先日のNHKニュースで福井県の鯖江市のリモートワークの取り組みが紹介されていました。都心に本社がある企業が鯖江市に事務所を借りて事務職を採用し、本社とネットでつないで仕事をするといったスキームです。鯖江市は今こうした取り組みに力を入れ、市内の空き家をリフォームしてワーキングスペースに改装するための支援もしているとのこと。番組では、現在リノベーション中の、託児施設が併設された20名ほどが働けるオフィスづくりの様子を追っていました。
第63回 リモートワーク
リモートワークと聞くと、都市圏限定の話だろうと思っている方々が多いかもしれませんが、地方でも導入しているところは少なくありません。自分の話で恐縮ですが、私が大学の仕事とダブルワークしている会社(北陸人材ネット)は、昨年からリモートワークを導入しています。これが導入されたきっかけは、ある女性社員が結婚して会社から60キロほど離れたところへ転居することになり、通勤が困難になったからでした。この改善策として、近くのコワーキングスペースで仕事ができるよう、会社が新たな制度を設けたのです。(余談ですが、この制度で総務省の選定するテレワーク先進企業百選に選出されました)。

このようなリモートワークは、さすがに新卒採用では導入されないだろうと思っていましたが、多くの方から話を聞いてみると、インターンシップに限っては、リモートワークを導入している企業がいくらかあるようです。このような状況を見ると、新卒採用であっても最初からリモートワークで採用ということが、もしかしたら近い未来にあり得るかも知れません。

さて、このような都市部の企業が地方に事務所を設ける、というリモートワーク推進の動きは、地方企業にとって、相当の脅威になる可能性が高いと思っています。先述のNHKのニュースでも、この事務職の給与が、福井県内の給与水準を大幅に上回っているという紹介がされていました。

首都圏に本社を構える大手企業から地方の中小企業へ転職すると、30歳前後を例にとった場合、年収は150万から250万くらいダウンします。一般的な転職でこれだけ大幅な給与ダウンを受け入れる転職というのは、あまり考えられないのですが、地方へのU・Iターンにおいては以前から珍しくありません。
給与ダウンのない他のU・Iターンのパターンでいうと、大手企業の地方支社や工場への移動という形もありますが、これはそもそもそこにあいているポジションがないと無理ですし、移った後にその地方支社が縮小して転勤になる、工場が閉鎖する、あるいは売却になる、というケースもあるので、それなりにリスクがあります。また、勤務している会社の拠点(支社や工場)が地方にもなければ不可能である、という問題もあります。

これまで地方企業はU・Iターン転職というスキームで、良質な労働力を安価に確保できていた部分があります。北陸の場合だと20歳台の求職者の人気が高く、20歳台後半がU・Iターン転職の適齢期といわれていました。大手企業で体系的な教育を受け、戦力として活躍する素地をしっかり養ってきた人材を、即戦力に近い形で確保できるという意味では、とてもおいしい人材供給源といえるでしょう。私が在職していた企業では、20歳台後半にU・Iターン転職した人材が今は経営陣になってその企業の成長を引っ張っています。

リモートワークによって都心の企業に所属しながらの地方勤務が可能になると、こうした地方企業へのU・Iターン転職の必要性が薄れてしまいます。さらには、地元の人材も待遇の良い都心企業の方に流れてしまうことにもなりかねません。

実際に、私の身近にこうした事例があります。本学のOBで、都市圏でAIベンチャーを立ち上げた方がいるのですが、その会社のエンジニアの一人が家庭の事情で地方に戻ることになりました。そこで、いっそその故郷に会社を新たに設立してそのまま仕事を続けてもらおうということになったのです。ついでに人材も募集したところ、地元のIT系企業の優秀なエンジニアたちがごっそり転職してきてしまったということでした。

人材の世界では、都市圏と地方はまったく別の構造で動いており、これまではそれぞれが独立したロジックで回っていた部分がありました。しかし、リモートワークの普及が本格化すると、この構造まで崩れてしまう可能性があるということを、改めて再認識した次第です。
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