雇用率達成指導の流れ」

障害者雇用率達成指導の流れは、次のようになります。
なぜ、企業は障がい者雇用をおこなうのか~「障害者雇用率達成指導」と「社名公表」~
引用:厚生労働省「令和元年障害者雇用状況の集計結果」

「障害者雇用雇入れ計画作成」命令は、2年間で障がい者雇用を達成するための計画書を作成し、ちょうど事業計画書を作成するように、障がい者雇用を達成するための時期や方法を記載していくものです。そして、この雇入れ計画書にもとづき、ハローワークから定期的に指導が入ることになります。

計画の1年目の終わり頃には、雇入れが計画通りに進捗しているかを確認され、できていないと雇入れ計画の適正実施勧告がなされます。また、雇用状況の改善が特に遅れている企業に対しては、計画期間終了後に9ヵ月間、社名公表を前提とした特別指導が実施されます。そして、最終的に「改善が見られない」と判断された場合には、企業名の公表となります。

「障害者雇用雇入れ計画書」の通りに実施できていない場合は、経営層に対して、労働局や厚生労働省の直接指導が実施されることもあります。雇入れ計画を提出されている企業に関わることもありますが、人事部や管理部の担当者の方々は、かなりのプレッシャーを感じていることが多く、雇入れ計画作成命令が出される前に、計画的に障がい者雇用を進めていくことが望ましいといえるでしょう。

障がい者雇用の未達成による「企業名公表」で考えられる影響とは

「社名を公表されたところで、影響はあるのか」とおっしゃる企業があります。これは、企業ごとの考え方にもよりますが、障がい者雇用の社名公表には、決して軽く考えることはできない影響がある、と感じています。

企業名が公表されるということは、長期間にわたって、そして世界中のどこにでも「障害者雇用未達成企業である」と示すことになるからです。また、一度情報が公開されると、それを収拾することは不可能に近いですし、そのような悪い印象を与える情報がインターネット上に残っていることで、今後の人材採用や企業間取引に悪影響があるかもしれません。

また、何よりも、企業で働いている従業員にとって、「自分の働いている企業は、障がい者雇用ができない冷たい企業」と感じさせてしまう恐れもあります。あえて周囲には伝えることはないかもしれませんが、従業員の中には、家族や子ども、親しい知り合いに障がい者がいることも珍しくありません。そのような従業員が「自分の所属している企業が、障がい者雇用で社名公表になった」と知ったらどのように感じるか、ということも考えておくべきでしょう。

障害者雇用未達成の企業名公表の例ではありませんが、障がい者雇用が進められてこなかったことを理由に、社名が大きく取り上げられたことがありました。1999 年におこった「JAL 訴訟問題」です。

「JAL 訴訟問題」では、1999 年にJAL の一部の株主が「同社の経営者が障がい者の雇用を積極的におこなわずに多額の『障害者雇用納付金』を支払っていたために、同社に納付金相当の損害を与えてきた」として、JAL の経営者を相手に株主代表訴訟がおこなわれています。今は、企業の社会的責任やSGDsなど、企業と社会との関わりや、社会的な意義への関心が、この当時以上に高まっています。企業名が公表されることの影響は、さらに大きなものとなってしまうでしょう。

また、「『障害者雇用納付金』を支払っているので雇用する必要はない」と考えている企業もいらっしゃいますが、「障害者雇用納付金」とは、障がい者雇用の義務を果たしている企業と果たしていない企業での経済的な負担を調整するためのものであり、納付金で障がい者雇用が免除されるわけではありません。

障害者雇用納付金制度の詳細については、下記を参考にしてください。
障がい者雇用の悩みと解決のヒント「障がい者雇用担当者が知っておきたい『障害者雇用納付金制度』と『納付金制度』の助成金とは」

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