「福利厚生」とは、賃金といった基本的労働条件とは別に、企業が従業員やその家族の暮らしの支えの一部として用意するものだ。近年、新卒で就職活動する学生は、給与だけでなく、福利厚生の充実度にも注目するようになっている。これは、中途採用の求職者も同じだ。本記事では、福利厚生の基本的な定義から、「法定福利厚生」と「法定外福利厚生」の違いを解説し、企業にとって、福利厚生を充実させる各種メリット、そして事例を紹介する。
「福利厚生」とは? 種類や6つのメリット、企業事例を解説

「福利厚生」とは

「福利厚生」とは、給与や賞与といった基本的な労働対価に加えて、従業員とその家族に提供する報酬を指す。従業員向けの福利厚生としては、雇用保険、労災保険など、従業員が安心して働けるように用意しているもののほかに、業務用PCの貸与といった従業員が日々働きやすい環境を作るという目的で用意しているものがある。

福利厚生の恩恵を受けるのは従業員だけではない。例えば健康保険の掛け金を従業員だけでなく企業も負担することで、従業員とその家族は毎月の出費を軽減しながら、いつでも3割負担で医療を受けられる。従業員の家族に向けた福利厚生は、毎日を安心して暮らせるように備えるという側面が強いと言えるだろう。

●「福利厚生」の目的

高度経済成長期とそれに続くバブル経済期は、日本中どの企業も、そして日本中、どの会社員も、新卒で入社した企業に定年退職の日まで勤め続けるものだと思っていた。しかし、その後の日本経済の長期低迷によって、新卒で入社した企業に定年退職まで勤める「終身雇用」が叶わなくなっている。つまり、新卒で入社した企業に何年か勤めた後、自分から辞める、あるいは企業の業績が傾き、辞めざるを得なくなるということが起こっているのだ。

そこで近年、各企業は福利厚生を充実させることで、中途採用で優秀な人材に選んでもらおうと苦心している。そして人手不足の昨今、自社で育てた人材が突然辞めてしまったら職場が混乱し、業績が落ちる可能性がある。最悪の場合は、辞めてしまった人の後を追って、何人も辞めてしまうということもあり得る。

福利厚生を充実させることで、従業員に自社を、安心して仕事ができ、仕事がやりやすく、仕事を通して成長できそうだなどと思ってもらう。つまり「とても良い職場だ」と思ってもらい、従業員がしっかり定着する。さらに、優秀な人材を採用する際のアピールポイントにしようというわけだ。

●「福利厚生」の対象者

では、企業の福利厚生を利用できるのは誰だろうか? 正社員はもちろん利用できる。そして、その企業で働いているパートタイマー、有期雇用の労働者、派遣労働者も利用できる。正確に言うと「正社員と業務内容が変わらない非正規雇用の労働者」が当てはまる。

これは、2020年4月1日に施行となった改正「パートタイム・有期雇用労働法」と、改正「労働者派遣法」が義務づけたものだ。事業者は、正社員と非正規雇用の社員が「同一労働」なら、「同一賃金」で応えるだけでなく、福利厚生などの待遇も同一にしなければならなくなった。

●「福利厚生費」とは

「福利厚生費」とは、企業が従業員のために実施する福利厚生にかかる費用のことだ。直接的に業務に関係しない費用で、社会保険料の企業負担分をはじめ、住宅手当や通勤手当、健康診断の費用などが含まれる。また、法定外福利厚生費として、社員食堂の運営費やスポーツクラブの利用補助なども該当する。福利厚生費は経費として計上することが多く、企業の税務上も重要な位置づけとなる。また従業員のモチベーション維持や企業イメージ向上にもつながるため、企業戦略の一部として慎重に計画すべきである。

「福利厚生」の種類

「福利厚生」の種類は、大きく法定福利厚生と法定外福利厚生の二つに分けられる。

●法定福利厚生

現在、日本ではどの企業で働いても、何らかの福利厚生を受けられる。これは、企業が従業員に提供する福利厚生に「法定福利」と呼ぶものがあるからだ。法定福利厚生は、企業が費用を負担して従業員に提供しなければならないと法律が定めているものであり、いわゆる社会保険(雇用保険、健康保険、介護保険、労災保険、厚生年金保険)と子ども・子育て拠出金が該当する。以下でそれぞれを詳しく説明しよう。

・雇用保険
雇用保険は、従業員が失業した際に一定期間、失業給付を受け取れる制度。雇用保険は従業員と企業が保険料を分担して支払う。また失業時の生活保障としての役割だけでなく、育児休業や介護休業の際にも給付が提供される。

