急激な物価上昇(インフレーション)が続く中で、「インフレ手当」が注目を集めている。一時金または月額手当の支給によって従業員の生活をサポートしようとする施策であり、そこにはエンゲージメント向上や離職防止といった企業側の狙いも込められている。本稿では「インフレ手当」の意義や効果、支給方法や金額、先行事例などをまとめ、その価値について考えたい。
「インフレ手当」の意味や相場の金額とは?支給企業や企業のメリット、支給方法を紹介

「インフレ手当」の意味と背景とは?

「インフレ手当」とは、物価高騰(インフレーション)が急激に進む中、従業員の生活支援を目的として企業が従業員に支給する特別手当のことを指す。名称は「インフレ手当」以外に「インフレ特別手当」や「物価上昇応援手当」など企業によってさまざまである。支給の方法も、一時金としての臨時支給、給与への上乗せ(手当)など企業によって異なり、支給範囲(正社員のみ/パートやアルバイトも含む、など)や支給額も各企業が独自に設定している。

◆「インフレ手当」支給の背景

「インフレ手当」の支給企業の増加は、昨今の急激な物価高騰が背景にある。2021年以降、コロナ禍からの経済活動の再開による需要の拡大で原材料価格が上昇傾向にあり、2022年のロシアによるウクライナ侵攻によって原油や小麦の価格がさらに上昇。さまざまな分野での生産、保存・輸送などの費用に影響を及ぼし、食料をはじめとする多くのものの価格が国際的に高騰している。また、円安が進んだことから国内では輸入品の値上げも増えることとなった。

こうした状況を受け、2022年~2023年にかけて食料品や光熱費などの値上げが相次ぎ、家計を圧迫するようになった。そこで、不安を覚える従業員の生活を支援するため、「インフレ手当」として特別手当を支給する企業が増加しているのである。

「インフレ手当」の金額と支給方法

帝国データバンクが実施した「インフレ手当に関する企業の実態アンケート」(アンケート期間:2022年11月11日~15日、有効回答企業数:1248社)によると、「インフレ手当」の支給が徐々に広がりを見せている様子がわかる。アンケート実施時点ですでに「インフレ手当を支給した」企業は全体の6.6%。さらに「支給を予定」している企業が5.7%、「検討中」が14.1%で、これらを合計すると26.4%と、4社に1社以上が「インフレ手当」への取り組みを行っている結果になった。

続いて支給額を見ると、「一時金」として支給した企業の支給額(予定・検討中含む)は、「1万円~3万円未満」が27.9%で最多だった。以下、「3万円~5万円未満」と「5万円~10万円未満」がともに21.9%、「1万円未満」が11.9%、「15万円以上」が7.3%と続いた。平均支給額は約5万3,700円となった。

一方、「月額手当」として支給する企業の支給額(予定・検討中含む)は、「3,000円~5,000円未満」と「5,000円~1万円未満」がともに30.3%で最多。以下「3千円未満」が26.9%、「1万円~3万円未満」が11.8%、「3万円未満」が0.8%と続き、平均支給額は約6,500円だった。


上記の通り、「インフレ手当」の支給方法は「一時金」と「月額手当」に分けることができる。帝国データバンクのアンケートによれば、「一時金」として支給した企業が3分の2の66.6%、「月額手当」として支給した企業が36.2%で、前者の方が主流となっている。

「一時金」、「月額手当」とも、支給額は、一律、基本給と連動、扶養家族の人数と連動など企業が独自に決めることとなるが、支給方法によって就業規則の改定が必要になるほか、今後の物価の動向と企業の業績次第では、さらなる「一時金」の支給、「月額手当」の金額再設定や打ち切りなどが課題となる可能性もある。次に、「インフレ手当」の支給方法による手続きの違いについて説明する。

◆「インフレ手当」の支給方法

(1)「一時金」としての支給
一時金としての「インフレ手当」は、賞与に上乗せして支払う方法が作業の負担が少ないといえる。賞与として所得税が課税となり、社会保険・雇用保険料が発生するものの、事務処理としては既存の賞与の手続きと変わらず、就業規則の改定をする必要はない。また、残業代の計算のベースとして設定する義務や、継続的に「インフレ手当」を上乗せして支給する義務なども発生しない。

(2)「月額手当」としての支給
毎月の給与に上乗せして「インフレ手当」を支給する場合は、支給開始時に就業規則の絶対的記載事項である「賃金の決定、計算に関する事項」を改定する必要があり、支給事由・支給期間も明記しておかなければならない。就業規則の改定に伴い、労働基準監督署への書類提出といった手間が生じるほか、実質的な給与改定となるため、所得税、雇用保険料、残業代の計算などにも影響が及ぶことになる。

