2022年6月1日より改正公益通報者保護法(以下、改正法)が施行された。行政機関への公益通報を端緒とした行政罰や刑事告発、勧告に従わないことを理由とした公表、通報を受けた報道機関の報道による企業のイメージダウンや職場のモラル低下など、内部公益通報を起因とした失敗コストは甚大なものとなる。そうした企業価値の毀損を防止するためには、予防コストをかけて体制整備を十全なものとすることが求められる。今回は法改正の内容や、改正に伴って人事担当者に求められる対応について解説する。
「改正公益通報者保護法」の施行に伴い人事労務担当者がとるべき“対策”とは。主な改正ポイントと具体的な対応策を解説

改正公益通報者保護法の主な改正ポイント

主な改正法の概要は以下のとおりである。

1.公益通報者

従来の「労働者」や「派遣労働者」等に加え、新たに「退職後1年以内の退職者」や「役員」を規定した。ただし、役員については、調査是正措置に努めることが公益通報の前置とされている通報対象事実もある。

2.通報対象事実

従来の「刑法や個人情報保護法等が定める罪の犯罪行為の事実」に加え、新たに「行政罰である過料の理由とされている事実」を規定した。

3.保護の内容

事業者は公益通報によって受けた損害の賠償を請求できないこととした。

4.公益通報の保護要件

事業者内部での公益通報については改正されていないが、行政機関への通報は、従来の「通報対象事実が生じるか、まさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合」(真実相当性)に加え、新たに「氏名や住所等を明らかにして通報対象事実が生じるか、まさに生じようとしていると思料する理由などを記載した書面を提出する場合」を規定した。

また、報道機関等への通報について、改正法により真実相当性にプラスされる次の保護要件が規定された。

(1)解雇、その他不利益な取扱いを受けるおそれ
(2)通報対象事実に係る証拠が隠滅・偽造・変造されるおそれ
(3)事業者が公益通報者を特定させる事項を漏らすおそれ
(4)事業者からの公益通報をしないことの要求
(5)事業者内部への公益通報後20日以内の調査開始通知なし、または調査の懈怠
(6)個人の生命・身体や財産に対する損害の発生またはその急迫した危険

※(6)の要件について、改正法により財産に対する損害が追加されたが、通報対象事実を直接の原因とする、回復困難な損害または多数人における多額の損害に限られる。

5.体制整備

常時使用する労働者数が300名を超える事業者に対し、「公益通報対応業務従事者の指定義務」、「公益通報対応体制の整備義務」が課される。「常時使用する労働者数」については、パートタイマーなど非正規従業員であっても、常態として使用するのであれば人数にカウントされる。

また、体制整備義務に関して必要があると認めるときは、内閣総理大臣は事業者に対して報告を求める、または助言・指導・勧告をすることができる。勧告に従わない事業者は公表される。

体制整備に関する人事労務上の対応策とは

「通報対応部署は総務部や法務部が主であり、人事部ではない」という企業もあるものの、通報対象事実には刑法犯が含まれるため、「ハラスメント」は対象となる。加えて、「パワハラ防止法」に基づき、事業主が厚生労働大臣に対し、雇用管理措置や不利益取扱いの禁止に関して、必要な事項について虚偽の報告をした場合は20万円以下の過料に処せられる。ただし、改正法により過料の理由とされている事実についても、前述の通り、通報対象事実に含まれる。

また、不正行為に関与した従業員の懲戒処分(減免を含む)や、公益通報をした従業員の不利益取扱いの禁止など、人事部が主体的に対応する場面が出てくる。そのため、通報対応部署が人事部ではないからといって、無関係となるわけではない。

そこで、改正法に基づく人事労務上の対応策を概説する。

公益通報対応業務従事者の指定義務

人事部が主体的に調査や是正をする案件が発生した場合に、必要に応じて、事案に関与しない最小限の社員を従事者に指定することになる。また、改正法に基づき、従事者に対して「公益通報者を特定させる事項」についての守秘義務が課される。これに違反した場合は30万円以下の罰金刑に処せられるため、その指定の範囲、書面による指定、誓約書の徴求、情報漏洩に対する懲戒の規定を定める必要がある。

公益通報対応体制の整備義務

公益通報対応体制の整備義務とは、「マネジメントシステムを構築し、PDCAサイクルを回す」ということだが、そのために体制、文書化、教育、記録保存が必要となる。体制については、組織全体の問題ではあるものの、調査や是正措置を講じる部署を決め、責任者や役割分担を定めておく必要がある。また、公益通報者や通報対象事実に係る情報の範囲外共有を防止するための管理措置も必要となる。

通報受付窓口の設置

通報受付窓口を設置する際には、ハラスメント相談窓口を応用することが考えられる。ただし、通報受付窓口とハラスメント相談窓口は、形式的には区分した方がよいだろう。

例えば、総務部が通報受付窓口とハラスメント相談窓口を兼務する場合でも、役員や退職者も公益通報者になるため、それぞれ専用のメールアドレスを設定することが望ましい。また、電話による通報の受付窓口については、専用の携帯電話番号を設けた方が相談しやすいと言われている。これは、通常の業務上の固定電話では、相談や通報の内容が他の従業員に聞こえてしまい、秘密保持ができないためである。

文書化

内部規程や書式を事前に作成しておく。特に公益通報対応業務従事者の指定書面を準備しておいた方がよい。

教育

従業員の階層別研修等を通じて、公益通報対応体制や内部規程、通報受付窓口などを従業員に周知する。特に公益通報対応業務従事者を対象とした、通報の受付・調査・是正、秘密保持や中立性に関する教育は不可欠である。
常時使用する労働者数が300名以下の事業者であっても、体制整備の努力義務が課される。企業の不祥事が発覚すれば、多額の外部失敗コストが発生し、上場企業でも自力再建が困難になるケースがある。そのため、経営資源の少ない中小企業も、改正法に準じた対策を講じることが求められることになるだろう。
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