・健康保険
健康保険は、従業員が病気や怪我をした際に医療費の一部を補助するための制度で、企業は従業員の健康保険料の一部を負担する義務がある。通常、医療費の3割を従業員が負担し、残りの7割は健康保険がカバーすることになる。また、従業員が長期にわたる療養を必要とする場合には「傷病手当金」が支給される。

・介護保険
介護保険は、40歳以上の従業員が加入する保険で、高齢者や要介護者が介護サービスを受けられるよう支援する制度だ。介護が必要になった際に、自宅や施設での介護サービスを受けるための費用が保険から支給される。

・労災保険
労災保険(労働者災害補償保険)は、従業員が業務中や通勤途中に病気や怪我をした際に、医療費や休業補償を受けられる制度。病気や怪我によって長期間働けなくなった場合でも、一定の収入を確保しながら治療を受けることができる。労災保険は企業が全額を負担する。

・厚生年金保険
厚生年金保険は、企業に勤める従業員が将来受け取る年金を積み立てる制度。企業と従業員が保険料を折半で負担し、従業員が老後に国民年金に上乗せする形で年金を受け取る。また、遺族年金や障害年金といった保障も含まれる。

・子ども・子育て拠出金
子ども・子育て拠出金とは、すべての企業が子どもたちの保育や教育を支援するための制度。企業は全従業員に対して一定額を拠出し、これが児童手当や子育て支援事業の財源となる。

●「福利厚生」としての社会保険は必須か?

雇用保険、健康保険、介護保険、労災保険、厚生年金保険のいわゆる社会保険は、上述のとおり法定福利厚生の一つであるため、一般的に従業員を雇用していれば、どの企業にも義務付けられている。加入していない場合はコンプライアンス違反となる。

●法定外福利厚生

ほとんどの企業は福利厚生として法定福利だけでなく、追加のものも提供している。この追加部分を「法定外福利」と呼ぶ。法定外福利厚生の例としては、住宅手当、通勤にかかる交通費、健康診断や人間ドックの受診料、退職金、企業型確定拠出年金(401k)などが当てはまる。

このほか、スポーツクラブの利用割引、飲み物飲み放題、オフィス内のマッサージ利用、無料の社員食堂などがある。近年、企業の法定外福利厚生を比較して、入社の判断材料にする学生や中途採用の求職者が増えているようだ。以下で代表的なものを紹介していこう。

・慶弔・災害関連
従業員の結婚や出産、親族の死亡、自然災害による被害など、個人的なイベントに対し、福利厚生として経済的支援を行う企業は多い。例えば、結婚祝い金や出産祝い金、弔慰金、災害見舞金などがある。

・休暇関連
年次有給休暇、産前・産後休業、育児休業、生理休暇など法律に定められている休暇のほかに、独自の特別休暇を設けている企業もある。法定外休暇として代表的なものには、慶弔休暇、夏季休暇、年末年始休暇、誕生日休暇など、記念日やライフステージに応じたもの、リフレッシュを目的としたものが多い。



・医療・健康関連
医療や健康に関する福利厚生としては、健康診断や人間ドックの費用補助、メンタルヘルスのサポート、フィットネス施設の利用割引などが挙げられる。従業員の健康維持と向上によって、企業としての生産性向上にもつながる。

・住宅関連
住宅手当や社宅の提供、家賃補助など住宅に関する福利厚生も多く、生活に直結するため、家族を持つ従業員からのニーズが高い。特に都市部で働く従業員にとって、家賃補助は大きな助けとなる。

・文化・体育・レクリエーション関連
従業員のリフレッシュやチームビルディングを目的とした文化・体育・レクリエーション関連の福利厚生も多い。社内イベント、スポーツ大会、旅行補助などによって従業員同士の交流が深まる。また、映画やコンサートのチケット割引など、個人の余暇活動を支援する福利厚生もある。

・勤務時間関連
フレックスタイム制度や時短勤務制度、テレワーク制度など、従業員がライフスタイルや家庭の事情に合わせて柔軟に働けるような環境を整備するのも福利厚生の一種だ。従業員の仕事と家庭の両立がしやすくなることで、企業としては離職率低減の享受を得ることができる。

・財産形成関連
従業員が将来の資産形成を計画的に進めるための福利厚生としては、企業型確定拠出年金(401k)のほか、財形貯蓄制度、社員持株会、ストックオプション制度などがある。従業員の退職後の生活や資産形成をサポートすることで、企業に対する長期的な信頼感や安心感を与えることができる。

・自己啓発・能力開発関連
研修制度や教育費の補助、資格取得支援制度、社外研修への参加費用の補助など、従業員の知識習得・スキルアップに対して支援する福利厚生も多い。企業にとっても、従業員の能力が向上することで業績向上が期待できるため、長期的な視点での投資と言える。

