「こども保険」が経済財政運営の基本方針に盛り込まれることが発表された。自民党若手国会議員の日頃の勉強の成果であり、一定の評価をすべき内容となっている。ただし、課題も見え隠れしている。本稿では、そのあたりを踏まえ、「こども保険」の在り方やそれに伴う法人企業の対応を検討していくこととする。
こども保険の在り方と法人企業対応

こども保険が骨太の方針へ

ソーシャル・キャピタルの概念の提唱者であるハーバード大学のロバート・パットナムは、最近の著作『OUR KIDS:American Dream in Crisis』(2016.3.29)の中で次のような主旨を主張している。“従前、アメリカにはアメリカン・ドリームを体現する「機会均等」という公平な仕組があったが、今日の所得格差の拡大はそれを打ち消している。この格差を是正するためには、自分の子ども以外にも目を向け、原題にもなっている「われわれの子ども」に意識を変え、社会全体で子どもを育むことが重要である。”

このパットナム教授の考えをベースに、自民党の若手議員で構成する「2020年以降の経済財政構想小委員会」が、「こども保険」の創設を提唱しており、6月に決定される経済財政運営の基本方針(骨太の方針)に盛り込まれるようである。

こども保険の趣旨

「こども保険」の具体的内容は、現行の社会保険(年金・医療・介護保険など)に保険料を上乗せし、当初は0.2%(事業主・被保険者の折半)で、将来的には1%に拡大して、幼児教育や保育の実質無償化を目指すとしている。さらに、「こども保険」の導入を契機に、社会保障全体について横断的に議論する枠組を設定し、医療・介護の給付改革(削減)と子どものための教育財源確保を同時に進め、全世代型社会保障制度へ移行するとしている。ドラスティックではないが、理論的にも実体的にも正鵠を得た政策であると一定の評価ができよう。

これに対しては、こども保険は「保険といいながら、カバーすべきリスクが判然としない」とか、「子どもを産むのはリスクではない」また「子どものいない人まで保険料を取るのは理屈が合わない」だとかの批判が向けられている。浅はかな批判だ。保険として位置づけるときのリスクは「子どもが必要な教育等を機会均等に受けられないリスク」や「子どもへの教育コスト負担に伴う老後不安リスク」である。パットナムも主張しているとおり、将来を担う子どもへの投資は、子どもの有無にかかわらず全世代が社会の公器となりきって支えていく時代に至っている。子を持つ親だけに責任を押し付ける状況を既に通り越してしまっているのだ。手をこまねいていると、貧困や格差がさらに拡大し、日本社会全体の活力が消失する事態に陥りかねない。

そもそも、現行の社会保障制度は現役世代及び事業主が負担する社会保険料という名の財源を老齢世代に仕送りする賦課方式で運営されている。子どもの多寡が将来の制度維持可能性を左右するのである。そして、現実の社会では子どもを持つ・持たないは結果的に個々人の価値観や意思に任せられている。分かりやすく言えばこうだ。子どものいる家庭では社会保険料を負担することにより老齢世代へ仕送りするとともに、将来を担う子どもの教育に多額の投資をし、自らが老齢世代に立ち至ったときには、それらの子どもたちから仕送りを受けることになる。一方、子どものいない家庭では社会保険料を負担することにより老齢世代へ仕送りをしていることは、子どものいる家庭と同様であるが、子どもを自ら育てることなく、自らの老後は他人の子どもが仕送りしてくれる、という「タダ乗り」状態になっている。結果として、将来の社会保障制度の維持可能性を削ぐ少子化に拍車をかけることも危惧される。

こども保険の在り方と法人企業の対応

もっとも、提言されている「こども保険」にも課題・問題は多い。まず指摘しておかねばならないのは、保険料の負担が全世代型にはなっていない点である。つまり、老齢世代には負担が求められず、現役世代のみが負担する仕組となっている。政治的に難しい側面はあるだろうが、そこは英断を下していただきたい。また、現役世代の保険料負担には事業主の折半負担が伴うことになるが、現状においても過大な負担を強いられている。負担するにしても最小限にとどめられるよう、社会保障の給付制度改革を同時に進めていく必要があるだろう。さらに、これまで青天井で認可されてきた大学の改革も喫緊の課題である。国公立大学法人や私立大学へ支給されている交付金・助成金は1兆5,000億円に上っているが、これを効率化していくためにも、教育課程を見直し職業専門学校化していくことや経営困難な大学の再編の枠組を早期に整備していくことが必要である。

こども保険の趣旨には賛同できる。しかし、若者が子どもを持たない最大の理由は、「将来に希望が持てないから」である。「今の生活が苦しいから」だけではないことを肝に銘じておかなければならない。そのためには、国民すべてがすべからく全世代で子育てをしていくという価値を共有すること、そして悠長に構えることなく直ちに全世代型のこども保険を実施していくことが大切だ。

一方、こども保険を甘んじて受けざるを得ない法人企業は、前述のとおり社会保険料負担が今後さらに増高していくことが想定される。その負担が低めに抑えられれば良いが、そうならない可能性も高い。従って、今のうちから従業員の福利厚生対策とリンクした社会保険料の適正化、例えば選択制401kの導入などの検討を進めておく必要があるだろう。
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