10年前の2002年に安田火災海上、日産火災海上、大成火災海上の3社が合併して発足したメガ損保、損保ジャパン。2010年には日本興亜損害保険と経営統合し、2014年に合併する予定だ。

 そして2010年に櫻田謙悟社長が就任してから、社会に発するメッセージが多くなった。その一つが「人材力日本一」だ。「日本一」という言葉はよく使われる言葉であり、「売上日本一」などはよく目にする。しかし経営ビジョンに「人材力日本一」と謳った企業はたぶんない。その真意と実践について松居隆取締役常務執行役員に聞いた。

――「人材力日本一」という言葉を経営戦略の柱として掲げています。この言葉を使った背景を教えてください。

現社長の櫻田謙悟が2010年7月に社長に就任した時、全役員で損保ジャパンの経営課題について徹底討議した。そして経営戦略目標として「3つの日本一」を策定した。

 まず最重要の経営戦略目標は「お客さま評価日本一」だ。しかし保険という「形のない商品」を扱う保険ビジネスにおいては、お客さまにとっての価値は、最終的に「社員」そのものに収斂する。お客さま視点ですべての価値判断を行い、お客さまに最高品質の安心とサービスを提供できる社員を育成していくことが企業の成長・発展の鍵になる。

 この社員の育成が2番目の「人材力日本一」だ。そして3番目の柱として「シンプル・スピード日本一」を掲げた。そして7月に「人材力日本一」を社内外に宣言した。

――「人材力」は曖昧な概念です。中身についてはどのように定義されていますか?

魅力ある人材を指している。しかし魅力を科学的に分析するのは難しい。そこで魅力ある社員を選抜してみた。ハイパフォーマーであり、かつ部下から信頼され、慕われている社員を選び出して、共通する要素を分析した。 

 その結果、興味深いことがわかった。魅力ある人材づくりのポイントは4つあった。まず「素材」だ。本人の資質なので、これは採用に関わる課題だ。

 次に重要なのが「良き上司」だ。魅力があり、部下を育てる上司の下で働いた者が魅力ある人材として成長していた。

 3番目は「ポスト・経験」だ。銀行や証券会社など他社に出向した経験を持つ社員は、内部視点だけでなく外部視点を学ぶので、魅力ある人材に育った者が多かった。
 4番目は「風土」だ。社風と言ってもいいだろう。自慢めくが社風には自信がある。外部評価でも、2013年卒の学生を対象とした東洋経済就職ブランド総合ランキングで18位になり、損保業界ではトップだった。なかでも魅力的な社風ランキングは1位との高い評価を得た。

――魅力ある人材づくりのポイントがわかった上で、どのような施策を実践されましたか?

4つのポイントがわかって、まず取り組んだのは人材を育てる社員の把握だ。利用したのは従業員の意識調査だ。役員を除く全従業員に対し定期的に実施していたが、2011年1月の調査から、一番自分を育ててもらった上司を2人あげさせ、その理由も書かせた。そして人材育成に優秀な結果を残しているマネージャーを「人材育成マイスター」として認定した。

 現在の人材育成マイスターは約100人いる。マネージャー職は約2800人いるから28人に1人の割合だ。

 このマイスター制度の発展形で、昨年度から「人材育成部長」という制度がスタートした。育成に実績のある50歳代の「育てる職人」6名を選抜し、全国のブロックに配置し、入社2~3年目くらいの若手社員の相談に乗る。定期的に自分の担当ブロックの支社を回り、個別面談をするものだ。まだ始めたばかりだが、評判は良いようだ。

 「ポスト・経験」が重要だとわかったので、人事ローテーションも積極的に実施している。目標は30歳までに3つの仕事を経験してもらうこと。また外部企業に1、2年間出向する制度も作った。年1回の公募に4、5名の応募者がある。

 人づくりは一朝一夕に効果が出るものではないが、中長期的には大きな成果が出るだろう。数年後が楽しみだ。

――女性活用に積極的に取り組んでいると聞きました。

女性活躍推進に従来以上に取り組み始めたのは2009年度からだ。それまではコース別人事制度であり、総合職約6000名、事務職約8000名だった。総合職はお客さまや代理店との折衝というフロント業務を担当する主に男性であり、事務職は内勤の女性だった。