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●HRプロ編集部解説:「福利厚生サービス」を選ぶ際のポイント。代表的な5社それぞれの特徴とは

「福利厚生」を導入するメリット

企業が福利厚生を充実させると、「採用力の向上」のほか、「既存の従業員が会社に対して感じる満足度が上がる」、「業務の生産性が上がる」、「企業としての社会的信頼性が上がる」「従業員の健康維持を期待できる」といったメリットが考えられる。さらに福利厚生に力を入れることで節税効果も期待できる。以下で一つずつ説明しよう。

(1)採用力の向上

待遇は給与だけでない。社内が働きやすい環境となるように細かく気を配っている、誕生日に休暇をくれるなど、企業が従業員のためにどれだけ尽くしてくれているかを示すものと言えるかもしれない。

優秀な人材を引き寄せるには、福利厚生の内容を吟味して、獲得したいと考えている人材が好みそうな福利厚生を選んで導入すべきだろう。例えば、オフィスから徒歩10分以内に住む従業員には家賃を半分補助するとアピールすれば、「満員電車に長時間乗ることは時間の無駄」、「体力を消耗する大きな要因」と考えている人材が喜ぶだろう。また、自由に高さを変えられる机を導入し、眠くなったら立って仕事ができるようにするのも、何事も合理的に考える人材に喜ばれるかもしれない。

(2)従業員満足度の向上

オフィスの居心地が良く、気分良く働ける環境になっていると、そこで働く従業員はより業務に集中でき、良いアイデアも浮かびやすくなるだろう。福利厚生でオフィスを「居心地の良い場所」とすることで、生産性が上がり、業績向上も期待できる。

さらに、誰にも気兼ねすることなく有給休暇を取得でき、家族の誕生日といった特別な日にも休暇を付与する企業なら、働くべきときは集中して働き、休日はリラックスして英気を養えるだろう。

このように、働きやすい環境を与えてくれる企業、休みたいときに自由に休ませてくれて、ほかにも特別休暇をくれる企業で働いていれば、従業員も自分が働く企業に対する満足度が高まり、そう簡単には離職しようとは思わなくなるはずだ。

(3)生産性の向上

居心地の良いオフィスで働き、自由に休暇を取得できるだけでも、仕事に張り合いが出てくるものだ。さらに、福利厚生としてスポーツクラブを安価で利用できるようにすれば、休日に運動で汗をかいて、心身ともにスッキリとした状態で職務に励むことができるだろう。

また、本格的に精神的な不調に陥る前に、精神的な健康の維持に有効なヨガのプログラムを用意するなどすれば、従業員全員、毎日健康で、気力が充実した状態で働くことができるだろう。その結果、職場の作業効率が上がり、企業の業績に良い影響を与える可能性も大いにある。

(4)企業の社会的信頼性の向上

これまで説明してきたように、企業が福利厚生を充実させるということは、従業員を大切にするということにほかならない。到底こなしきれないノルマを押しつけられ、連日の徹夜業務で心身ともに疲れ果てて自殺してしまう。こんな事件を起こす企業は明らかなブラック企業であり、社会的信用やイメージは最悪のものになる。

(5)従業員の健康維持

スポーツクラブの利用割引といった「健康を維持、増進」するための福利厚生だけでなく、病気を患って定期的な通院が必要になる社員や、精神的な不調に陥って業務が手に付かなくなってしまった社員をしっかりと支援する制度も用意すべきだろう。「病気になったらそのままほったらかし」では、従業員も安心して治療に取り組めない。「今は心身ともに健康になることだけを考えてください」と、企業から強いメッセージを出し、ゆっくり休息できる制度があれば、病気が原因で休職、退職という事態を防ぐことができるだろう。

(6)節税効果

福利厚生にかかった費用が、一定の条件を満たして「福利厚生費」と認められれば、「経費」として計上できる。福利厚生費は、「役員・従業員の福利厚生を目的として、給料・交際費以外の間接的給付を行うための費用科目」となっている。経費として計上できれば、法人税の算出根拠となる利益を下げられるので、法人税が安くなるのだ。

福利厚生にかかった費用を福利厚生費と認めてもらうには、「社内規定が整備されていること」、「従業員全体が対象となっていること」、「支出金額が、社会通念上妥当な範囲であること」の3つの条件を満たす必要がある。

「福利厚生」を導入するデメリット

福利厚生はメリットばかりというわけではない。福利厚生を充実させるときに考えられるデメリットについて説明する。

(1)コストがかかる

まず、福利厚生はお金がかかる。節税効果が働いて法人税が安くなるといっても、節税効果だけで福利厚生の充実にかかる費用をまかなえるものではないだろう。一般社団法人 日本経済団体連合会の「2017年度福利厚生費調査結果の概要」によると、企業は従業員一人当たり、一ヵ月で平均10万8335円を負担していることが判明した。節税効果と、どうしても出て行く費用のバランスを見て、福利厚生の質をなるべく高く維持するようにしたいものだ。

