昨今、ビジネス環境は大きく変化し、経営戦略や人材マネジメントのあり方にも「人的資本経営」を軸とする変革が迫られている。2022年には政府から人的資本開示の指針が示され、各企業では開示内容の検討やデータの収集が目下の課題となっているのではないだろうか。しかし、表層的な流行に踊らされ、人事として行うべき本質を見失わないよう、日本人材マネジメント協会(JSHRM)は警鐘を鳴らしている。本講演では、日本板硝子株式会社 執行役 人事統括部長/JSHRM会長の中島 豊氏とJSHRM理事/組織・人事コンサルタントの土橋 隼人氏が、人的資本経営に向けた人事の役割の変化と、HRDXを活用した人的資本開示の本質について解説。さらに講演の後半では、両氏による「人事部門が今後、強化すべきこと」などをテーマとしたディスカッションが行われた。
人的資本経営時代の人事の役割を考える――HRデータのガバナンスを整備し、「経営のパートナー」から「経営の主体」へ
中島 豊 氏
著者:

日本板硝子株式会社 執行役 人事統括部長/JSHRM会長 中島 豊 氏

大学卒業後、富士通にて人事・労務管理業務に従事。米国ミシガン大学のビジネススクールに留学し、欧米企業の人的資源管理の理論を学ぶ。その後、外資系企業で勤務し人事管理の実務を経験した。傍ら、中央大学大学院博士後期課程に入学し、グローバル経営に必要な人事管理について研究し、博士(総合政策)を取得。また非正規人材を活用する米国型のビジネスモデルの日本での展開に取り組んだことから、日本における働き方や雇用の在り方についての意見発信を行なった。また、何社ものグローバルM&Aに携わったことで、日本企業の人事をグローバル化に転向させる知見も有する。現在はグローバルな競争環境において人材の育成や管理の在り方について実践と研究を行っている。2021年1月より、人材マネジメント協会会長に就任。

土橋 隼人 氏
著者:

JSHRM 理事/組織・人事コンサルタント 土橋 隼人 氏

組織人事コンサルタントとして10数年の経験を有する。人材マネジメント(戦略策定、制度設計等)とHRテクノロジーの両方を専門とするコンサルタント。 HRテクノロジーやEmployee Experience(従業員体験)、デジタル世代の人材マネジメントに関する講演多数。 日本人材マネジメント協会(JSHRM)では執行役員を務めたのちに2021年に理事に就任。

人的資本経営やHRDX時代に求められる
人事・人材マネジメントの変化とは

人的資本をはじめとする「非財務情報」が今後の経営のカギに

中島氏 今、経営のあり方が大きく変わり、人事にも変化が迫られています。まず経営はどのように変わってきているのかを確認します。これまでの経営は利益に着目し、ある意味で財務の数字だけを見ていれば良かった。野球に例えるなら「スコアボードを見て観戦」していました。ところが、昨今は人的資本経営に代表されるように、まったく新しい着眼点が生まれています。具体的には、利益を生み出す仕事そのものが注目されているのです。同じく野球に例えると「ボールの動きを見て観戦」ということになるでしょう。財務諸表だけを見ても経営の善し悪しの判断はできません。仕事に関するプロセスや環境などの非財務情報、さらにその中で大部分を占める「人材」、すなわち「人的資本」が重視されるようになっているのです。

こうした流れを受け、企業は政府から、経営に「人的資本指標」の導入および「人的資本開示」を求められるようになりました。2022年8月には、内閣官房より「人的資本可視化指針」が発表されました。「人的資本指標」とは、端的に言えば「望ましい企業(経営)状況を実現すると同時に、従業員の人間的な欲求の充足を図るための指標」です。この指標に基づいて現在の状態を認識し、その上で、変化を予測して評価・制御することが求められます。

一方で、人的資本の状態には、「数量化して測定することが可能であるが、不適当なもの」があり、また、「数量化して測定すること自体が不適当なもの」もあります。このため、「数量化が可能で、かつ量と質の両面で代表的な要素」が指標として選択されることになります。何を選んでどのように開示するのかは、経営や人事の方の悩みの種となっているのが現状です。

何が指標となるのか、詳しく見ていきましょう。先述のとおり、人的資本経営が注目される背景に、利益を生み出す仕事そのものが着目されるようになったことがあげられます。仕事の生産性は結局、効率性と効果性に左右されると考えられます。効率性と効果性をアップさせれば、仕事の生産性も向上する。つまり、効率性と効果性が見える化されれば、人的資本の状態が一定程度クリアになるということです。政府から発表された人的資本開示のガイドラインも、効率性または効果性に関する指標の開示を求める内容となっています。具体的には、効率性の関連では「人材育成」と「健康・安全」、効果性では「ダイバーシティ(多様性)」、「コンプライアンス・労働慣行」があげられています。
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