 しかし損保業界もITシステムなどの高度化が進み、内勤事務が効率化してきた。そこで女性事務職が新しい働き方を選べるようにしたいと考えた。

 そこで2010年度にコース別人事制度を廃止し、区分を一本化した。ただし転勤ありのグローバル職と、転勤なしのエリア職という区分けはある。グローバル職とエリア職は、転勤分の差はあるが、賃金体系そのものは同じだ。

 そして2011年度から働き方を大きく見直す取組みをスタートした。要員のなかのグローバル職は、グローバルマーケットや新規成長分野に振り向け、既存の国内損保事業にエリア職である女性の活用を推進するものだ。フロント業務に就いた女性社員はこれまでのところ問題なく業務をこなしており、もともと損保事務に精通しているので代理店の評判は上々のようだ。今年4月には「女性中心の営業店」を18カ所新設している。

 もちろんいくらシステム化によって効率化したと言っても事務は必要だし、8000人の女性がすべてフロント業務を希望するわけではない。しかし8000人が徐々にフロント業務をこなすようになれば、強力な経営資源になる。

――女性の活用だけでなく、女性を経営層・管理職層として育成しようとしていると聞きました。

「女性経営塾」を設置し、女性人材の育成に取り組んでいる。現在の女性社員約8000人のうち、今年3月現在の課長代理まで含めた女性管理職は約600名、その中で女性リーダー職は約80名であり、そこから選抜された16名が女性経営塾で学ぶ。方針は固有名詞で育てる選抜育成だ。

 カリキュラムは10カ月の間に2泊3日の集団研修を6回やるハードなものだ。日常業務を離れ、定期的に集まり、経営層を目指す上で必要となる知識や視野の拡大、ものごとの判断・考え方を身に付けてもらう。また、会社の変革、改善課題についても議論を行い、最終的には経営層へプレゼンテーションする。

――女性の活躍を支援する損保ジャパンだけの制度はありますか?

育児休業制度、産前産後休暇、育児短時間勤務制度、シフト勤務制度、キャリアトランスファー制度などがある。育児休業制度の利用者は、2008年度286人、2009年度387人、2010年度475、2011年度585人と毎年拡大している。

 キャリアトランスファー制度は2006年度に導入した。エリア職は転居転勤を伴わない職員であるため、この制度がなかった頃は配偶者の転勤などで転居する場合、退職せざるを得なかった。本人と当社の双方に不利益な結果だ。そこでキャリアトランスファー制度を導入した。

 転居先の当社部署にポストがあり、本人の活躍が期待できる場合は、転居先の部署で継続して働くことができる仕組みだ。導入当初の2006年度の利用者は30名だったが、2011年度は77人が利用した。

――グローバル人材の育成についてお聞かせください。

損保ジャパンは28カ国に海外拠点を設けており、今後も海外事業を拡大していく。その海外展開に必要なのが、異文化・他国籍の人材と協業できる「グローバル人材」だ。グローバルに活躍するために重要なのはコミュニケーション力とダイバーシティ意識だ。

 グローバル人材の育成のために行っているのが、海外企業で実際の仕事を通じて国際業務を学ぶ「海外トレイニー制度」だ。毎年20代後半から30代前半までの社員を公募し、欧州やアジアに約1カ月間派遣している。海外トレイニー制度がスタートした2008年からの累計で35人がこの制度で国際業務を経験しており、帰国後は国際業務に就くことが多い。

 また、社内をグローバル化していくために、社員の語学力学習成果を表彰する「英語力レベルアップコンテスト」を2010年度から実施している。各部署でコンテストにエントリーするチームを結成し、その時点でのメンバーのTOEICスコアを申告する。そして半年後に再度TOEICテストを受け、前と後のアップ分をメンバー平均で出し、上位のチームは全社で発表するとともに、記念品を贈呈している。なかには平均140点もスコアが上がったグループもある。

 この制度をスタートした時、応募者が集まらないのではないかと危惧したが、2011年度は150職場、1000人が応募した。案ずるよりも社内のグローバル意識は高かったわけだ。
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