(2)管理の負担

福利厚生の一環として、何らかの制度を始めるとなれば、準備や運営、管理に人手が必要となる。制度開始後は、各従業員の利用状況を確認したり、制度の活用を促したりなど、手間がかかるのは付き物。従業員の人件費を考えて、この業務にそのまま当たらせるか、あるいは外部の業者を利用するかを考える必要があるだろう。

(3)全従業員を満足させられない

良かれと思って用意した福利厚生が、一部の従業員しか利用できないものになってしまうということはよくあることだ。「育児休暇」や「家族手当」は、家族を養っている従業員にはありがたいが、1人暮らしの従業員には何の関係もなく、恩恵も受けられない。それなら、1人暮らしの従業員のための福利厚生を用意しようと考えるのも良いかもしれないが、またほかのところで不公平を訴える声が上がる可能性がある。

このようなときは、外部業者が提供する「カフェテリアプラン」を活用するという方法がある。業者がいくつも用意しているサービスの中から、従業員一人ひとりが好きなものを選んで利用するというものだ。従業員自身が選んで利用するわけだから、不公平という声は上がりにくい。

(4)一度導入した制度を廃止するときは慎重に

一度導入したが、さまざまな事情で廃止せざるを得なくなる福利厚生策も出てくるだろう。従業員が得をするだけのものなら、あまり気を遣うことはないが、従業員が生活設計の一部に組み込んでしまっている福利厚生策を廃止するときは、慎重に事を進めなければならない。

存在している福利厚生策を変更、あるいは廃止するときは、従業員にすべて説明し、理解してもらい、書面で同意を得る必要があるのだ。同意を得る際に、代替制度を用意することになる可能性もある。同意を得ずに廃止すると、従業員が不利益を被る方向へと労働条件や就業規則を変更することになり、労働契約法上の「不利益変更」と見なされてしまう。不利益変更を強行すると従業員から訴えられ、法廷闘争になってしまう可能性もある。

各企業のユニークな「福利厚生」の事例

企業によっては、他社との差別化を図るため、ユニークな福利厚生を導入しているところがある。ここでいくつか事例を紹介したい。

●「ワーク・ライフ・バリュー ストーリー」(OKAN)

従業員個々人の仕事と生活と個人の調和を取るうえで、個人が大切にしたいと思う価値観「ワーク・ライフ・バリュー」の理解、支援をする制度。年1回、手当(1万5000円)もしくは休暇を選択できる。

各自の価値観に合わせ、例えば休暇や手当を「家族会議休暇」、「メンバー仲良し旅行手当」と命名し、従業員それぞれのストーリー(制度)が生まれている。

●スマイル給(面白法人カヤック)

仕事の喜びは、お金だけで測れるものではないため、お金に換えられない報酬を「給与」に組み込もうとして始まったスマイル給。社員それぞれが、毎月ランダムで社員一人の長所を評価する。評価を受けた社員の給与明細には、例えば、「即戦力給 0円」、「作業スピード超特給 0円」、「鎌倉のザッカーバーグ給 0円」といった記載がされる。各自の「スマイル給」が、なぜそのようなネーミングなのか、解説を社内ネットワークで公開している。

●ジムdeリフ(Wiz)

月に4回以上ジムに通うと、会社から補助金が支給される制度。社会人の運動不足を課題として同社は捉え、「少しでも運動する人が増えたら」という想いからこの制度が生まれたという。

●おひるねスペース「GMO Siesta」(GMOインターネットグループ)

同グループでは、従業員が頭をクリアにし、クリエイティブな発想を生み出す助けとなるよう、20分程度のお昼寝を推奨している。平日の12:30~13:30の間、会議室を昼寝スペースとして開放しており、誰でも気軽にお昼寝ができる環境を整えている。

●Know Me(Sansan)

他部署の社員と飲みにいく場合、会社から一人当たり最大3,000円の補助を受けられる。この福利厚生のネーミングは、「飲ーみー(Know Me)」が由来となっている。

●キッチンと「まかない」(クックパッド)

大きなキッチンスペースで、毎日届く新鮮な食材を使って料理ができる。ランチタイムには多くの社員が集まり、社内コミュニケーションの一環になっている。

まとめ

福利厚生は採用力や従業員満足度の向上といった多くのメリットがある一方で、デメリットもいくつか存在する。コストや管理の問題のほか、全従業員を満足させられないといった運用面での難しさがある。従業員それぞれのキャリアやライフステージが多様化しているいま、既存の福利厚生を一度見直してみてはいかがだろうか。

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