「インフレ手当」支給の企業事例

続いて、実際に「インフレ手当」を支給した企業3社の事例を紹介する。

●株式会社すかいらーくホールディングス

「食費や水道光熱費の上昇など生活の基盤となる価格上昇が著しい中、会社として従業員およびその家族が少しでも安心して生活出来るためのサポートが必要不可欠である」との考えのもと、特別一時金として「インフレ手当」を2023年3月支給の給与と合わせて支給すると発表した。支給対象者は正社員、嘱託社員、社会保険に加入済のパート/アルバイトで、支給額は正社員と嘱託社員が5~12万円(子育て世帯に対しては人数に応じた支援を実施)、パート/アルバイトが一律1万円。

●三菱自動車工業株式会社

2022年12月2日付で「特別支援金」として「インフレ手当」の支給を実施。管理職を除く正社員など約1万2,000人に対しては10万円を、期間従業員やアルバイトなど約2,000人に対しては7万円を「一時金」として支給した。支給総額は13億円に上るという。

●ケンミン食品株式会社

2022年度は原材料価格の高騰などにより営業利益の減益が見込まれるというが、「社員の生活を支援することを最優先にし、終わりの見えない物価上昇の不安感を和らげることを目的」として、二度に渡って「一時金」を支給。第1弾が2022年7月、夏季賞与に上乗せされた「インフレ手当」。在籍日数1年以上の正社員・契約社員計170名には5万円、1年未満の20名に対しては在籍日数に応じて1万円~3万円が支給された。

第2弾が2022年12月、冬季賞与に上乗せされた「生活応援一時金」。こちらは社員だけでなくフルタイム勤務のパート/アルバイトも含む253名が対象となり、本人への1万円に家族1人あたり1万円を加算して支給。「家族が多いことで出費が多い社員に手厚く支給する」内容となっていた。

さらに2023年度は、基本昇給(平均2%)に加えて家族手当の増額実施も打ち出している。

「インフレ手当」を支給するメリットとは

従業員の家計支援にあたって「特別手当ではなく賃上げで対応する」という企業もあるほか、インフレによってコスト増大や業績悪化に見舞われ、支給する余裕のない企業も存在する。前述した帝国データバンクのアンケートでは「インフレ手当を支給する予定はない」との回答が63.7%に達しているように、支給しない/できない企業がまだまだ多数派であることは否めないが、「インフレ手当」を支給する効果やメリットは少なくない。具体的には、下記の3点があげられる。

(1)従業員エンゲージメントの向上

急激な物価上昇の中で従業員が抱える生活上の不安を「インフレ手当」で軽減することができれば、従業員エンゲージメントの向上を期待できるだろう。帝国データバンクのアンケート結果でも「物価高騰の中で少しでも社員のモチベーションアップにつながれば」と、支給に至った理由を回答した企業があった。従業員の生活の安定を支援する施策として、従業員から会社への貢献意欲や愛着を高められると考えられる。

(2)離職の防止

帝国データバンクのアンケートでも「人材流出の防止策としても実施する予定」とした企業があったように、「インフレ手当」はリテンション効果も期待できる施策である。厳しい環境の中でも、従業員の仕事に報いる施策を実施する企業には、人材も定着しやすいだろう。

(3)企業ブランディング効果

「インフレ手当」の支給は、社内(従業員)だけでなく社外にも影響を及ぼす。前述した通り、「インフレ手当」の支給を実施した企業は「従業員およびその家族が安心して生活出来るためのサポートが必要不可欠」、「社員の生活を支援することが最優先」などと謳っている。経営が苦しい中でも従業員の生活を第一に考えるこうした姿勢は、消費者・取引先・顧客・社会に対してプラスの企業イメージをもたらすことだろう。また求職者の印象も良化するほか、株式市場や投資家にも「人材を大切にする企業」として好意的に受け止められるはずである。


物価の高騰が続き、企業経営への圧迫も深刻となる中で、原資を必要とする「インフレ手当」の支給はハードルの高い施策かもしれない。しかし、従業員のエンゲージメントとモチベーションの向上、離職防止、企業のイメージアップなどにつながる「インフレ手当」の支給は、労働環境の整備や働き方改革、福利厚生の充実などと同様に重要な意義を持ち、効果の高い“投資”と考えることもできる。経営状況に加え、社会的な動向、他社の事例、社内での要望などもふまえ検討してみてはいかがだろうか。
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